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花祭り

 収穫も終わった秋の終わり、花の領主の合図(しらせ)を携えた伝書鳥がブラフへルメルの空を駆けた。



 レンガ造りの家と木造の店舗が並ぶ大通りは色とりどりの花と旗で飾られ、花枯れる秋とは到底思えない空間を作り上げていた。通りの屋台が料理を売っているのだろう。どこからか、昼前の空きっ腹に容赦なく食欲をそそらせる匂いも漂ってくる。


 「フレージア、堅苦しくしなくていいとはいえ、よそ見ばかりしていたらはぐれてしまうよ」

 「そうよ。今日はお父様も探してくれないんだから、あまりエレフリスを困らせてはだめよ」


 後ろからかけられた声にくるっと振り向くと、いつもよりカラフルな色合いの服を着た兄姉がこちらへ手招きをしていた。お兄様は鮮やかな紫のコートを、お姉様はオレンジのポンチョを羽織っている。私もお姉様はおそろいだ。さらに、昨日の夜は作りたてのお風呂セットで磨いたため、全員髪がツヤツヤサラサラになっている。


 「ごめんなさいお兄様、お姉様。周りを見ていたらつい。とても綺麗な飾りつけですね! 」

 「ここはブラフへルメルで一番大きな町だからね。それに、普段は周囲の村で暮らしている領民たちもみんな集まってくるから、今日はより人が多くなるよ」


 ここラキスは屋敷から馬車で10分くらいのところにある、前世でいうところの県庁所在地にあたる町だ。そして今日は、花祭りで飾られたラキスを兄姉と付き添い役のお母様のメイドであるエレフリスと一緒に回るのだ。お父様たちも祭りには来ているらしいが、大人だけでのんびり巡るとのことで、今回は別行動だ。


 「ねえねえクラーヴ。クラーヴはラキスにはよく来るんでしょう。おすすめの場所とかあるかしら」

 「お、おすすめ? オレが行くのは飯の屋台とかばかりだから、あまり合わないかも……」

 「ぜひ教えてくれないかい。父上たちからお小遣いは貰っているし、せっかくだからいろんなところに行ってみたいんだ」

 「分かりました。本当に大丈夫なら……」


 なんと今日はクラーヴも一緒だ。ティリアから直々に役目を仰せつかっていた。バイオレットのジャケットとズボンを着たクラーヴは、今まで見たことがないほどガチガチだ。


 「ふふっ。クラーヴ、緊張してるでしょ」

 「これで気を抜けってほうが難しいよ……難しいです。ついた、この店だよ」


 クラーヴが案内してくれた屋台は大通りから続く広場の端にあった。周囲と同じく花や旗でかわいらしく飾られている。

 でも店主は結構いかついね! すっごい筋肉ムキムキだ。それに、剣の傷跡かな。顔とか胸にざっくりと。


 「おっちゃん、串4本……やっぱ5本ちょうだい」

 「お、クラーヴじゃねえか。久しぶりだな。元気してたか。それに、花のお子様方か。こんな店にようこそ」

 「アスターといいます。こちらこそ、急に押しかけてすみません」

 「そうだ、4本だけでいいから紙に包んでほしい。手が汚れないように」

 「もちろんさ。ほれ、ちょっとまけといてやろう。うちでは花を渡してないが、そこの果物屋ならやってるぞ」

 「あんがと。あとで行ってみるよ」

 「ああ。お子様方も、明日も花が咲きますよう」


 すごい。私の知らないクラーヴだ。それもそうか。お父様も言ってたもんね、私はクラーヴの一面しか知らないだろうって。あ、店主がこっちに手を振ってる。振り返しておこう。


 「これ、オレがよく食べる串肉です。タレが多いから気を付けて」


 そう言って私たちとエレフリスに紙で包まれた串を渡し、自分は串のままの肉に齧りついた。もぐもぐと咀嚼して飲み込み、ちらっとエレフリスを見やる。当のエレフリスは困った子を見るような表情で息を1つついた。


 「全く……。あとで代金をお支払いしますね。クラーヴ、貴方の分もですよ」

 「え?! オレは自分で払うつもりだったし、なんか悪いです」

 「あら、経費ということでしょう。貰えるものは貰っておいた方がいいわよ。ねえ、わたくしも食べていいかしら」


 今の立場で立ったまま食べるのは少しまずい気がしたので、近くのベンチに5人で並んで座り、早速とばかりに頬張る。


 「ん~! ん˝っ、んー」


 とろみのある甘辛いタレが少し硬めの薄切り肉に絶妙にマッチしている。言うなれば、シンプルな味付けの濃厚な焼き肉のタレのようだ。猪のようなクセがあるが、噛めば噛むほど味が出る感じでとてもおいしい。そして、どこか懐かしい感じもする。ただ、バラ肉を波々串にさしているので、串から肉をなかなか噛み切れない。


 「まあ、炭で焼いているのかしら。とてもおいしいわ。フレージアは……大丈夫? 」

 「んむんむ……おいしいです! これをいつも食べられるなんて、クラーヴがうらやましいわ! 」

 「よかったぁ。何も言わないから口に合わなかったのかと」

 「本当においしいよ。またこっそり来てみようか……」

 「アスター様? 」

 「そういえば、さっきお店の人が言っていた、花が咲くとかいうのって何ですか? 」

 

 店主だけではない。周囲の会話に耳をすませば、たまに同じような言葉が聞こえてくるのだ。

 メリークリスマスとか、明けましておめでとう、みたいなのと同じなのかな。


 「今日は花祭りだろう。花の女神の加護があるようにっていう祝福の言葉だったはずだよ。本来は親しい人にだけ花と一緒に送る言葉だったけど、今ではいろんな人に送るようになった、とかだったかな」

 「へえ、綺麗な言葉ですね」

 「綺麗か。そうだね。とても綺麗だ」


 残りの串肉を手伝ってもらいながら食べきり、再び祭りの雰囲気を楽しむことにした。たまに私たちのことに気が付いた人たちが手を振ったり声をかけてくれるので、それに返したり挨拶しているうちに、私たちの両腕は貰った花で溢れかえってしまった。道端の店の人や行く人みんなが渡してくれるのだ。お返ししていても追いつかない。


 「これ、造花ですか? あまり香りがしないですね」

 「半分くらいは造花だね。残り半分は生花を魔法で加工して枯れないようにしたものだよ。さすがにこの季節にもなると、ほとんど枯れてしまうからね」

 「だから、本当の生花は領主一族が魔法で作る花だけになるのよ」

 「よくできてますね。……お兄様もお姉様も、それ前見えてますか? 」


 私は一部をクラーヴとエレフリスに持ってもらっているのだが、2人が埋もれてしまっている。遠くから見ると、花の山が歩いているように見えるだろう。


 「……断れなかったのよ」

 「みんなの気持ちだから、どうしてもね」

 「どこか露店でまとめてもらいましょうか。それか籠を買いましょう」


 それなら、とクラーヴがオススメしてくれた店に行ってみることになった。旅商人の露店で、普段はいないこともあるが、この時期は必ず帰ってきて店を開けているらしい。国外の物も扱っていてとてもオシャレとのことだ。


 「いらっしゃい。あらクラーヴ、花でもりもりじゃない。今日も香辛料かしら」

 「久しぶり、ロース姉ちゃん。今日はオレじゃなくて」

 「こんにちは。花束用の包み紙はありますか? それか、花を入れられる籠があったら買わせてください」

 「あらまあ一族の皆さんじゃない。すごいわあ、皆さんしっかりしていらして。包み紙ね。ちょうどいいのがありますわ。ついでに花束にしてあげましょうか。ちょっと夫を呼んでこなくっちゃ。ちょっとー、リンペルー! 」


 他の店同じように花で飾られた店先にいたのは金に近い茶髪を高いところでまとめた若い女性だ。ロースと呼ばれた女性は周辺に響き渡る声で旦那を呼んだかと思うと、あれこれお喋りしながらも手際よく台に並べられた商品から紙やひもを選び上げていった。


 「普段は色んなところを旅しているんだけど、やっぱり花祭りには帰ってこないとよね。そうだわ、アスター様とリリアナ様の舞もちゃんと拝見しましたよ。んもうお2人ともお上手だし美しいだしで感動しました。フレージアお嬢様は来年ですよね、楽しみですわ。あ、リリアナ様のお花も貰いますね。お好きな色とかデザインはありますか」

 「見ていてくださったのね。嬉しいわ。えっと、色はこれ、デザインはこんな風にお願いします」


 そうこうしているうち、近所にいたのであろうリンペルが戻ってきた。そこからは2人での作業になり、さらに早いスピードで花束や花かごが作られていく。

 ん? これなんだろう。蓋もついてるし、小物入れかな。


 「何か気になる物がございましたか」

 「いえ、ただこれが綺麗だなと思って」

 「小物入れですか。水晶で出来ているようですね」


 クラーヴが言っていた通りだ。他の店では見ないようなデザインのものや品物が置いてある。私の目に留まった小物入れも、1つの水晶を切り出して作ったもののようだ。蓋の持ち手に小さな赤い石がついているものと、緑の石がついているものもある。一目見るだけで簡単に作れる物ではないことが分かるほど精密にできている。


 「それは南にある砂漠の国で作られたものなんですよ」


 リンペルは妻ほど喋るタイプではないようだが、話してみると優し気な雰囲気の中に強かな意思を感じる。さすが各地を渡り歩く商人といったところだ。


 「その国では魔法で動く道具の制作や鉱石の加工に長けているんです。メイドさんの言う通り、水晶でできていましてね。本来は中に魔力で動くおもちゃを入れたり、錬金術というものをするときに使うとかで……」

 「錬金術に使うんですか! 」

 「はい。確か水晶は魔力を通すことができるので、錬金術と相性がいいとか。フレージア様は錬金術にご興味がおありで? 」

 「少し、ですが。水晶が魔力を通せるなんて、初めて知りました。魔力の透過性があるんですね」

 「逆にガラスは魔力を通しにくいそうですよ」


 え、なにそれ初耳なんですけど。この世界でもガラス優秀すぎ! いや、むしろ使いにくいのか?


 「リンペルさん、この入れ物をペアで2つ、購入させてください。とても綺麗だし、今日のいい思い出にできそうなんです! 」

 「ありがとうございます。この子もそう言ってもらえて嬉しいでしょう。すぐお包みしますね」

 「エレフリス、わたくしのお財布をもらえるかしら」


 エレフリスに持ってもらっていた巾着型のお財布には、お父様とお母様から渡された私の分のお小遣いが入っている。確か銀色のコインが10枚くらいあったはずだ。ただ、私はまだお金の計算ができない。受け取っておいてなんだが、計算はエレフリスにお願いするしかなさそうだ。


 「こちら商品です。割れたり傷がつかないよう、緩衝材を巻いていますので、多少の力がかかっても問題ありませんよ。お代はそうですね……200ユールいただきましょうか」

 「200ユール?! や、安すぎます。このような美しい、しかも他国の商品であれば3倍はするでしょう」

 「そうなんですか! だめですリンペルさん。技術と仕事には相応の対価を払わなければなりません! 」


 物の相場は分からないけれど、ものすごく忖度というか、気を使われている気がする。いくら領主の子と言えど、さすがに許されるべきではないはずだ。

 しかし、私たちの言葉に当のリンペルは笑って返すだけだった。


 「それならばもっと安くてもいいでしょう。いえ、私たちが領主一族の皆さんから受けている恩を考えたら、ここに並んでいる商品の全てをもっても足りませんね」

 「それはどういう……」

 

 どういうことか全くわかっていない私たちの疑問を解決してくれたのは、リンペルの横からひょこっと顔を出したロースだった。


 「私たちみたいな旅商人は普通、自分たちの家を持てないんですよ。ずっと同じ場所に留まるわけでもないし、いつまた帰ってこれるかも分からないので。だからどの町に行っても、商売をするときや町に入る時にお金がかかるんです。自分が生まれ育った町でもですよ! 本当にそれが普通なんです。でも、ブラフヘルメルのヘンディアノ様はそうしなかった。故郷に家を持つことを許してくれたんです! 」


 「おちついてねロース」と、興奮したようにまくしたてる妻をなだめ、リンペルがさらに続けた。


 「安定して税を納められない我々は、領地にとっては益になる存在ではありません。けど、皆さんは外の世界へ向かう私たちの背を押すだけでなく、いつでも帰ってきていいと言ってくださったんです。もちろん、金銭的な面でも助かっていますが、帰っていい家があるというだけで、その事実が暗い道を後ろから照らしてくれるんです」


 そう言って笑う2人は、本当に心から幸せなのだと思えた。そんな2人に「ささやかですがお礼をさせてください」と言われてしまっては、誰も断ることはできなかった。


 「そうだ! それでもお嬢様方が後ろめたく思ってしまうなら、この花束を作ったのはうちの店だと他の人に伝えてもらうのはどうでしょう! これからたくさんの人に花を褒められるでしょうから」

 「いいアイディアですロース! わたくしに任せてください。ばっちり広めておきます! 」

 「妹がお世話になったんだ。私にもその役目を任せてもらってもいいかな」

 「お兄様だけというのはずるいですわ。わたくしにもやらせてください! 」


 「ご提案ありがとうございます。ご迷惑にはなりませんでしょうか」

 「むしろ感謝するのはこちらですよ。ふふっ。あの様子だと、店に行列ができるのも時間の問題かもしれませんね」


 ロースと一緒に、どうやって店のことを広めるか盛り上がっている私たちには、2人の大人が子供たち、と大人1人のことを優しく見守る視線に気づくよしもなかった。



ご覧頂きありがとうございました!

ついに来ました花祭り!

フレージアが前世の記憶を思い出してからもう半年近くが経ったんですねぇ

早いような長かったような

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