フレージアの葛藤とクラーヴの答え
最近の私の午後は、もっぱら錬金術か魔法の練習を行っている。しかし、今日は筆を置き、1人庭へ行くことにした。クラーヴに話したいことがあったのだ。先ほどのお父様たちの話、自分がいかに浅慮でクラーヴのことを知らなかったか、現状だと執事に推薦するのは難しいだろうということ。謝りたいことは山のようにある。
しかし、いつもならすぐに気づいて声を上げてくれるクラーヴの姿がどこにも見当たらない。どこかへ外しているのかと、花壇の縁に腰かけて待っていたが、いつまで待ってもあの好奇心に満ちたグレーの瞳の彼は現れなかった。
黄色いバラ……。もうバラの時期なんだね。こんなところに植えられていたなんて、知らなかったよ。
花壇の隅、ちょうど私が座った場所のすぐ近くに1mほどの高さの黄色いバラが植えられていた。5つほどの花がまだ蕾のままだったが、少しせっかちな1輪が美しいバラの渦を咲かせている。茎に並ぶ棘に触れないように優しく触れると、指先に花弁のみずみずしさを感じられる。顔を近づけると微かにバラの華やかな香りがした。
「お嬢様。どうかされましたか」
驚いて振り向くと、庭のバラ園の方から来たクリモフがいた。庭園の手入れをしていたのだろう。手には大小様々なハサミや、たくさんの雑草を入れた袋を持っている。
「クラーヴに話しがあるのだけれど、どこに行ったか知っているかしら」
「ああ。彼ならお嬢様がお帰りになってすぐくらいに帰りましたよ。彼の父親が探していたようで、伸びた蔓草のように引きずられていきました」
「そう……」
タイミングが悪かったみたい。けど、家族の事情も絡んでるっぽいし、しょうがないね。明日は会えるといいんだけど。
すると、唐突にクリモフが持っていた道具を簡単にまとめて地面に置き、「失礼します」と1つ断って私の隣に腰かけた。
「なにかございましたか、フレージアお嬢様」
「え?」
「いつものお嬢様はまるで大輪の花のようですが、今は少々しおれてしまっているようです。綺麗に咲いていた花の元気が急に無くなるのには必ず理由がございます。もしよろしければ、お話いただけませんか?……誰かに話してみることでいい解決策が見つかることがあると、お嬢様もおっしゃっていたでしょう」
クリモフが俯く私の顔を軽く覗き込みながら言う。クラーヴの雇用に関しては、たとえ問題ないと言ってくれていても、クリモフにも大きな迷惑をかけていると言えるだろう。
今までの協力を無下にするようで申し訳ないけど……ちゃんと伝えて、謝らないとだよね。
「もしかして、クラーヴを執事として屋敷に迎え入れるのは難しいという件ですか?」
「なんで分かったの!?」
少し間を空けてしまった私から躊躇を読み取ったのだろう。先回りするように、クリモフが確信を突いてきた。
「ただの予想です。私も旦那様と同じように、今の状態では執事になるのは少々難しいと考えていましたから。タイミング的にも、そのことかと」
「そう……。わたくしの我儘で迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。クラーヴにも、期待だけさせて約束を守れなかった」
「私のことはどうかお気になさらず。しっかり手伝ってくれましたし、迷惑だなんて思っていませんよ。それに、自分の望みを叶えるのがどれほど難しいことか、彼自身もちゃんと理解しております。そう気を落とされることはありません」
そう言ってくれても、簡単に切り替えることはできない。変わらずにいじいじしている私を見て、クリモフが再び話を始めた。普段の彼にしては珍しく、非常に口数が多い。
「お嬢様は花の女神についてご存じですか」
「ええ。ついさっき教えてもらったわ。この領地で信仰されている神様だと」
質問の意図が分からない。何か神話に関係することでもあったのだろうか。
「花の女神ブローマを象徴する花として、セージローマという花があります。その花は大きな7枚の花弁でできていて、甘い香りと華やかな見た目なんですよ。そしてその花の特徴から、ブラフヘルメルでは7歳になるまでは子供の中でも未完全であるとされています。体が強くなく、情緒が不安定なこともあると」
そこで一度区切り、私の方へ体を向ける。
「初めてお会いしたときから感じておりましたが……フレージアお嬢様は大人びていらっしゃいます。どちらかというと、生き急いでいるといいますか。お嬢様のお立場だと、気を張らなければならないのかもしれませんが、本来6歳の少女が背負うべきものではないのです。昔のご兄姉のように、もっと気楽に、自由に過ごしてもいいと思いますよ」
フレージアとして産まれる前の18年の記憶、そして領主の娘という立場が、知らず知らずの内に6歳の幼いフレージアを殺してしまっていたのかもしれない。
中身がどんなに変わったとしても、体と心を支える脳の仕組みは6歳の女の子のまま。私は全然大丈夫だと思っていたけど、気づかないうちに『フレージア』は限界を迎えていたんだね。
「わか……ったわ。なるべく、やってみる」
「急に言われても今までの習慣を簡単に変えることはできないでしょう。少しずつ、やってみましょうか。もちろん、無理にとは言いませんが」
「でも、その、どうやって自由になればいいのかしら。お兄様たちのようにといっても、2人が幼いころの記憶はあまり無いの」
「そうですね……。まずは、何人か友人を作ってみてはいかがでしょう。アスター様やリリアナお嬢様にも昔なじみの友人がいらっしゃったはずです。この屋敷は年上ばかりですから、年が近い友人がいるだけでも変わってくるはずです」
友達、友達か。もともとフレージアは外に出る子じゃなかったみたいだし、前世の記憶を思い出してからも子供にはあまり会わなかったし……。あ、いるじゃん。
「クラーヴはわたくしの友達といえるかしら。彼以外だと誰も思いつかなくて……」
「いいのではないですか。彼もお嬢様のことを仲がいいと思っているようですし。ただ、本人が執事になりたいと言っている以上、口調や敬称はしっかりしてもらわなければいけませんね」
「そうよね。あまり慣れていないようだけれど、気を付けてもらわないと」
その後、軽く雑談をして部屋に帰された。仕事の邪魔をしていないか心配だったが、気にしないで欲しいと笑ってくれた。とても助かるし、ありがたい。それに、ここに来たときとは違い、心なしか気持ちが軽くなった気がする。
部屋に戻った後はいつも通りに実験を少ししたり、字の勉強をしたり、夕飯の準備を始める厨房へ行って過ごした。そして、その日はいつもより早い時間にベッドに入った。今日はなんだかいつもよりも疲れたような気がしたのだ。目を閉じてクリモフの言葉を思い返す。
この世界に馴染もうとして、慣れない環境と慣れない言葉遣いで年齢に対して違和感が出ていたのかもね。もっと自然にふるまえるようにしないと。……できる気がしないけど。
◇
ぜんっぜん眠れなかった。クラーヴにあの事を伝えなくちゃって考えたら、期待を裏切ってしまうことの罪悪感とかが気になってどうしても……。うぅ、眠いよ。
ティリアに髪を整えてもらい、朝食を食べたら真っ先に花壇へ向かった。まだ朝も早い時間だというのに、クリムトが庭で作業をしているのが見える。そして、花壇にはいつものように花や薬草の手入れをしているクラーヴがいた。今日はちゃんと会えることに安堵しながらも、いよいよ伝えなければと思うと動悸が激しくなってしまう。
「クラーヴ」
「あれ?もう薬草が無くなったのか。今日はどれくらい必要なんだ?」
「え!どうしたのその顔!」
顔を上げてこちらに笑いかけたクラーヴは、右頬が痛々しいほどに赤くなり、腫れてしまっていた。
「あぁ~ちょっといろいろあって……。もう平気だから、あまり気にしないでくれ」
「そんなこといっても」
「あ、そういえば昨日は急に帰っていったけど、何かあったのか?」
あまり触れられたくないのだろう。少々雑に話題を変えた。本人が嫌がるなら深入りするまい。
「昨日、クラーヴが教えてくれたことをもとに、錬金陣を作り変えてみたの。そうしたら、想像通りに上手くいってね」
「そうなのか!よかったー。やりたいことができたみたいで」
2人の間に一瞬の静寂が訪れる。話を切り出すなら今しかないと、震える声をなるべくいつものようになるように注意して押し出す。
「あ、あの……」
「昨日さ、」
意を決して細い声を出した瞬間、クラーヴの声が被さった。私の声が聞こえていなかったのか、クラーヴはそのまま話を続ける。
「めっっちゃ親父に叱られたんだ。黙ってここに来てたことがバレて。お前は領主の屋敷の執事にはなるなって。ムカついて言い返したらぶっ飛ばされちゃったんだ」
親父に利き手を使わせちゃったよ。と、少し悲しそうにクラーヴが言う。親に話していなかったのかとか、なんで執事になってはいけないのか、とか。聞きたいことはあったが、口をはさむことができなかった。クラーヴはいつものように花壇の縁に腰かけ、私も座るように促す。
「めっちゃムカついてさ。せっかくクリモフさんにいろんなこと教えてもらって、お前にチャンスも貰えたのに、なんでそれを無駄にするんだーって。オレみたいなのが本当に屋敷で務められるようになることの難しさとか、大変さは分かっているつもり。けど、」
遠くに浮かぶ秋の雲へ手を伸ばし、グッと伸ばした手を握り込む。そして、楽しくてたまらないというように、ニヤッと笑った。
「諦めたくないって思ったんだよ。ほら、死ぬ直前に、やっぱやっておけばよかったーって、思いたくないだろ」
「……そう、だね」
言えない。クラーヴだけの問題じゃないから、余計に伝えることができない。
どうにか、別の形でも叶えることができたら……。
「そうそう!昨日怒られて家を飛び出した後、夕方にまたここに来たんだ。仕事の途中だったからさ。まあ、ほとんどクリムトさんがやってくれていたけど。そしたら、お前のお兄さんに会ったんだよ。んで、さっきの話をしたら、頑張ればオレにも可能性があるってさ。オレめっちゃ嬉しくなっちゃって……」
「お兄様が?!」
「お、おお。確かアスターって名乗ってた。金の髪で青い目の。」
お兄様もあの話を聞いていた。でも、あのお兄様は不可能に近しい事の可能性をちらつかせたるような、意地悪なことはしないはず。この自我になって半年しか経っていないけど、これは確信できる。
「そうだ、こう呼ばないとだよな。フレージアオジョウサマ。む、言いにくいな」
「それは……どこで?」
「親父が、また会うようなことがあるならこう呼べって。あと、アスター様?はこの屋敷の偉い人なんだろ。その妹ならお前……フレージアオジョウサマも偉いってことじゃん。オレ、屋敷のメイド見習いだと思ってたよ」
驚きで色々と脳の処理が追い付いていない。クラーヴにも聞きたいことがあるが、とりあえずお兄様のところに行きたい。いろいろと確認したいことがある。
「わたくしは、何と呼んでくれてもかまわないのだけれど。お友達だと思ってたし……」
「え?」
のんびりしていられない。クラーヴへの返事もそこそこに、私は再び屋敷へ向かって駆けだそうと縁から飛び降りた。
「ちょっとお兄様のところに行ってくるわ。クラーヴ!今度もっと、クラーヴのことも教えてちょうだい!」
「え、おい、ちょっと!フレージア?!」
走り出したフレージアはあっという間に離れていき、豪華な屋敷の中へ飛び込んでいく。昨日も見た光景だ。
「あいつ、足速すぎだろ……」
ご覧いただきありがとうございました!
今回の話は、フレージアが前世の記憶を思い出してからの周囲が違和感を持たない理由についても一緒に書いてみました。
この領地の人にとっては、7歳になってもいないような子供は不完全であり、急にキャラチェンすることもままあるだろう。という認識なんですね。
クリモフはフレージアの限界に気が付いたようですが。かっこいいぞクリモフ!
ここで、フレージアの記憶と体のバランスのようなものを説明させていただければと思います。
6歳の春まで過ごした幼フレージアの記憶の前に、18年分の記憶と前世の自分の意識がよみがえったことで、それまでのフレージアの人格はほぼ消えてしまったと言っても過言ではない状態です。
しかし、本文にも書いた通り、脳や心の強度は6歳のままです。
18歳の思考と感情に対して負荷がかかっていたんですね。それは大変ですよ。
今後ともフレージアの成長を温かく見守ってくださるとうれしいです。
さあ、次の話ではフレージアがアスターのもとに乗り込むようです。
アスターの真意とは!こうご期待!
いつもリアクションやブックマークをありがとうございます!
眺めながらニヤニヤして、モチベーションを上げさせてもらっています。




