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おとな会議

 「改めて本当にごめん義姉さん(ロザリナ)、兄さん。忙しい時に帰ってこれなくて。」


 子供たちが眠りにつき、メイドや執事たちも仕事を終えて休息を取っているころ、部屋の明かりを落とされ、机上の蠟燭の明かりだけが灯るヘンディアノの私室に成人済みの3人が集まっていた。ここからは大人だけの時間。防音の魔法が施されたこの場は、子供たちやメイドには聞かせにくい話をするのにもってこいの場だ。


 「お前に旅へ行ってもいいと言ったのは僕なんだ。今更あれこれ言う気はないよ。それに、旅先でも裏で僕らの手伝いをしてくれていただろう」

 「そうよ。そんなに気にしないで。手紙に書いてあったことくらいしか知らないけれど、ヘリアスにもいろいろあったのでしょう」


 丸い机の反対側に座る義弟(ヘリアス)は、首あたりに片手を当ててうなだれてしまっている。ばつが悪い時に首回りを触ってしまう癖は長い旅に出ても変わっていないらしい。


 「それはともかく、アスターと模擬戦をしたんだろう。どうだった。あの子に言いにくいことでもいいから、率直に教えてほしい。親の贔屓目がない意見を聞きたいんだ」


 そう言われ、ヘリアスの空気が変わった。親に怒られていたような雰囲気から、様々な人間を見てきた貴族としての顔になる。首に触れていた手を口元に当て、少し時間を置いたのち口を開いた。

 こういう所はヘンディアノに似ているのよね。兄弟だわ。


 「能力が高いというのは本当だ。プレッシャーもあるだろうに、よくやっているよ。ただ本人にも伝えたが、まだ周囲を見切れていないな。基本、戦闘は数手先まで予想して動くものだ。だがまあ、これに関しては普通誰しもいきなりできるものではないさ。成長するにつれて自然と身に着けていくと思うよ。あとは……自己肯定感が低いことか。領主になるのなら、ある程度の図太さは必要だな。素直すぎるのも苦労の種になりそうだ」

 「そうか……難しいな。リリアナと、フレージアはどうだった」

 「リリアナは、そうだな。学者が向いてそうだと感じた。論理的な思考力を伸ばせそうだと思う。それに器用だし努力を苦としないところがある。学者に限らず、いろんな仕事に向いているオールラウンダーといったところか。フレージアは……」


 そこで言葉を切ってしまう。そして、「うーん」と唸った後、選ぶように言葉を絞り出した。


 「フレージアは……なんなんだ……」

 「なにか、あったのかしら? 」


 幼馴染であり、今では義弟でもある彼の言葉を疑うわけではないが、このように言わせてしまうというのはどうにも心配になる。わたしの焦りを感じたのか、ヘリアスが慌てたように言葉を付け加えた。


 「いや、別にそういうことではないよ。ただなんというか、達観していると感じたんだ。まだ6つだったか。その割には考え方や反応が大人すぎるというか、自分の興味関心への偏りが強いというか……。あの子が作った宝具を見せてもらったけど、驚いたよ。独学だというのに、あそこまで完成度の高いものを作れているとは思っていなかった」

 「確かに、駄々を捏ねたり夜に泣いたりすることはめっきり減ったな。アスターやリリアナに似てきたとは思っていたけど、大人か……。そうも言えるかもしれないね」

 「やはり、わたしのせいでは……」

 「それはない。病気はロザリナのせいではないし、君がそう言うなら、忙しさを理由にして子供たちとの時間を疎かにした僕のせいだ」

 「兄さんの言う通りだよ。それにティリアもついていたんだろう。なら問題もなかったはずだ。……ただ、俺に1つ思い当たる節がある。今度フレージアと話をしてみるつもりだ」

 「分かった。頼むよヘリアス」


 部屋に一度静寂が訪れる。ヘンディアノが纏う雰囲気が、子を持つ父親から一領地の領主のそれへと変わった。つられてわたしとヘリアスの背も自然と伸びる。本題はここからなのだ。


 「王都の方に行った騎士から連絡が来たんだけど、またブラフヘルメル(うち)を含めた大領地への風当たりが強くなる予兆があるらしい。良くない噂が流されているとかなんとか。元凶はやはり東だと。現状は噂止まりだけど、いつ何が起こってもおかしくないとのことだった。あのときみたいに……」

 「父上が王家と組んだ契約もあるから、急に動くということはないと思うが……。最近、東の方へ行く物資の流れが増えていたんだ。注意しておくに越したことはなさそうだった」

 「そうか……」

 「王家はこのことを認識しているのかしら。1つ間違えたら王命に反することになってしまうのよ」

 「認識していないだろうなあ。今の政治の要はほとんどあちら側の人間なんだ。どこかで故意に情報を止められていると思うよ」


 頭を抱えてしまったヘンディアノが、両手で顔を覆ったままわたしの言葉に返した。机に突っ伏した緑が混じるふわふわな白髪を撫でると、「うぁ~」というようなうめき声が聞こえた。いつも子供たちに見せようとしている、威厳あるかっこいい大人には程遠い姿に小さく笑ってしまう。


 「夏ごろに山場は超えたと思ったのだけれど、どうやら休ませてはくれないようね」

 「話には聞いていたよ。ただでさえ人が足りないというのに、よく乗り切ったものだよ。手伝えなかった俺が言うことでもないが」

 「ヘリアスが送ってくれた情報もすごく役に立ったよ。それに、領内に関することは、ほとんど父上と母上に頼んで代わりにやってもらっていたんだ。だから僕自身は王都の方との交渉に集中できた。……本当はダメだけど、バレなければ問題ないさ。ティリア含めた側近たちには別行動をしてもらっていたから大分きつかったけどね」

 「工作員の調査だったか。釣果のほうはどうだった」

 「大漁も大漁だよ。東の工作員が7組22人、北が3組13人。あと、怪しい動きをするルナンとシュレンツァの人間もいたらしい。まだ決定的な証拠が無いから、マークと監視だけ続けているよ」

 「東はもう2人増えたわ。さっきエレフリスから報告があったの」

 「じゃあ24人だ」

 「多いな……。動くとしたら、やっぱり花祭りか」

 「2人には申し訳ないけど、僕らは彼らの前にぶら下がる餌になる予定だよ。もちろん、見えないところから護衛はしてもらうけど」


 話しながらおもむろにヘンディアノが立ち上がり、メイドが用意していったキッチンワゴンからボトルとグラスを取り出して机に並べた。3つのワイングラスに注がれる液体は透明な白緑色だ。


 「飲んでないとやってられないよ」

 「それ、酒じゃないだろう」

 「気分だよ。酔うわけにはいかないからね」


 ヘンディアノがグッとグラスを一気に呷る。ヘリアスと顔を見合わせ、彼はヘンディアノと同じように、わたしは少し傾けて目の前のグラスの中身の少量を口に含む。アルコールは入っていないが、熟成されたワインに引けを取らない芳醇な香りと味わいが口いっぱいに広がり、すっと心地いい甘さと酸味を残して鼻から抜けていく。


 「ほう。今年の葡萄もいい出来みたいだな」

 「ここ数年は豊作なのよ」


 一息でグラスを飲み干したヘンディアノが再び机に突っ伏す。そして、そのままぼそぼそと独り言のように呟いた。


 「好きなことやらせてあげたいのにさあ、何でわざわざ面倒を起こすかなあ。別に国の政治とか興味無いって。なんなんだよほんとに……」

 「どうした、ジュースで酔ったのか」

 「あの子たちには、僕たちと同じ思いはさせたくないんだよ……」


 その言葉になごみかけた空気が再び固まる。当時のあまりにも理不尽に振り回された日々はもうごめんだ。しかし、もうなるべく関わらず、火の粉を払っているだけという訳にはいかないのだ。


 「ヘリアスも帰ってきたし、お父様とお母様もそろそろ帰ると連絡があったわ。1人で全てを解決しようとしなくてもいいのよ」


 ここまで彼が弱るのはそうそう無い。最後に見たのは、若くして領主を継いだころだっただろうか。これでは大きい子供だ。横で丸くなる背中をなだめるように撫でていると、2杯目のジュースをちまちまと飲んでいたヘリアスが追い打ちをかけてしまった。


 「ああそうだ。すっかり忘れていたんだが、手紙で錬金術を教えられるような人はいないかと聞いていただろう。ツテで1人、見つかったんだ。ただ、魔学にいるからフレージアが王都に行かなければならないが……。この冬か、遅くても次の冬までに決めてほしいと言われてしまったんだけれど、どうする? 」

 「王都、王都かあ……。でも他に錬金術師とかこの国にいないよな……。うわあー!フレージアー! 」

 「ちょっと、何で今言うのよ」

 「喜ぶかと思ったんだが……」


 どうやら悩みの種が尽きることはないようね。花の領地というからといって、こんなに増えなくてもいいのだけれど……。

 蝋燭の火が3つのグラスで乱反射し、広く暗い部屋を幻想的に明るく照らす。手元のグラスを軽く揺らすと、ふわりと甘く爽やかな香りと共にキラキラと光が水面のように揺れた。広い屋敷の一角、秋の香りと共に、誰も知らない水面の下で久方ぶりの再開を楽しむきょうだい(おさななじみ)の穏やかな時間が過ぎていった。



ご覧いただきありがとうございました!

今回はフレージアたちが知らない大人の時間にクローズアップ。

なにやら不穏な影もあるようですね。

そして、ついにもうすぐ花祭りが始まりますよ~!

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