花の神話と雇用の交渉
今日の昼も、いつも通り家族揃っての食事だ。秋の終わりごろに大きなお祭りが街で行われるらしく、最近の話題はもっぱらそれに関する話が飛び交う。ブロムキント家が運営するわけではないが、祭りでは重要な役割を任されているらしい。
毎年恒例のお祭りらしいんだけど、私は全然記憶がないんだよね。当時の私が興味無かったのかな。
「今年は花の子がいないから、普段よりも祭事の規模は小さめだね。ロザリナも元気になったことだし、みんなで街をまわってみようか」
「お父様、花の子ってなんでしょうか」
このお祭りは花祭りと言うらしいから、関係が深いものではあるんだろうけど、全く知らない。この世界の固有の言葉らしく、前世でも聞いたことが無いので意味や由来の検討もいまいちつかない。
「フレージアも見たことがあるはずだぞ。ほら、去年は祖母様が花の子だったし、リリアナのときも見に来ていただろう」
「それが、全く覚えがないのです。確かに、賑やかな場所にいた記憶はうっすらとあるのですが……」
「確かフレージアはぐずった後に、ティリアに抱っこされて寝ていたはずよ。覚えていない理由はおそらくこれね」
「うっ、ごめんなさいお姉様」
「仕方がないわ。お母様と離れてよく知らない場所に行くのだもの。とても怖かったでしょうから、無理ないわ」
お姉様……!不義理な妹でごめんなさい。
「そういえば、フレージアは式典とかにも連れて行ったことが無かったね。だったら、神話にまつわる話からした方がいいかな」
「花の子は神話にまつわることなんですね」
お父様が神話とうちの家に関する話をしてくれた。話の途中でお母様がところどころ補足してくれる。
はるか昔、この領地は雪が降りしきる過酷な地だったらしい。今のように花が育ち、動物たちが暮らすのには厳しすぎる場所だった。それでも故郷を愛し、強かに生きる人々に胸を打たれ、花の女神は人々に祝福を与えることにした。
女神の祝福を受け、大地は雪を溶かし、草木は成長する力を得て生き物たちに恵みをもたらした。
花の女神はこの地で一生を過ごすことを決め、一緒に来てくれた仲のいい空の女神と共にブラフヘルメルと名付けられたこの場所と、そこに住まう人々を見守っていくと決めた。
その人々の1人だったブロムキント家の祖先は、花の女神直々に魔法という形で加護を賜り、以来この土地を率いる存在になったらしい。
「その魔法というのが、前に見せてもらった特殊魔法ですね」
「ああ。くくりとしては特殊魔法としているが、信神深い人々は花の女神からの祝福ととらえる人もいるよ。そして、秋の収穫が終わった後に、今年の豊穣に感謝して花の女神を祀るお祭りを開催するようになったんだ。これが花祭りだよ」
その花祭りの中で、ブロムキント家の者が花の女神の眷属という形で舞いの奉納を行うらしい。その後、今年1年ブラフヘルメルのために働いた領民たちを労いとして、特殊魔法の花を人々に贈るのだそうだ。「ド派手に撒くんだよ」とお兄様は言う。そして、その役割を果たす人をその年の花の子というのだそうだ。
「なるほど。花の子とお祭りについては分かりましたけど、今年は花の子がいないというのはどういうことですか?」
「花の子は、秋の時点で7の倍数の年の人が担うんだ。今年はちょうど当てはまる人がいなくてね。だから、来年はフレージアが花の子だよ」
「せ、責任重大ではありませんか!まだ特殊魔法は教わっていないのに」
まって、お父様が前にちらっとそんなことを言ってた気がする。まずいまずい。錬金術ばかりじゃなくて、ちゃんと魔法の練習もしておかないと……。あ、錬金術といえば。
「あの、お話が変わって申し訳ないんですが、報告したいことがあります」
「いいよ。どうしたんだい?」
「前からずっと実験を続けていた洗髪剤ですが、ようやく形にできました」
「まあ!傷んだ髪が元に戻ると言っていたものね!もう実際に使えるのかしら?」
想像以上にお母様の食いつきが強かった。そんなに傷んでいるようには見えないが、美容に関することには目がないのかもしれない。
「まだ改良が必要なので、今すぐには使えません。効果や安全性を確かめないといけないんです。それでお父様、作った洗髪剤の効果を確認するための、いい感じの毛はありませんか?自分の髪で実験できたら楽なんですが……」
チラッと壁際に控えているティリアを見ると、お父様は分かってくれたらしい。なるほど、といった様子でうなずいた。
「分かった。動物の毛だね。植物繊維でよければすぐにでも用意できるだろうけど、動物か……。今の時期は冬に備えた狩りが増えているだろうから、手ごろなものがないか森狩りに聞いてみるよ」
「ありがとうございます」
お母様とお姉様はシャンプーの話で盛り上がっているようだ。今まで体を洗うことと、入浴用の石鹸について熱く語ってきたのが功を奏しているようだ。
「お父様、お母様、折り入ってもう1つお願いがあります」
「フレージアがこんなに改まるのも珍しいわね。何かしら?」
空になったお皿はとっくに下げられており、食後のお茶が並べられている机に両肘をついて口元で手を組む形でお母様が返した。
「ある少年を、この家かわたくしの執事にしてもいいでしょうか」
「執事?……また急だね。理由を聞いてもいいかい?」
お父様の顔が驚いたような表情で固まった後、取り繕うようにすぐ、いつもの優しい笑顔に戻った。さっきまで2人で談笑していたお兄様とお姉様も黙ってこちらを見ている。2人だけではない。この部屋にいるメイドたちも静かにこちらの会話の内容をうかがっているようだ。
え?私なにかまずいこと言っちゃったかな。
「少し前に庭で知り合って、洗髪剤を作る時にとても助けてくれたんです。正直、彼がいなかったら成功できなかったと思います。なので、わたくしも彼にお返しをしたいんです。彼の能力の高さはわたくしが保障いたします。向上心もあるようですし……。その……だめでしょうか」
再び部屋に沈黙が訪れる。ここまで反応が無いと、さすがに不安になってしまう。耐えられずに何か話そうと思ったとき、ようやくお父様が口を開いた。
「確かに、フレージアのメイドがティリアだけだし、そのティリアも最近私の手伝いでフレージアから離れることが増えてきたことを考えると、メイドか執事の補充は必要だろうね。ただ、その少年の身元と目的がはっきりしない限りは許可を出せない」
しかし、告げられたのは無情なものだった。
「も、目的はこの家の執事として働くことで……。お祭りで憧れたって言ってて……」
「それは彼自身の目的だろう。一番の問題は、周囲の人間の思惑だよ。彼が本当にそう望んでいたとしても、周りの大人にその思いを悪用されて、我が家に入り込むきっかけにしようとしている可能性だってある。本人も気づかないうちにね。その結果、その少年が傷ついてしまうかもしれないんだ。それはフレージアが望んでいることではないだろう。」
「そう、ですが……」
「それと、フレージアはその彼のことをどのくらい知っているのかい?どこに住んでいるの?両親の仕事は?親戚や繋がりのある人に他領や外国の者はいないのかい」
何も、返せない。いつも私ばかり話してたせいだ。私クラーヴのこと全く知らない。クリモフも信用が大切だって言ってたのに。調査書に必要なことくらいは知っておかないといけなかった。
「ヘンディアノが言っていたこともあるのだけれど、今少年を見習い執事として雇用したとしても、その子を教育できる余裕のある者がいないの。執事とメイドは主を支える存在でありながら、家の象徴にも成り得るの。領地持ちの貴族として、高いレベルの礼儀作法が必要だわ。だから本音としては、ある程度訓練されて作法が身についている大人を選びたいと思ってしまうのよ」
今のクラーヴだと、執事はおろかお父様たちと面会するのすら難しいとクリモフとティリアも言っていたことを思い出した。信頼を築く以前の大きな壁になるだろう、とも。
この屋敷にいるみんなが優しくて、温かくて忘れてた。ここは、あの日本があった世界じゃない。身分制度がある、人の立場が明確に分けられた世界なんだ。私の、のほほんとした感覚や、楽観的な以前の常識は通用しないんだ。
「珍しくフレージアが他の人に興味を持ってくれたんだ。一度その子の近辺を調べてみてもいいとは思っているよ。雇う、雇わないにしても、まずは彼のことをよく知ってからだね」
「分かりました……」
お父様の声音は、いじける子供をなだめるそれだ。おそらく、クラーヴが本当に執事として雇ってもらえる可能性は、現状かなり低いだろう。それもクラーヴだけの問題ではないという。
ごめん、クラーヴ。私、約束を守れないかも。
悔しさに両親と目を合わせることができず、俯いて秋色のワンピースの裾をぎゅっと握りしめる。生地に刺繍された花の模様が、手に合わせて形を歪ませる。皺ができたら、あとでティリアに怒られてしまうかもしれない。
重くなった空気を払うように、お父様がパンパンと軽く手を叩いた。
「さあ、そろそろ食事も終わりにしようか。フレージア、動物の毛だったね。早かったら明後日にでも用意できると思うよ。アスターは私と花祭りの準備、リリアナはロザリナを手伝ってくれ」
「分かりました。お母様、わたくしは何をすればよろしいですか」
「そうねえ。一度わたくしの部屋に来てくれるかしら」
メイドたちを含めた周りの皆が動き出したので、私ものろのろと椅子から降りる。うつむき気味に歩く私には、こちらをじっと見つめるお兄様の目に気が付かなかった。
ご覧いただきありがとうございました!
今まで苦戦しながらも順風満帆に行っていたフレージアですが、ここで大きな壁と、この世界の認識の甘さを突き付けられました。
最後のお兄様の視線はなんなのー!




