花守る緑の手
ゆるやかに季節は移り変わり、秋も終わりに差し掛かってきた。そろそろ朝夕に上着無しで外に出るのが辛くなりそうだが、今日も今日とて錬金の素材調達だ。というのも、お母様とお姉様にあげる分のシャンプーとリンスを含め、突然帰ってきた叔父様の洗浄に提供したので、在庫がもうなくなってしまったのだ。早く今日の夜の分だけでも作っておかないと、また2人に全身をつつかれることになってしまう。
おや?朝早くからクラーヴがいるのはいつものことだけど、一緒に話しているのは叔父様じゃない?
「ごきげんよう叔父様、おはようクラーヴ。叔父様も来ているとは思っていませんでしたよ」
「クラーヴに謝りに行けと言ったのはおまえだろう」
「謝るだなんて、そんな。オレの方こそ、急に叫んだりしてごめんなさい。誰なのか分からなくてびっくりして……」
「それなら、わたくしも同罪です叔父様。ですけど紛らわしいことをした叔父様にも非はあると思いますよ。あれは誰であろうと叫びます」
「手厳しいが、もちろん理解しているよ。だからこうやって薬草畑の手伝いに来てるんだろうが」
手伝い?いいとこのお坊ちゃんが畑や花壇の手伝いなんて、あまりイメージできないけど。……まあ、人のことは言えないか。
叔父様は困惑する私たちにさっさと背を向けて花壇の中にしゃがみ込み、植えられている薬草や花を検分するように手でそっと触れる。何か聞いているかとクラーヴへ視線を向けてみるが、彼も何も知らないらしい。2人で顔を見合わせて首をかしげていると、背の高い植物の中から叔父様が私たちを呼ぶ声が聞こえた。
「ここの管理はクラーヴがやっているとクリモフが言っていたが、本当なのか? 」
「は、はい。でもクリモフさんに手伝ってもらったり、色んなことを教えてもらいながらだけど……」
私たちが叔父様の側に行くと、ちょうど何かしらの草を1枚、口に放り込むところだった。そのままもぐもぐと咀嚼し、ごくっと飲み込む。
うげえ。ここで育ててるのって、可食じゃないと思うんだけど……。
「土も植物も丁寧に手入れされている。よく今の時期まで枯らさずにいたものだよ」
「……! ありがとう、ございます! 」
「だが、それもそろそろ限界といったところか。新しい葉が小さく色も薄い。このままだったら、数日後には葉先の方から枯れてくるな。対処法はあることにはあるが……。お前たちさえよければ、俺が少し手を加えてもいいか? 」
クラーヴが不安そうにちらっと私の反応を伺う。
ここはクラーヴが管理している花壇なんだから、もっと強気になってくれていいのに。
「叔父様のことは信用してますし、わたくしは構いません。ですが、ここの管理者であるクラーヴの意見を第一にしてくださいね」
私と叔父様の視線を受け、クラーヴが居心地悪そうに視線をさまよわせる。数秒の逡巡の後、ようやく小さく口を開いた。
「オレは……おじょうさまがいいんなら、お願いします。もうオレの力だけじゃどうにもできないから、元気にしてやれるなら、やってほしい、です」
「よし、分かった。まかせておけ。変な風にはしないから安心しろ」
そう言うと、叔父様はクラーヴが管轄している花壇の範囲を確認して再び土に片膝をついた。軽く目を伏せ、右手で地面に触れる。上質そうな白いシャツとスラックスが汚れてしまうことに飛ばしていた意識が、鼻をくすぐる柔らかい春の野原のような匂いで引き戻される。何事かと目を見張るフレージアとクラーヴが立つ土から、無数の細い若葉色の光が立ち上った。
「わぁ、綺麗……」
「なんだ、これ。魔法? 」
緑の光はじわじわと伸びていき、私たちの腰あたりにあった先端はあっという間に身長を超えてしまった。周囲を見渡すと、どうやら花壇全体で光が伸びているらしい。よく知った場所であるはずが、花や蔓を照らす不思議な光によって幻想的で不思議な空間を作り出していた。
「よし、こんなもんかな」
ヘリアスが立ち上がり、服や両手についた土をパパッと払う。地面から手を離したせいか、数メートルのところまで伸びていた光は、スルスルと地面に戻るように縮んでいってしまった。驚いて呆けていると、フワッと甘い香りが2人の体を包んだ。嗅ぎなれた、でも寒くなってきてからは薄くなってしまっていた香草と花の香りだ。
「すごい、すごいぞフレージア! もう咲かないと思ってた花がこんなに……! それに、枯れかけてたリッセの蔓もめちゃくちゃ伸びてるぞ。すっげぇ、魔法みたいだ……。いや、魔法だったな」
「草魔法かしら? こんなこともできたんですね。知りませんでしたよ……。回復魔法の類でしょうか」
ついさっきまで力なく葉をうなだらせていた植物は、青々と大きい葉を絡んだ支柱の隙間から覗かせている。足元には春かと勘違いするほど色とりどりの花が一斉に咲いていた。心なしか、花壇の土も黒くフカフカとしている気がする。
「んー、魔法といえば魔法なんだが……難しいな。植物や動物の成長には適した魔力が必要なことは知っているか? 」
私とクラーヴがそろって首を横に振る。魔法について教えてもらっていた時も、特にそういった話は聞いていないはずだ。
「そうか。なら、まずはそこからだな。この世界で生きるにはある程度の魔力が必要になるんだ。種族によっても違うんだが、例えば俺たちのような人間なら水、草属性の空間魔力が一定量ないと成長不良や体調に異常をきたすことがあるな」
他の属性が全く必要じゃないという訳ではないが。と付け加え、自分の身長より伸びた植物の間をすり抜けて花壇を出た。ついて行くと、その辺に落ちていた木の枝を使って地面に何かを描いているところだった。叔父様の横にしゃがんで覗き込むと、人の簡単な絵を描かれていた。そして、そのまま横に雫と花の絵を付け加える。
「お上手ですね。かわいいです」
「そうだろう。学生のときなんかは軽食屋のメニューを描いて小遣い稼ぎにしたりなんかして……って、その話はまた今度にするとして」
なかなか面白そうな学生時代だったようだ。湧いて出た話を散らすようにパパッと手を振り、枝を持ち直す。人の下に描かれたのは花のようだ。その横に雫と花、それから火の絵を描き足す。
「植物は種類によってかなり差があるが、この辺のものは水、草、あと少量の火属性があれば十分に育つことができるんだ。……ここまでは大丈夫か? 特にクラーヴ」
「えっと……大丈夫だと思う、ます。たぶん肥料みたいなことですよね」
「そうだな。方向性はあっている。だがこれに関しては、無いと育つこともできないし、生きることも難しくなるものだと思ってくれていい。魔力に関する詳しいことは、今度フレージアに教えてもらえ」
「おまかせください! 」
私が教える立場になれるとは! と、張り切る私の頭をぐりぐりと撫で、叔父様は大きめな丸を4つ、横に並べて地面に描いた。
「1年は様々な要因から4つに分けられることが多い。分かるだろうが、左から春夏秋冬だな。この季節によって、空間魔力の量と属性の割合が変化していくんだ」
4つの丸の中に各属性の簡単な絵を描いていく。叔父様の話をまとめるとこうだ。
春は全ての属性がバランスよく存在している。空間魔力の絶対量も少しずつ増えていき、新たな命を育む土台を作るのだという。
夏は偏りが生まれ、火と草属性の割合が高くなる。1年の中では最も空間魔力量が多く、故に他の属性の量も他季節より多いこともあるらしい。
秋は土と風属性の割合が多くなり、火と草属性が大きく減少する。温暖な地域では火の属性がまだ多く残っている場所もあるので、地域差が大きく出る季節だ。
冬は水属性が割合のほとんどを占め、火属性の割合がほぼ無になる。秋が地理的な影響を大きく受けるなら、冬は信仰が大きく関わる季節らしい。例えば、うちの領地では花と風の女神を広く信仰しているので、草と風属性が他の領地より多くなる……といった具合だ。
「季節と属性の関係は一概には言えないし、もっと複雑なんだが簡単にするとこんな感じだな。秋は植物の成長に必要な草属性が大きく減るから、木や花が枯れたり成長が遅くなったりするんだ」
ぺしぺしと、つむじ風と埴輪君——土属性の絵が描かれた円を叩く。
叔父様、埴輪君のこと気に入ってるでしょ。
「なにニヤニヤしてるんだ」
「いえ。子供への教え方がお上手だなと思いまして。……つまり、さっきの光は足りなくなった草属性を補充したということですか? 」
「そうだ」と叔父様が頷き、枝をその辺へぽいっと投げて立ち上がる。私もクラーヴが差しだしてくれた手につかまって立ち上がる。スカートは汚れていないようだが、足が痺れてしまった。
「俺がこの家にいる間はまた定期的に流してやるさ。だが、そのうち自分たちでできるようになってもらうからな」
「これってオレにもできますか? お嬢様たちに頼ってばっかりはよくないだろうから、自分でもできたらって思って」
「無理、ではないが、現実的ではないな。草属性が豊富な素材を撒いておけばあらかた持つとは思うが、効率が悪いし何より金がかかる」
「そうですか……」
クラーヴが分かりやすく表情を曇らせて肩を落とす。いつも明るく元気な彼とは思えない、珍しい姿だ。
「ほらでも、魔法とかの研究はあまり進んでいるとは言えないんでしょう。近いうちに画期的な技術が生まれるかもしれませんよ! 」
「そ、そうだな。何がきっかけで発展するか分からない分野だからな。うん。全然可能性はあるぞ」
「……そうですよね! オレも、できる事をいろいろやってみます」
ふふっと笑い、「いろんなことを教えてくれてありがとうございます」と叔父様に礼をし、そろそろクリモフの手伝いをしてくると言って庭園のほうへ風のように走っていってしまった。「頑張れよー」と叔父様がその後ろ姿に声をかけると、くるっとこちらを振り返って軽く手を振り、迷路のような生け垣の中へ消えていった。
なんか気を使ったはずが、こっちの方が気を使われている気がするよ……。
「では、わたくしも部屋に戻りますね。あ、まだ薬草採ってないんだった。採集だけでもしておかないと」
「待ってくれ」
たった一言、その簡潔な言葉に薬草籠を片手に踏み出した足を止められた。なぜか一瞬跳ねた心臓をなだめ、なんでもないかのように笑顔を作って「何でしょう」と振り向く。ちらりと見た叔父様は予想に反して苦い表情をしていた。
「これはお前を排したいとか、そういう訳ではないということを知ったうえで聞いてほしいんだが……」
そう言うと、私と同じ目線になるように膝をつく。しかし、動揺する私以上に叔父様が目をさまよわせるせいで全く目は合わない。しばらく沈黙が続いた後、「よしっ」と意を決し、どこか祈りを滲ませた目をまっすぐこちらへ向けた。
「フレージア。『迷い子』という言葉を聞いたことはあるか」
ご覧いただきありがとうございます!
実に約1か月半ぶりの投稿になってしまいました。
お待たせして申し訳ないです。
これからは徐々に元の投稿スピードに戻していこうと思います。
さて、今回は世界の仕組みにも軽く触れてみました。
この後、詳しく色々触れていくことになると思うので、今は分からなくても大丈夫です!
そして最後の言葉。いったい何のことなんだい!ってことで、次の話で説明してくれると思います。
ちなみに、ヘリアスが絵を描いて説明していたのは、まだ字を読めないクラーヴにも分かりやすくするためです。
フレージアだけとかだったら、ガッツリ字を書いています。優しいですね。




