お母様のお風呂と療養大作戦
前世の記憶を取り戻したらしいフレージア。
体調が芳しくないお母様のために奮闘する様子。
登場人物の紹介は次の話で分かりますよ!
「フ、フレージア?急にどうしたんだい?」
さっきまで泣いていた子供がいきなりあんなことを叫んだら驚くよね。ごめんね。けど、この匂いがあまりにもひどすぎたんだよ。
私の記憶では、この女性——お母様はかなりの長期間、病気だったはずだ。
「お母様!何日前からお風呂に入っていないのですか?!」
「オフロ?フレージアは難しい言葉も覚えたのね。すごいわ」
「えーっと、お湯で体や髪を洗ったりしましたか?」
「ああ、水浴びのことかしら。体調が悪くなってからはできていないわねえ。悪化しないようにお医者様に止められているのよ」
だめだー!お風呂文化がない!そうだよね。お風呂入らない文化もあるよね。しょうがなくはないけどね!
ついさっきまで泣いていたフレージアのあまりの豹変ぶりに周囲はついていけていないようだ。上質そうなシーツに鼻を近づけてみると、汗と皮脂が酸化したような、鼻を刺す酸っぱい匂いがする。
「えっと、ティリア。このシーツを最後に洗ったのはいつかしら?」
「え?ええっと、洗うことはありませんよお嬢様。破れたりしたら買い換えますからね」
「洗濯もしないの?!」
私を追いかけて部屋に入ってきた女性の言葉に、私は気が遠くなってきた。病人ほど体を清めて清潔な寝具を使うべきじゃないの?さっき思い出した前世では、ほとんどの人が毎日お風呂に入っていたというのに……。
これがカルチャーショック……。私、つい思い出した前世の記憶のせいで、この世界で生きていけないかも。
「フレージア?さっきからどうしたの」
「寂しい思いをさせてしまっているのは申し訳ないが、それでは麗しいレディには程遠いぞ。ロザリナのようになりたいのだろう」
「お母様、お父様……」
このまま放っておけばお母様の体調がさらに悪くなるのは目に見えている。私のこの世界での両親であり、奇行を始めた娘にも優しくしてくれる、こんないい人たちのことを悲しませるわけにはいかない。
「お父様、お母様。わたくし、お願いがございます!」
その後私の力説と渾身の土下座により、お母様のシーツの交換と湯浴みが行われた。といっても、体力が落ちているのでお湯で濡らした布を使って体を拭くだけだったが、それでも匂いはだいぶ落ち着いた。手伝ってくれたメイドのティリアやお父様たちは、終始不思議がっていたけどね。
「あまりロザリナのことを困らせるんじゃないぞ」
「大丈夫よヘンディ。ずっとフレージアと遊んであげられなかったもの。今日は体調もいいから心配しないで」
どうやら周囲からは子供のおままごとだと思われているらしい。なんということだ。
◇
お母様の湯あみを初めて数日、今の体とフレージアという名前にようやく慣れてきた私は衝撃的なことに気が付いた。
「お母様、いつもこの髪型ですね。複雑で編むのが大変そう」
お母様の髪はリボンと複雑に編み込まれ、頭の上にモリモリに盛っており、ワックスのようなものでがっちりと固められていた。極めつけにキラキラした小石がつけられている。これを毎日編むのは骨が折れることだろう。
ほら、あれだ。マリーアントワネットみたいな……。
「ええ、そうなの。先月来てくれた髪結い士に編んでもらったのよ。とてもきれいでしょう」
「せ、先月?」
「フレージアもあと数年後には髪結いをしないといけないわね」
「ちなみに先月から髪を洗ったりは……」
「え?もちろんしていないわよ。ほどけてしまうでしょう」
……いやあああああ!!先月から洗ってない?!信じられない。日本ほど湿度が高くないとはいえ、あまりにも不潔すぎる!そりゃ治るもんも治らないよね!
私の髪をなでるお母様に向き直り、再び土下座をきめる。この世界に土下座文化は無いようだが、本気であることが伝われば問題ないだろう。
「お母様、もう1つお願いがあります。どうか、どうか髪を洗わせてください」
「髪を?えっと……どうしてかしら」
娘の本気の土下座でもさすがに通らないか。数か月の間ずっとガチガチに固めて管理するほど髪形は大切なのだろう。
「髪をほどかなければ、横に寝ることができないでしょう。それだと元気になれません!」
髪がほどけないようにするため、お母様はいつも上体を起こしたまま寝ているようなのだ。それでは疲れをとる前にさらに疲れてしまうだろう。ということにしておく。
命が危ないような病気なら美しさは二の次でしょ!泣き落としでも何でもやってやるよ!
「わたくし、お母様ともっと色んなところに行きたいのです。原っぱにも、お祭りにも行きたいのに……」
お祭りがあるかどうかは知らないが、まあいいだろう。あくびをする要領で涙も出してみる。
「分かったわ。だからもう泣かないでフレージア。あなたが小さい頃から遊ぶ機会が少なかったものね。私も早く治してフレージアと遊びたいわ」
「ありがとうございます、お母様!では早速お湯を準備してもらいましょう!」
計画通りである。思い立ったが吉日、善は急げだ。さっそく厨房でお湯を沸かしてもらおう。
「少々お待ちくださいませ。すぐに貰ってきますね!」
お母様とメイドのティリアは、あっという間に部屋から走り去る娘の姿を見送ることしかできなかった。
「フレージアお嬢様は急に大人びられましたね……」
「子供の成長って早いものねえ」
ご覧いただきありがとうございました!
お風呂が無いのは本当につらいですね。家に帰ったら即お風呂に入りたいタイプなので。




