誘拐
3日間にわたって開催された花祭りは、些細ないざこざはあれど大きな事件も無く無事に幕を下ろしたようだ。私たちは初日にしか行けなかったが、私たちが全日程で行ってしまうと上司がいる飲み会のような雰囲気になってしまうのだろう。仕方がない。
そして花祭りが終わってあまり日が経たないころ、屋敷にもとある変化が訪れた。
「夏になる前には帰ってくるよ。それまでちゃんといい子でいるんだよフレージア。あまりクラーヴやクリモフに迷惑をかけないように」
「お兄様はわたくしをなんだと思っているんですか。そんなことしませんよ……今のところは」
「フレージアは集中し始めたら止まらないところがあるし、隙あらば錬金を始めようとするんですもの。マッドサイエンティスト……と言うのかしら? わたくしがちゃんと止めますから、安心してくださいなお兄様」
お兄様はこれから春までの間、この国の首都にある完全寮制の学校へ通い、魔法の使い方や政治についての勉強をするのだそうだ。ブラフへルメルから首都まではまあまあな距離があるらしく、数日は馬車で揺られることになるらしい。長旅に備えてか、お兄様は厚着でもこもこになっている。
「アスター、忘れ物はないかしら」
「大丈夫です。必要な物の一部は去年置いてきていますから」
「2年からは急に難易度が上がるからな。気を抜かないようにしろよ」
「私たちも春になる頃にシューラントへ向かうから、そこでまた会おう。風邪をひかないように気を付けるんだよ。ズィルヴァーク、アスターを頼む」
「お任せください。さあ、そろそろ出発いたしましょうアスター様。宿に着くのが遅くなってしまいます」
今回乗っていくのは、長旅用の大きな馬車だ。いつもは馬が2頭の馬車を使うが、なんとこの馬車は4頭で引いていくらしい。馬だけでなく御者の人も筋肉ムキムキの強そうな人だ。これならば道中も安全だろう。
「いってまいりまーす! 」
窓から身を乗り出して大きく手を振るお兄様を私も全身で手を振って見送る。さすが4頭立てだ。あっという間に道の先へ見えなくなってしまった。半年といえど、まだまだ子供と言える年齢なのに親元を離れて学校へ行くと聞いて心配をしていたが、お兄様の様子を見た限り杞憂だったようだ。
◇
「ティリア、もう少し上に……そう、そこ! そこの壁にとめてほしいの」
「はいはい。このような感じでよろしいですか」
「ばっちりよ! 手伝ってくれてありがとう。私ではどうしても手が届かないから」
お兄様が出発して数日、ブラフへルメルは急ぎ足で冬景色に模様を変えていた。落葉樹は完全に葉を落とし、朝早い時間だと植物に霜が降りていることもあるほどだ。その寒さのせいか、花祭りのときにもらった花が一部、萎れてきてしまっていたのだ。そこで、保存加工された生花だけを集め、ひもに括り付けてドライフラワーにしようと考えたのだ。
これだけ乾燥しているんだから、それほど時間はかからなさそう。私室の彩りにもなるし、一石二鳥だね。
「なるほど、このように花を吊るすことで水分を抜くのですね。確かに保存するのには最適ですね」
「そうでしょう。そうだ、造花でも何か作ってみようかしら。コサージュとか、リースもいいかも」
「造花を加工、ですか? 」
ティリアが驚いているが、そんな驚くようなポイントがあっただろうか。
「ほら。どれも形が綺麗でよくできているでしょう。よく見なければ造花とは気づかないほどだし、アクセサリーや飾りにしたらかわいいと思わない? それとも、みんなはやらないのかしら」
「そうですね。確かに色形はよくできていますが、造花は造花で作り物の花ですから。花祭りを彩るためだけに作るもので、終わったら焚き付けなどにしてしまいますね。綺麗に残っている物は来年の花祭りまで取っておくことはありますが」
「えぇ! もったいない! こんなに丁寧に作られているのに……」
「今まで考えたこともありませんでしたが、お嬢様の考えはとても素敵だと思いますよ。私は作り方を存じませんから、誰かに教えてもらいながら作ってみましょうか」
生花が主産業であるブラフへルメルならではの考え方なのだろうか。言わんとすることは分かるけれど、前世由来の物をなかなか捨てられない性格も相まって、非常に惜しいと思ってしまう。とは言っても、すぐにどうこうできるものでもない。とりあえず今はまとめて置いておくだけにとどめておこう。
「さあお嬢様、そろそろハートカーマーへ戻りましょう。あまり寒いところにいると風邪をひいてしまいますよ」
「はーい」
冬は薪の節約のために1つの部屋にみんなで集まって暖をとることになっている。その部屋をハートカーマーと言うのだ。たとえ金銭的に余裕のある領主の一族とはいえど、削れるところは削るというのが我が家の方針らしい。
◇
「ふぇっくし」
「大丈夫か? 火力をあげるか」
「いえ大丈夫です……」
ブラフヘルメルはどうも気温の年較差が大きい地域のようだ。最近では太陽が出る日も少なく、夕方になりさらに気温が下がった今ではちらちらと積もらない程度の雪が降っている。暖炉の火で絶えず部屋は暖められているが、そもそもの部屋が広いうえに大きい窓がいくつもあるのだ。腰掛けにはブランケットやショールが備えられているが、背が小さいせいかふと冷たい空気にさらされることも少なくない。
少しかじかむ指先を息で暖め、実験の記録のために用意していたペンを手に取る。先をとがらせた羽の先をインクに浸し、私が使うことを許されている大きめな紙の端切れを手に取る。
「何をしているんだ? これは……水晶だな」
「ご名答です。花祭りのときに購入したんです。南にある国で作られたものらしいですよ」
「ほお。いい買い物をしたな。素材もいいし、作りも丁寧だ」
「素晴らしい審美眼をお持ちなんですね、叔父様」
「どういうことだよそれは」
「いえ、さすがだなぁと思いまして」
正直なところ、あの浮浪者のような出会いからは想像もできなかった。そういえばこの人も良家の子だ。いいものに囲まれて育ってきたのだろう。
「水晶は魔力の通りがいいのでしょう。だからこんな風に中に双子石の片割れを入れて、この入れ物に魔力を流すと……」
少しずつ慎重に魔力を流していくと、中の小さな柘榴色の石がカタカタと揺れ始め、次第に一方へ向かって繰り返し転がっていった。石が水晶の壁面に当たると高い音を出しながら中央へ戻され、そしてまた同じ方向へ転がっていく。
「この転がっていく先にもう1つの石があるということか」
「そういうことです。もう1つも同じ水晶の入れ物に入れて、花壇にいるクラーヴに持ってもらっています。距離でどの程度魔力が必要なのか、それから動きの強さを調べようと思いまして」
水晶のカットのせいで外からだと動きが見えにくいが、手で包み込むように持つと石がぶつかる感触で大体の方向は分かる。今のところ活用方法は思いついていないが、特性を調べておくに越したことはないだろう。
「ああ、やっぱりここにいた。ヘリアス少しいいか。収税の確認を手伝ってくれ」
扉がガチャと開き、書類の束を抱えたお父様が顔を出した。後ろにはさらに大量の荷物を抱えたダイゼントが続いている。
「わたくし、外した方がいいですか」
「いやそのままでいいよ。隠すようなことでもないからね。なんなら、フレージアも手伝ってくれてもいいんだよ」
「遠慮させていただきます」
——早く、もっと早く。クリモフさんの言葉を伝えないと。
冷たい空気が肺を焼き、火照る肌に雪が触れ、形も残らず消えていく。——
「計算はできるようになっておいたほうがいいぞ」
「だからと言って領の重要な書類に触れるわけにはいかないでしょう」
——普段は通らないよう言いつけられている扉を全身で押し、かすかに生まれた隙間に体をねじこむ。——
「いつかはみんな通る道だよ。とはいってもいきなりこの計算は難しいだろうね。フレージアにその気があるなら、計算の勉強も始めようか。少し早いような気もするけれど」
——扉を入ってすぐ、贅沢な吊り照明と階段がある部屋を右に、手前から3つ目の大きな扉——
「それならお金のことについても教えてほしいです。硬貨の価値とか、あと物の相場も、」
「フレージア! 」
扉がバンッと音を立てて開かれた。
「クラーヴ? どうしたの急に」
「リリアナ、様がっ、」
「さらわれた! 」
ご覧いただきありがとうございました!
…
……
うわー!!大丈夫かー!!
誰か助けてー!




