視線の主と青天の霹靂
シャンプー作りを始めてから2週間ほど。私はまだ上手くいく錬金陣を作ることができず、大量の失敗作を積み上げているだけだった。しかも、薬草は数日も経てば傷んでしまう。定期的に新しいものを貰うために花壇へ通ううちに、庭師のクリモフともすっかり仲良くなった。薬草の採り方も教えてもらい、最近は自力で採集もしている。
それにしても……。
「今日もいるわね」
「今日もいますね」
初めてクリモフに会ったときに感じた視線の主、私と同い年くらいの少年が草陰からこちらをじっと覗いているのだ。しかも、私がいつ来てもいる。暗いグレーの大きなキラキラと輝く瞳に見つめ続けられるのは、どうも居心地が悪い。
最初に見つけたときは本当に驚いたよ。軽いホラーすぎるって。
「私が声をかけてきましょうか。今はティリアもおりませんし」
「いいえ、多分用があるのはわたくしでしょう。わたくしが行きます。……念のために付いてきてもらってもいいかしら?」
クリモフと一緒に隠れる少年に近づく。自分がとっくの昔に見つかっているとは思っていないのか、逃げも隠れもせずにこちらへ視線を向け続けている。
「あの、そこのあなた。ずっとこちらを見ているようだけど、何か用かしら?」
「え、えっ?オレ?!」
「あなた以外に誰がいるというの」
ようやく自分が詰められていると気づいたのだろう。慌てて立ち上がって逃げ出そうとする。が、クリモフが先回りして肩を捕まえた。離せ!と暴れているが、力仕事が多い庭師の力には敵わないようだ。すぐに諦めておとなしくなった。
「あまり不審な行動を続けるようだったら、子供とはいえど警備の者に引き渡さなくちゃいけないわ。嫌でしょう?」
自分が捕まると思ったのだろう。分かりやすく顔色が悪くなり、がっくりと肩を落とした。
軽く脅すだけのつもりだったんだけど、結構怯えさせちゃったみたい。
「……ごめん。お前が屋敷から出てきたから、屋敷の人間だと思って……」
「君、」
「大丈夫よ。まだ子供だもの。これ以上萎縮させてはいけないわ」
話し方を注意をしようとしたクリモフを制止し、再び少年と目を合わせる。黒っぽい深い緑の髪の少年はシャワーを前にした子犬のようにプルプルと震えている。色味が日本人のそれに似ているせいか、妙に安心感がある。
「あなた、お名前と年齢は?何の目的でここにいたの?」
「名前は、クラーヴ。この前6つになったばかりだ。そんな悪いことだとは思っていなかったんだ。だから、だから親父には絶対言わないでくれ!」
「それは理由によるわ。もう一度聞くけれど、何でここにいたのかしら」
うなだれたクラーヴが観念したようにぽつぽつと話し出した。もう逃げ出すことはないだろうと判断され、クリモフが拘束を解く。子供らしく話があちこちに飛んでしまってはいたが、要約するとこうだ。
クラーヴはここの近所に住んでいる領民。そして、数年前に参加した花祭りにいたく感動して、領主の屋敷の執事として働きたいと思ったらしい。私が屋敷の人間だから、観察して近くに居たらそのうち働くための糸口が見つかると思っていたとのことだ。
「でも、こんなやつなんか雇ってくれないよな。悪かった。もう迷惑はかけないようにする」
「まって!」
べそべそ言いながら立ち去ろうとするクラーヴの腕を掴み、思わず引き留めてしまった。
何だろう。弟力?なんだか守らなきゃって思っちゃうんだよね。それに、夢を持つことは悪いことじゃないし。
「叶えたい夢のために行動を起こしただけでも、クラーヴは大勢の人よりも優れていると思うわ。わたくしには雇用する権利はないけれど、進言することはできるかもしれない」
「よろしいのですか?」
「驚いただけで、特に実害はなかったもの。それに、私の手が届くなら、なるべく助けてあげたいと思っているわ。クリモフ、何かいい方法を知らないかしら?」
クリモフにお父様たちへのようなかわいいおねだりは効かない。ここは真摯にお願いするが吉だ。
「……最終的な雇用は旦那様が家の名でなさいますが、そこまでが大変ですね。特に、誰からの紹介も無い子供であればなおのことです。畑の養分を作り出す虫たちのように、何か自分の価値を示すことができるといいのですが」
「そう……」
クリモフの言うことを理解できるのだろう。クラーヴが悔しそうに拳を握りしめた。
この世界の教育や思考力・知識の基準は分からないけど、6歳の少年が今の話をちゃんと理解できているのって、結構すごいことなんじゃない?
私と同じことを思ったのだろう。クリモフがほう、と感心したように声を漏らした。
「クリモフ、彼に少しの間花壇の世話を手伝わせてもいいかしら」
「もちろんです。最近拡張も致しましたので、人手は多いほうがありがたいですからね」
クラーヴが俯いていた顔をバッと上げた。目にたまっていた涙が空気中に散る。見開かれた瞳には希望と不安が渦巻いているようだ。
「クラーヴ、あなたが本気でこの屋敷の執事になりたいなら、しばらくはここでクリモフ……彼に習って花壇の手伝いをしてちょうだい。わたくしのメイドにも話を聞いてもらうから、それまでには何かしら価値を証明するの。もし、誰の目から見ても優秀だと判断されたら、その時はわたくしが責任をもってあなたを領主に推薦します。もちろん、ご両親の許可は必要だけれど」
「ほん……とに?」
「ええ、もちろん。わたくしのペンに誓ってもいいです」
「そこは花の女神じゃないのかよ」
クスクスと年相応な表情で笑い、すぐに真剣な表情で私に向き合った。瞳にはさっきのような不安の影は無く、強い覚悟に満ちている。
「分かった。絶対に、証明してみせる」
「ええ。楽しみにしているわ」
◇
「こんにちは。薬草の様子はどうかしら」
「おう!いい感じだぞ。ただ、寒さに弱い薬草もあるから、そろそろ伸びなくなると思う」
錬金術に失敗し続けてさらに数週間。ブラフヘルメルはすっかり秋一色になった。朝日に照らされた遠くの山が赤く染まり、庭には秋の花が見事に咲いているが、のんびり鑑賞する余裕はない。
ごめんクリモフ!でも薬草のタイムリミットは迫ってるんだよー。うーん、ビニールハウスか温室を作る必要が出てきたかな。
「今日も一昨日と同じものを採ってくれるかしら。成長に影響を与えない程度でいいわ」
「まかせとけ!」
花壇の手伝いをするように言ったあの日から、クラーヴはめきめきと成長している。それに、最初は怯えていたが最近は笑顔を多く見せるようになった。「飲み込みが早いですし、要領もいい。手先が器用なので植物の相手にはもってこいですね。ぜひともこのまま庭師になってほしいのですが……」と、これはクリモフ談だ。
本人は執事希望だからね。ちょっと難しいかも。
「ほら、これでどうだ。前回は大きくなったアーリエを入れたけど、今回はまだ若い葉も入れてみた。タイショウジッケン?ってのが必要なんだろ」
「ありがとう。そうね、もっと色んなことを比較してみる必要があるかも。一番問題なのは錬金陣なんだけどね」
「フレージアはレンキンジュツってのをやってるんだよな。そのレンキンジンってなんだ?関係ありそうな名前だけど」
薬草を用意してもらった後に、花壇の縁に2人で並んで雑談をするのがルーティーンになっている。最近の出来事を中心に、錬金術の進捗の話もしたりするのだ。「オレが役に立てるとは思えないけど、話すことでいいアイデアが浮かぶこともあるだろ。親父も言ってたよ」と言ってくれたので、ラバーダックよろしく話を聞いてもらっている。
クリモフは少し離れたところから見守ってくれている。ティリアが最近忙しくてついて来れていないから、何かあったらすぐに駆け付けられるようにしてくれているようだ。
「錬金陣は錬金術に絶対必要なもので、どんな風に錬金術をするか、とかを示すものなの。今作ってるシャンプーは液体でペンを使って陣を描けないから、薬草と水の入れ物を陣の上に置いて、入れ物の中身に錬金術を使えるようにしたいんだけど……うまくいかなくてー。勝手に料理を作ってくれる道具のイメージなんだけど」
「ふーん。ん?それって、もしかしてシャンプーに入れたい効果でこう、火を入れる感じでやってるって感じか?」
「うん。たぶんそんな感じ」
クラーヴには陣を見せたことも、詳しく説明したことはなかったはずなんだけど、よく分かったね。錬金術の才能あるんじゃない?
驚く私をよそに、クラーヴが腕を組んで上を向いて何やら考え込む。その姿はクリモフそっくりだ。仲良くやれているようで何よりである。
「フレージアって料理やったことないのか?」
「失礼な。そんなことは、ない……ないよ」
前世ではやったことあるよ。
「オレはあまり錬金術を知らないし、上手く言えないけどさ、作りたい料理の調味料は鍋に入れないとだろ。今のフレージアは調味料を火にくべて、鍋に味をつけようとしてる感じじゃないか?」
「そ、」
「え?」
「それだあー‼」
「ええ?!」
ご覧頂き、ありがとうございました!
今回から前書きはスキップさせていただきます。
怒涛の新しい人間関係の波が来てます。
次はどんな人でしょうか。
そして何やらフレージアが気づいた様子。




