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明日も花が咲きますように

 「できましたよフレージア様。こんな感じでどうでしょう! 」

 「素敵ですロース! 見てくださいお兄様、お姉様、クラーヴ」

 「2人とも、すごく似合っているよ。引き受けてくれて本当にありがとう。とても助かった」


 ロースは自分で装飾品を作って売るほど、手先が器用なのだと言う。色も種類もバラバラだった花は、それぞれの服や髪色に合った首飾りや花束に姿を変えた。リンペルは全員に花やリボンで飾った花かごを作ってくれ、見事に色鮮やかに着飾った周囲の人々よりもかなり目立つ集団になっている。リリアナお姉様に至っては、編み込みになっている髪や服にも花が差され、まるで花の妖精のようだ。


 「はぁ、お姉様がとてもかわいいです。わたくし、お姉様の妹でよかった」

 「大げさよフレージア。わたくしも世界一かわいい妹の姉でよかったわ。それに、この辺はフレージアも手伝ってくれていたでしょう。とてもよくできているわよ」

 「えへへ。でもお姉様のほうが世界一かわいいですよ。ね、クラーヴもそう思うでしょう」


 そこでしれっと気配消してるけど、逃しはしないよ!


 「え、オレ? えっと、その……どっちも、かわいいと……おもいます。うん」

 「そうよね! ついでにクラーヴもよく似合っているわよ! 」


 私たちと同じく、シンプルながらも花で飾られたクラーヴの背中を叩く。


 「ほら皆様、もう一度お2人にちゃんとお礼を伝えてください。私たちがずっとこの店を独り占めするわけにはいけませんから」


 確かに、こちらをチラチラと窺う人で周囲に軽く人だかりができている。あまり長く居座ってしまうと、売り上げにも影響が出てきてしまいそうだ。


 「花束とこの水晶の入れ物も、ありがとうございます! 大事にします。えっと、明日も花がたくさん咲きますように」

「私もここで出会えて本当に良かったです。皆さんのような気遣いのできる方々が一族のお子ならば、ブラフヘルメルの未来も安泰でしょう。皆さんの明日にも花が咲いていますように」

「それから、ずっとお財布に重みがありますように! これは商人たちが使う祝福の言葉よ。そうだクラーヴ、あなたもっと遊びに来なさい! みんな楽しみに待っているんだから」

「分かった、分かったから〜」


 つんつんつんつんと全身をあちこちつつかれるクラーヴは抵抗しているように見えて実はまんざらでもなさそうだ。串肉屋でも思ったが、町の人に愛されているのだろう。現に、クラーヴが持つ花は私の代わりに持っているものだけでなく、その大半がクラーヴに贈られたものなのだ。

 お兄様とお姉様も記念として1品ずつ商品を買い、包んでもらう。そして、ブラフへルメルには無いという他国の赤い花を2人から受け取り、私たちは露店を後にした。大ぶりのユリのような一輪草で、花びらにインクを垂らしたように色味の違う赤が模様を描いている。鼻を近づけてみると、予想外に爽やかな香りがした。


 「お似合いの夫婦ですね。性格が全く違うように見えて、すごく相性がよさそうです」


 振り返ると、寄り添って話しながら笑っている2人の様子が離れたところからでも見える。


 「ブラフへルメル(うち)の特徴だろうね。いいことだよ」

 「どういうことですかお兄様。ここ以外だと結婚できないんですか」

 「あーっとお、フレージアもそのうち分かるよ。ああほら、あっちに行ってみないかい。音楽隊が来ているみたいだよ」


 ……なんか思いっきりはぐらかされた気がする。私に爽やかスマイルは効きませんよ!

 といってもまあ、政略結婚や身分だとか、そんなところなのだろう。だてに18年前世で生きていないのだ。お兄様やエレフリスたちに誤魔化されても察することくらいはできる。クラーヴだけはまだ理解できていないようだったが。

 再び広場へ向かう道すがら、店先の商品を眺めたり、道を歩く人々に花をもらったり渡したり。いつもと違うラキスの様子をたくさん味わうことができた。フレージアの昔の記憶にはラキスの情景は無かったので、何もかもが新しいものだったが。近いうちに平日のラキスを訪れてみるのもいいかもしれない。


 「さあさあどんどん集まって! 恋人と2人でもよし、おひとり様でも問題ないよ」

 

 町の中心にある広場には音楽に合わせて踊る人々がいた。なにげに初めて聞くこの世界の曲はリュートに似た楽器、小型のハープや太鼓と笛で構成される3拍子の明るくアップテンポなものだ。ケルト音楽のような雰囲気があるが、どこか少し物足りなく感じだ。踊りは複雑なものではなく、同じ人とくるくると回る動きが基本になっているだけらしい。女性たちのカラフルなワンピースが回転する度にふわりと翻り、まるで周囲に飾られた花が舞っているかのように見えた。


 「ねえエレフリス、わたくし音楽隊の方に行ってみてもいいかしら」

 「申し訳ありません。今日は私しかお供しておりませんから、なるべくご一緒にいて欲しいのです。あちらのほうは人も多いですし、今回は我慢していただけますと……」

 「ならわがままは言えないわね。来年の楽しみにとっておくことにします」


 ジャン! と音楽が終わり、それに合わせて周囲から拍手が巻き起こった。私たちも広場の隅から音楽隊へ拍手を送る。すると唐突に、後ろから私たちを呼び止める知らない男性の声がした。


 「おお! ようやくお会いできました。ご無沙汰しております皆さま。クラーヴも一緒にいるとは聞いていましたが、どうやら本当だったとは。どうでしょう、今年の花祭りも楽しんでおられますかな」


 振り返った先にいたのは、白いシャツに他の人と同じような鮮やかなジャケットを羽織った中年の男性だった。服の生地や、その丸くふくよかな体形から金銭的に余裕があるようにも見える男は、薄いグレーの髪を撫でつけるように固め、髪よりも少し濃い目を細めるようにして笑っている。慌てて走ってきたのだろう。額には汗が浮かび、肩で荒く息をしていた。


「ファレノルプス卿ではないですか。お久しぶりです。今年の準備もありがとうございます」

「いえいえ滅相もございません。そういえば確か……フレージア様とお話するのは初めてでしたね。はじめまして、ラムソール・ファレノルプスと申します。ラキスと周辺の町村の統括を任せていただいております」

 「はじめまして。フレージア・ブロムキントです」


 ……あっやし! ものすごく怪しい。見た目だけで人を判断するのはよくないことは分かっているけど、ビジュがかなり悪徳商人のそれすぎて。

 もちろんこんなことは口にはできないし、表情を崩すわけにもいけないので、必死に取り繕う。が、ラムソールが大きな金の指輪を全指につけた手でハンカチを額に押し当てはじめてしまい、もう駄目だった。

 この人は偉い人、偉い人……。テンプレ悪者ではない。


 「ファレノルプス家はブロムキントの各地を管理する四貴族の内の1つなのよ。花祭りの運営も各家に主導で行ってもらっているわ。今年も大変だったでしょう。お疲れ様です」

 「おお! リリアナ様にそうおっしゃっていただけるだけで、全ての疲れが吹き飛びますよ。とはいえ、今年は花の子がいらっしゃいませんから、例年よりは準備に余裕がありましてね。その分、来年のフレージア様の初舞台は完ぺきにいたしますよ」

 「ならわたくしも、その準備に負けないよう練習をしなくちゃいけませんね」

 「それはそれは。楽しみですな」


 はっはっは、とシャツのボタンが飛びそうなお腹を揺らして笑うラムソールに案内されて人の間を縫うように大通りを北へ進んで行く。複数階建ての建物が次第に減っていき、比較的いい作りの家が立ち並ぶ道へと入っていった。こちらは祭りの会場にはなっていないようだ。白い壁と玄関口に花を飾っているだけで、人の気配もあまりない。遠くから音楽と人々の歓声が聞こえるだけだ。


 「こっちの方は静かですね。今はどこに向かっているんですか」

 「おや、御父上からお聞きになっていませんか? この先に孤児院と御殿があるでしょう。そこで暮らす子供たちと触れ合って欲しいと。管理者が少ないせいで、あの子たちは花祭りを十分に巡ることもできませんからねぇ。私は皆さんをご案内するよう頼まれたのですよ。私がいなければ、町の者が皆さんを離してはくれないでしょうからね」

 「私は聞いていないな。本当なのかい、エレフリス」

 「ファレノルプス様のおっしゃる通りでございます、アスター様。一通り町を巡り、祭りを楽しむことができたら孤児院へ向かうようにと」


 孤児院は分かるけど、御殿ってなんだろう。帝とかの偉い人がいる建物のことだよね。

 数分も歩かないうちに目的の場所が現れた。御殿というので何のことかと思ったが、前世でいう所の教会のようなものだと解釈することにした。大理石よりも白い石材を組み合わせて作られた建物のようで、とてもきらきらしい。平屋ばかりの周辺の家々より頭1つ高いが、広い敷地の中央に建てられているせいか不思議と圧のようなものは感じられない作りになっていた。


 「さあ、こちらです」


 大人の腰程度の小さな門を通り抜けた瞬間、ぶわっと空気が変わったのを感じる。一気に体が軽くなったような錯覚を覚えるほどだ。ラムソールが他の家と同じ木製のドアをリズムよく叩くと、中から20代ほどの女性が顔を出す。緊張した面持ちだったが、私たちを見やると空気はすぐに柔らぎ、建物へ入るよう促した。


 「本日はご足労くださり、ありがとうございます。子供たちも楽しみに待っておりましたわ。よかったら一緒に遊んであげてくださいな」


 レイステルと名乗った女性は、ここの孤児院で子供たちの面倒を見ているらしい。長袖のロングワンピースにエプロンを重ね、暗い赤の髪をお団子にして詰めている。水仕事が多いのだろう。手が少し赤切れていた。

 建物に入ってすぐ目に飛び込んできたのは、部屋の奥で寄り添う2人の女性の彫像だ。花輪を乗せた女性は座り込んで両手を胸に重ねており、鳥が肩と指先に止まっている女性は、花輪の女性を長い袖で守るように立っている。自然さと神々しさが両在しており、一目で作り手の技術の高さがうかがえるほど美しい。

 綺麗……。この彫像が前聞いた花の女神と空の女神なのかな。


 「先にお祈りをしましょうか」


 エレフリスの言葉に私たちは像が立つ祭壇の前に並んだ。作法を覚えていないので、何でもないふりをしつつ横に立つお姉様の動きを横目で見ながら真似をする。右手を左胸に当てて女性は両膝を、男性は右膝を床につける。そして、そのまま静かに時間が過ぎるのを待つだけのようだ。10秒近く経ったらお祈りは終わりらしく、次々と立ち上がっていった。

 あとで正しいお祈りの方法を確認しておこう。この地に季節をもたらしてくれるとかいうすごい存在みたいだしね。ん? どこからか視線が。


 「みんな、もう出てきていいわよ。皆様にご挨拶しましょうね」


 その言葉に祭壇横の扉から子供たちがおずおずと出てきた。ここで暮らす子供は3歳から12歳までの男女10人。全員ラキスと近くの村で生まれた子供たちらしい。食事や服もしっかりと与えられているようで、少々細身だが顔色が良く表情も明るい。さっきの視線はこの子達だったのだろう。

 年長の子よりも小さな子の方がたくさん話しかけてくれるね。やっぱり遠慮とかがあるのかな。見た目は6歳の少女でも中身は18歳。子供と遊ぶくらい造作もないよ!


 「はじめまして、わたくしはフレージアです。お名前を聞いてもいいかしら」

 「……ベルゼリア」

 「ハウレセンだ」

 「素敵な響きね。よろしく、ベルゼリアにハウレセン。ところで2人とも、お花は好きかしら」


 そっと顔を見合わせ、2人は恐々といった風に小さく頷く。


 「それはよかったわ! じゃあ、2人とも手を出してもらってもいいかしら」


 それぞれ片手ずつ差し出された手の平に私の手をかざす。そして、前にお父様が見せてくれた魔法をはっきりと思い浮かべる。この魔法はあまり練習をこなしているわけではないが、花祭りに行けない子供たちに見せるならこの魔法が一番だろう。自分の中の魔力の流れに集中し、魔力で形作ったつぼみを手で咲かせるイメージをする。その瞬間、私と2人の手の間にふわりとしたものが生まれた。同時に、山盛りのお菓子を前にしたかのような歓声が上がる。


 「うわあ! これ、本物? どこから出てきたの」

 「すっげえ、すげえぞベルゼリア! セナタの花にサウラ、見たことない花もある! 」


 慌てて両手で受け止める2人の手には、大小様々な花で溢れていた。そう。私が見せたのはブロムキント家の特殊魔法、花の魔法だ。無事に一発で成功して本当によかった。威厳は無事に保てたようだ。


 なるべく気を付けてはいたんだけど、前世でしか見ていない花も混じっちゃってるね。これはスミレだし、あれはツツジっぽいな。うーん、ばれないといいけど。


 驚きが緊張を塗り替えたらしく、その後は気楽にたくさん話をしてくれた。普段の生活や近所に住む鳥の親子の話、将来の夢まで様々だ。レイステルは子供たちの言葉遣いに冷や汗を流しているようだったが、ここは無礼講だろう。兄姉含め誰も気にはしてはいなかった。

 これでお友達になれたってことでいいかな。もうクラーヴしか友達がいないとは言わせないよ。


 幾ばくか時間が経った頃、いつのまにかどこかへ行っていたラムソールが戻ってきた。そろそろ屋敷へ帰る時間らしい。馬車も入口に来ているとのことだ。


 「名残惜しいでしょうが、あまり遅くなっては危ないですからね」

 「フレージアさま、また遊びに来てくれる? 」

 「もちろんよ。次に来たときは、何か他の遊びも考えておくわ」


 お兄様とお姉様、それからクラーヴも子供たちと仲良くなっていたらしい。手を握ったり拳を合わせたりと、それぞれ別れを惜しんでいる。そして、皆に見送られながら私たちは教会もとい御殿を後にした。建物にいたときは気づかなかったが、かなり時間が経っていたらしい。来るときは太陽も高く青かった空が、今や西日に照らされて見事なオレンジ色に染まっていた。


 「みんな、疲れていないかい」

 「疲れよりもずっと、楽しかったが大きいです。お土産もたくさんできましたね」

 「そうだわフレージア。もう花の魔法をちゃんと使えるようになっていたのね。驚いたわ」

 「お母様にも見てもらいながら頑張りました。でも、今日の花祭りの様子を見ると、もっと派手さが欲しいですね」

 「それなら祖父様(おじいさま)にコツを聞いてみるといいよ。派手さで祖父様に並ぶ人はいないから。あ、叔父上でもいいかもね」


 ガタゴト揺られること体感10分ほど。私たちを乗せた馬車は何事もなく屋敷の前に到着した。車内から覗くと、両開きの玄関扉の前で大人組が揃っているのが見える。何やら相談でもしているらしい。お父様が難しそうに腕を組んでいるようだ。私たちの到着に気が付いたのだろう。3人とも顔を上げて、こちらへ手を振ってきた。


 「ただいま戻りました! 」

 「クラーヴ、ねえクラーヴ起きて。もう着いたよ」

 「え……んぇ……」


 寝ぼけ眼のクラーヴをエレフリスと引っ張り出し、先に降りて行ったお兄様たちを追いかける。2人は早速とばかりにもらった花々と思い出を見せているようだった。


 「みんな存分に楽しめたみたいだね。怪我やトラブルは無かったかい」

 「問題はありませんでした。しいて言うなら、フレージアとリリアナが花を貰いすぎて持てなくなりそうだったくらいです。これらはクラーヴが紹介してくれた店で作ってもらったんですよ」

 「ほお。いいデザインじゃないか。色や構成のセンスもいいな」

 「でもよかったわ。まだ場所が残っていたみたいで」

 「場所? どういうことですか」

 「こういうことだよ。3人とも、ちょっとこっちへおいで」


 顔に疑問符を浮かべる私たちの前で2人が手に魔力を集中させていく。ある程度集まったのか、お父様たちが軽く目を合わせ、その手をふわっと私たちの頭上で振った。その瞬間、長い髪をまとめただけだった頭に軽い重さと、かさりという柔らかい音が耳を撫でた。


 「こ、これ……」


 手で頭上のものに触れると、柔らかい何かが指先に触れる。隣を見ると、同じく驚いた顔をしたお兄様とお姉様と目が合った。そして、その目のさらに上を見やると、さっきまで無かったはずの大きな花冠がそれぞれの金と白の髪を彩っていた。2人のリアクションを見る限り、おそらく私にも花冠が乗っているのだろう。


 「花冠? 父上と母上の、魔法の花でしょうか?! 」

 「花祭りなのだから、花を贈らない手はないでしょう」

 「ロザリナの言う通りだよ。……そうだ、あの言葉も必要だね」


 「明日もたくさんの花を咲かせようか」




 「ほーら、クラーヴお前にもだ」

 「え、え? オレも?! 」

 「あなたもよ、エレフリス。今日は子供たちを見ていてくれてありがとう」

 「ロザリナ様?! そんな、私にまで。……ありがとうございますっ」



ご覧いただきありがとうございました!

前回に続き今回も過去最長を更新してしまいました。

私はかなり大変でしたが、みんな花祭りを存分に楽しめたようです。

ヘンディアノや領主の一族が民からどのように思われているかにも触れてみた祭りでした。

ヘンディアノの優秀っぷりも分かってもらえましたでしょうか。

そうなんです。めっちゃ優秀なんです。しかも家族思いときた。

すごいぞヘンディアノ! かっこいいぞヘンディアノ!

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