技術への報酬と不審者
「本当に安全なんですね?」
「もちろん。わたくしのペンに誓ってもいいわ」
そう言って錬金術用のペンをティリアに向けて掲げる。ティリアは若干あきれたような表情をした後、しぶしぶといった様子で頷いた。
「はあ。確かに、安全性を証明できたらご自分でも試していいと言いましたからね。いいでしょう。使用を許可いたします」
「やったー!ありがとうティリア。さっそく今日のお風呂で使ってみるわ」
「ですが、なにか異変を感じたらすぐに使用を止めること。そしてすぐに、わたくしに報告してください。」
「はーい」
どれを使おうかな~。最近はお湯で洗うようになったとはいえ、髪も頭皮もベタベタだからヨモギ入りのやつにしようかな。
あれこれ考えを膨らませながら食事を終え、道具を揃えて浴室へ向かう。浴室といっても、シャワーも無ければ湯船も無い、ただの空き部屋だ。床が石材でできているので浴室に採用されたのだ。ここにお湯を入れた鍋のようなものを持ってきてもらっている。これは浸かる用ではなく、体を布で拭くためだけのお湯だ。
湯船にザブーンって浸かりたいな……。この思いはあまり理解されないみたいだけど。場所もお湯も大量に必要になるから、どうしても難しいよね。
「あら、フレージアもお風呂かしら?」
「お母様、お姉様。気が合いますね」
名ばかりの浴室へ向かう道すがら、同じくお風呂のお母様とお姉様にばったり会った。基本ティリアに手伝ってもらいながら1人で終わらせるが、時々お母様やお姉様と一緒になることがある。今日はその時々のようだ。
せっかくだし、シャンプーとリンスのお披露目会をしちゃおうかな。2人とも、結構興味を持ってくれてたみたいだし。
浴室に入り、石張りの冷たい床の上で服を脱ぐ。どうせすぐに温かくなるから、少しの辛抱だ。薄い肌着と下着だけになったら、用意してもらったお湯と布で拭うように体を拭いていく。全裸はさすがにダメらしい。
これはお風呂とは言いたくないけど……。この世界の常識もあるし、いきなり変えていくのも難しいだろうから、辛抱強くアハ体験的に浸透させていくしかないね。
「お父様とお兄様もやればいいのに」
「最近は水を頭から被っているらしいですけど……」
「冬になったらどうする気かしら」
普段であればもう終わるころだが、今日は違う。じゃじゃん!と出来立てのシャンプーとリンスの瓶を取り出し、適量を手のひらに出した。それを両手で軽く泡立てて、いよいよ髪に乗せる。長い髪を頭上にまとめ、そのままワシワシと頭皮を揉むように洗う。すると、あっという間に、ヨモギのせいで緑がかっていた泡が茶色く汚れていった。
きっったな!
「フレージア、もしかしてそれが……」
「そう。これこそわたくしがずっと欲しかったもの、シャンプーです‼」
おお~。と、お母様とお姉様、それから2人の手伝いで来ているメイドの2人がパチパチと拍手をする。4人とティリアに見守られながら、汚れた泡をシャワーモードの水魔法で流してしまう。
ちまちまお湯で流すのはさすがに面倒だからね。
泡を流し切ると、6年分の汚れが落ちた綺麗な髪が現れた。まだ少しべたつくし、多少は汚れが残っているだろうが、今日のところはこれでいいとする。
「すごい!フレージアの髪色が明るくなったわ」
「本当ね。さっきまでは暗いブラウンだったけれど、今の髪はまるで深い琥珀、いえアッセの紅茶のようだわ」
「ふっふふん。これだけでは終わりませんよ」
続いてアーリエリンスを手に取り、浸透させるように髪に揉み込む。全体に馴染ませ、シャンプーで若干パサついた髪を整えると、再び水魔法シャワーでリンスを流す。時間がかかったが、なんとか流し切ることができた。布で水気をふき取り、弱い風魔法で全身を乾かす。リンスの効果によってツヤを取り戻した長い髪は部屋の明かりに照らされてキラキラと輝いていた。
髪がちぎれるようなこともないし、ツヤもばっちり!バラの匂いもほのかに……微かに……ある、うんある。よし、最終テストも完了。ついにフレージアお手製シャンプー・リンスセット完成だよ!思えば長い道のりだった……。
「フレージア」
「え?お二人ともどうしたんです?目が座ってますよ」
2人とも、こっちににじり寄ってこないでくれません?怖いです。
「わたくしもフレージアみたいに綺麗になりたい!」
「まだ余ってないかしら?わたくしも使ってみたいのだけれど」
「今日は効果があるかどうかの実験なので、1人分しか持ってきてないんです!明日、明日なら用意ができますから、それで勘弁してください!」
しょうがないわね。と、なんとか諦めてくれたようだ。どうやら量産は急務かもしれない。その後は2人に髪をいじられながら入浴を終え、自室へ帰る。机に乗っている試作品と籠に入った薬草を見て、ふと1つの考えがよぎった。そして、いくつかの空き瓶を取り出し、錬金の準備をする。
ティリアに寝るように怒られる前に終わらせちゃわないとだね。
◇
次の日の朝、私はいつものように準備と朝食を終えた後、クラーヴとクリモフに会いに花壇へ向かった。2人とも、朝早いにも関わらず庭や花の手入れをしているようだ。秋の少し乾燥するひんやりとした空気を吸い込み、2人へ声をかける。
「クラーヴー!それにクリモフも!」
「あ、おはよう!……ございます?フレージアお嬢様」
「ふふっ、おはようクラーヴ」
「お早いですね。どうかされましたかお嬢様」
庭の方にいたクリモフにも来てもらい、じゃじゃーん!と、後ろ手に持っていた2つの箱を取り出し、それぞれ1つずつ2人に手渡した。
「これはなんだです?」
「敬語が大変な事になってるわよクラーヴ。……これは2人へのお礼。ついに洗髪料が完成したの。2人にはとてもお世話になったから、何かお返しをしたくて。いろんなものを考えたけど、2人は現物のほうがいいだろうってティリアが言ってたから、これを贈らせてもらうわ」
箱の中には、昨日の夜に作ったシャンプーとリンスのセットが5つ入っている。好みが分からなかったので、香りが少ないものを選んだ。
お父様たちが、技術には相応の報酬をって言ってたけど、私にはできないことをやって手伝ってくれた2人にも必要だと思ったんだ。喜んでもらえるといいけど……。
「……いいのか?オレがこんなすごそうなの貰って」
「もちろん。これを作れたのもクラーヴのアドバイスおかげだもの。相応……むしろ足りないくらいだわ」
少し困ったような、驚いているような微妙な表情をしていたクラーヴが、安心したようにほっと息を1つついた。そして、両手で持っていた箱をぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。めっちゃ嬉しいよ」
「よかった。わたくしも喜んでもらえて安心したわ」
「大事にする……」
「いや、せっかくだから使ってくれる?あまり日持ちもしないから」
おっといけない、お嬢様らしくな言葉が。ついツッコミのノリで。
「私も頂けるとは。ありがとうございます、お嬢様。確かに、ティリアの言う通りかもしれません。お嬢様がずっと頑張っていたのを見ていましたから、金銭などを頂くよりもずっと嬉しいです」
「これを作り始めることができたのもクリモフのおかげよ。それにクラーヴのことも……。感謝してもしきれないわ」
「私はブロムキントの家に仕える者ですから。これからもお嬢様が頼れる人間の1人でいられれば幸いです」
クリモフと目が合い、互いにふっと微笑む。思えば、クリモフも初対面のときからずいぶん印象が変わった。あの頃はいい人だけど変人な印象だったけれど、優しいだけじゃなくて観察眼もあるし、気遣いもすごくしてくれる頼りになる大人だ。
無事に喜んでくれたので、クリモフとぺしょぺしょになっているクラーヴに使い方と注意事項を説明する。
「泡が目に入らないように気をつけてね。入っちゃったらすぐ水で洗い流すこと」
「食べても大丈夫かです?」
「やめておいた方がいいと思うわ」
確認が終わったら、部屋へ戻る前に今日の分の薬草を収穫してもらった。クラーヴに用意してもらいながら、冬の間の薬草はどうするかと相談も行う。クリモフは仕事に戻ったようだ。
「アーリエは冬でも育つことはできるらしいけど、やっぱスピードは遅くなるって。他の薬草は枯れるかも」
「作り置きをしておくか、温度を管理できるような物を作れたらいいのだけれど」
「そうだなぁ。でも保管はできないんだろ」
「おい、そこのお前たち」
「え?」
私とクラーヴの後ろ、森へつながる藪の方から知らない男性の声がした。バッと振り向くと、木の影からふらりと背の高い人影が現れるところだった。全身が薄汚れていて、頭はボサボサ、身体を覆っているマントもボロボロ。さらに浮浪者のようなすごい臭いがする。
「い、」
「いやー、人がいてよかったよ」
さらに、男がこちらへ手を伸ばし、私たちへ近づいてこようとしてきた。
「いやーー‼」
「うわーー‼」
秋の高い空に、私とクラーヴの本気の悲鳴が響いた。
ご覧いただきありがとうございました!
最後の人はいったい誰だ!!




