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迷い子

 「迷い子ですか? 道に迷った人、というわけではなさそうですね」

 「ああ。正しくは『渡り人』というんだが、この辺りでは迷い子と呼ばれている」


 前世の記憶が戻る前を含めても、この世界では見たことも聞いたことも無かったはず。日本語としては、定住せずに各地を渡り歩きながら生計を立てる人、のことだったはずだけれど、元の世界の言葉とこっちの世界の言葉で意味が同じとも限らないし……。下手に間違えるリスクは冒さない方がいいかな。


 「知りません。初めて聞きました。どんな意味なんですか? 」

 「いや、知らないなら特に問題は無いんだ。まあ簡単に言うと、こことは全く違う環境・文化の世界から境界を越えてやってきた人、もしくはその世界の記憶を持つ人のことを言うな。俺は実際に会ったことは無いし、どうにも信じ難いことなんだが、……友人の親族に迷い子がいたらしいんだ」

 「どうしてその話をわたくしに? 」


 普段と同じ優し気な眼の裏に潜む、番犬のような気迫に思わずじり、と体を引いてしまう。負けないよう、必死に口角を上げて平静を装うが、不自然な表情になっている気がしてならない。

 実際には数秒、しかし体感ではもっと長い時間が経った頃、不意に叔父様の圧から解放された。体が一気に軽くなり、気づかぬうちに詰めていた息がフーッと出る。


 「いやなんだ、知り合いにいないかと思っただけだよ。話によると、迷い子には様々な知識を持っていたり、魔法や体術に長けた人もいるみたいだからね。ぜひとも会って色んな話を聞かせてほしくてね」

 「……不思議なこともあるのですね。ですが、力にはなれなそうです。だって、わたくし今まで外に出る機会があまり無かったんですよ。私の知り合いは屋敷の者ばかり。であれば、叔父様もよく知った人ばかりでしょう」

 「ふっはは! そうか。友達がいなかったのか。それは悪いことを聞いたな」

 「いますよ! クラーヴ、とか……」


 まずい。1人しか出てこない。ティリアやクリモフも入れていいかな。


 「いつまで笑っているんですか。叔父様がいじわるしてくるって、ティリアに報告してもいいんですよ」

 「わかったわかった。悪かったって。それはさすがに勘弁してくれ。な? あー、ほら。お詫びといってはなんだが、これをやるからさ。旅の途中で手に入れたレアものだぞ」


 そう言ってポケットから革製の小袋を取り出し、私の左手をとってその上にポンと置く。小銭入れくらいの大きさだが、黒く上品に光る革は素人目にもいいものだと分かった。作りもしっかりしていて随分お高そうだ。

 どうやらレアものは中身らしい。「開けてみ」と促され、同じく黒の皮ひもとシンプルなボタンで留められた口を開いて中を覗き込む。中にはビー玉くらいの大きさにカットされた2つの石がキラキラと光を反射させていた。


 「ほ、宝石ですか?! 」

 「これは双子石という魔鉱石だ。1つの原石から特殊な加工を経て2つできるとかなんとか。面白いのがその性質で……俺はこっち、フレージアはこっちの石を持っておいてくれ。絶対離すなよ」


 袋からワインレッドの石を取り出し、手にぎゅっと押し付けられた。当の本人はというと、袋から拾い上げた石を手に、私から10mほど離れたところに歩いていった。


 「何もしなければただの綺麗な石なんだが、ためしに魔力を流してみてくれ」

 「流すだけでいいんですよね。えっとこうして……」


 右手の中にある石の形に集中する。豆電球に電流を流すようなイメージで魔力を動かすと、小さい石へちょっと心配になるくらいの勢いで魔力が流れていくのが分かった。

 あ、ちょっと温かくなってきた気がする。カイロになる石ってこと?

 そう思ったのもつかの間、石にグンッと引っ張られるような感覚に、慌てて握りこぶしを左手で包み込んだ。それでも石の動きは止まらず、右へ左へ、風で制御が効かない凧のように振り回されてしまう。


 「え? ちょっと、これどういう、ってうわぁ! 」


 次の瞬間、今までの力がかわいいと思えるほど強く体を持っていかれる。気合で意地でも手を離さなかったせいで、宙を泳ぐかのように目の前——叔父様の方へ文字通り飛んでいくことになった。


 「いやあだあぁぁ!!! 」

 「ぐはっ」


 私が叔父様を貫くことも、頭から地面に落ちることも無く、無事に叔父様の腕に捕獲される。しかし流石に勢いまでは殺せず、そのまま仲良く地面にひっくり返ってしまった。


 「魔力があれば石同士が引き合うんだが……魔力を籠めすぎだ」

 「そういう大切なことは先に言ってくださいよ」



 ◇



 「うーん、誰もかれもいい目には合っていないみたいだね。はぁ。さすがに疲れるよ」


 部屋に戻って数日分のお風呂セットを作った後、私は1人で図書館に来ていた。ティリアにあまりいい顔をされなかったけれど、迷い子もとい『渡り人』について調べるのだ。なぜ調べるのか聞かれてもうまく言い訳できる気がしなかったので、忙しいティリアをいたわる体で振り切った。

 例の本探しの魔法で『渡り人』を探してみたところ、数冊の歴史書を見つけることができた。しかし、記載されている記録はどれも少なく、しかも揃いも揃って波乱万丈な人生を送っているようなのだ。あまりのおいたわしさに気も滅入る。


 「記録に残っているのはどれも別の世界から転移してきた人ばかりで、そのうち最後が分かっているのは半分くらいかな。えっと、迫害に戦死、精神疾患と行方不明。うわ、政治的な圧力で消された人もいる」


 2羽の白鳥とたくさんの花が描かれた華美な装丁の本をぱたんと閉じ、机に突っ伏す。私以外に誰もいない図書館は静まり返っており、外から鳴く鳥の声すら聞こえてくるほどだ。机の上に出したままの双子石を指先でつつくと、窓からの光を複雑に反射して目をちらちらと焼く。


「下手に前世について明かさない方がいいっていうのは間違ってなかったみたいだね。……他の転生者も私みたいに隠れて生涯を過ごしたのかも。だから記録が全然ない、とか? 」


 前世で流行っていた物語みたいに上手くはいかないんだね。それもそうか。見た目や雰囲気も違う、常識を全く知らない人が唐突に現れるんだもん。不気味に思われてもしょうがないよ。


 「よし! のんびりしていられない。前世バレがやばいと分かった以上、この世界に溶け込めるようにもっと勉強しないと! なにからしよっかな。マナー? マナー本からかな」



 ◇



 昼、いつも通り厨房へ行ってクーラー用の魔力を補充する。外が肌寒くなってきたとはいえ、火をずっと使う厨房は冬でもかなり暑いのだ。ティリアに抱えてもらって高いところにあるクーラーにも魔力を籠めたらお仕事完了だ。料理人たちと軽く話して部屋に戻ろうとしたとき、入れ替わりで入ってきた料理人に驚いて声を上げてしまった。


 「ピタセリー! 」

 「ああ、お嬢様」


 少し時間をくれないか尋ねると、快く了承してくれた。近くの人に持っていた野菜の箱を渡し、厨房から少し離れて他の人から話を聞かれないように距離をとる。久しぶりに顔を合わせたピタセリーは笑顔の裏から疲れが少し滲んでいるようだった。


 「お久しぶりです、お嬢様。季節1つ分ぶりくらいになりますね。屋敷には来ていたんですが、どうも期が合わなかったようです」

 「ええ本当に。わたくし、ずっとピタセリーに話さなくちゃいけないことがあって」

 「それでしたら、私の方から先にお話しさせていただいてもよろしいですか」


 今すぐにでも頭を擦り付けて謝りそうな私を手で制止し、ふいにピタセリーがそう申し出た。予想外の言葉に私が慌てているうちに、ピタセリーが右手を左胸にあて、話を続ける。


 「息子……クラーヴから話を聞きました。あの子に慈悲と道を与えてくださり、本当に、ありがとうございます」

 「え……」


 文句こそ言われても感謝なんてされると思っていなかった。しかし、ピタセリーから他意は感じられない。むしろ、分かるのは心からの感謝だけだ。


 「親として、安定した確実な道に進んでほしいという気持ちもあります。私たちが示せる道はこれしかありませんでしたから。ですが、あの子はそうでなかったようです。最初は子供の空想だと思っていたのですが、こんなにも早く風に乗っていくとは」

 「その話で、わたくしは謝らなくてはいけなくて。クラーヴがピタセリーの息子さんだとは知らなかったとはいえ、勝手なことをしてしまってごめんなさい。お父様にも言われたし、わたくしの迂闊な行動と思い込みで何人もの人生に大きな影響を与えてしまったと、あとから気が付いて、でももう遅くて……」


 ふっと正面で空気が動く気配がした。床に向けていた視線を上げると、さっきまで立っていたピタセリーが私と同じ目線の高さになるようにしゃがんでくれている。


 「であれば、お嬢様は我々にいい影響をもたらしてくださったんですよ。この件があるまで、私たち親はクラーヴがやりたいことを何も知りませんでした。それに、もし仮に知っていたとしても、何もできなかったでしょう。私は諦めた人間ですから。今もただ、夢を追いかける者を地上から見守ることしかできません」

 「でも……」

 「お嬢様が心配なさる気持ちも分かります。なので、一介の料理人としては不躾ですが、お嬢様にお願いしたいのです。クラーヴが一人前になるよう、これからも導いてくださいませんか。方向を見極められるように、疲れたら止まってひと休みできるように」


 今まで自分の希望を述べることなど全くなかったピタセリーが初めて願いを口にしたのだ。おそらく家族か私をよく知る人から何かしら言われたのだろう。しかし、私のせいでリスクの高い世界に巻き込んでしまっているのだ。返事は決まっている。


 「もちろんです。必ず、約束します」

 「ありがとうございます。しっかりしているお嬢様が見ていてくださるなら安心ですね」


 「あのピタセリー! 今でも、夢を叶えたいと思っているかしら? 」


 唐突な言葉に軽く目を見張った後、ピタセリーは笑った。


 「私は今の仕事に誇りをもっていますから。それに、お嬢様は私の料理が食べられなくなってもいいのですか? 」

 「えっ! そ、それはダメです。困ります! ピタセリー、辞めないでください! 」



ご覧頂きありがとうございました!

前回から引き続き新事実が発覚!

他の転生者、転移者についてもこれから深掘りがあったりなかったり⋯⋯?

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