アクシデントと父の姿
とんでもない光に包まれたフレージア。
直前にお父様も部屋に来ていたそうですが……
最後にはフレージアに対するお父様の思いや感情も描写しています!
ぜひ最後まで読んでみてください!
ひゅうひゅうとした風の音の中、瞼の裏が真っ白になるほどの光が収まり、私は恐々と目を開けた。周囲の景色は白っぽく霞んでいる。どうやら私たちの周りを取り囲み、回っている風の繭が原因のようだ。
「2人とも、無事か!」
「お父様!」
少し離れた場所にある部屋の扉に、片膝をついて息を切らせるお父様がいた。手に持っていたはずの錬金術の本は机の向こうの方に飛ばされている。
これなんだろう。
目の前の空気の流れに手を伸ばしてみると、指先を優しく包み込み、軽く押し戻されるような感覚がした。
「いったい何だったんだ今の光は」
「あっとぉ……」
「錬金術の本に描かれていた、光る陣を発動したのですよ。敵襲ではございません旦那様。ご心配をおかけいたしました」
はあーっ、と息をつき、お父様がゆっくり立ち上がる。手を軽く振るとふっと風が止み、周りの景色や音がはっきり感じられるようになった。あの風の繭はお父様の魔法だったらしい。
なるほど、爆発かなにかだと思ったんだね。う……なんだか申し訳ない……。
「ごめんなさい、お父様。まさかこんなに激しく光るとは思っていなくて……」
「大丈夫だよフレージア。むしろ今日から勉強を始めたというのにこんなすごいことができるなんて、錬金術の才能があるんじゃないかい?」
部屋に入ってきたお父様は私の側まで来ると軽々と抱き上げ、「怪我とかしていないかい?」と言いながら頭をぽんぽんと撫でる。顔が近づくと、どこか隠せていない疲労の色を感じる。怪我がないことを伝えると安心したように息を1つついた。
「だが、迂闊に魔力に関わることを試すというのは感心しないな。まだ正しい使い方も教えられていない。身を守る方法もだ。今回は光だけだったが、もし爆発だったら大変だからね。魔力をちゃんと使えるようになるまでは、しばらく錬金術はおあずけかな」
「はい……ごめんなさい……」
今回はさすがに見過ごせないよね。迂闊だったよ。錬金術への道が遠のいちゃったな……。ああ、クーラー……。
私が見るからに落ち込んだからか、お父様が少し焦ったように口を開く。
「あー、なんだ。最近はようやく仕事も落ち着いた。ずっとできていなかった魔法の授業も再開できるんだ。だからそんなに先の話じゃない。それに、錬金術には魔力を必要としない内容もあるだろう」
「ということは……つまり?」
「魔力を使わないなら錬金術の勉強をしてもいいよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
やっと魔法の授業もできるんだ!これはかなり異世界道を進めるんじゃない。やったね!
「ところで旦那様、この度はどうしてこちらへ?」
「ああ、そうだった。忘れるところだったよ」
私を椅子の上に下ろしたお父様は一度扉の方へ戻って床に落ちていた何かを拾い、手に取った細長いものをこちらへ向けて軽く振る。
「これだよ」
こちらへ戻ってきたお父様が私の手に置いたそれは、とても綺麗な1本のペンだった。ペン先から軸の1/3くらいまでが金色の金属で、そこから上の軸がピンク色の石材でできている。ペン先の反対側には小さな鎖と白い羽根の飾りも付いていて、とてもかわいらしい。
「これは、ペンでしょうか。あれ?ペン先が丸いですね」
ペン自体は万年筆のような見た目なのに、ペン先に丸い玉がついている。
なんだろうこれ。こんな形じゃ書きにくいんじゃないかな。
「これは錬金術用のペンだよ。自分の魔力を線として書けるもので、インクは使わない。あの本にも書いてなかったかい?」
「これが専用のペンなんですね!」
「お祖父様が昔使っていたものなんだ。錬金術で使っていたことを思い出してね。持ってきたんだ」
「ありがとうございます、お父様!」
いいねいいね!こういう物があるだけで、なんだか様になるような気がするよ。……ちょっと重くて持ちにくいけどね。
私がペンに夢中になっている間に、ひっくり返っていた本を拾ってきたらしい。お父様がティリアに話を聞きながら、本を検分していた。
「さっき光ったというのはこの陣だね。ふむ、特にこれと言っておかしなところはないけど……」
「ちょうどこの辺りが掠れていたのです。そこでお嬢様が陣を修復したところ、あのような光が」
「なるほどね。迂闊に触れないほうが良さそうだ。……線が掠れたのは恐らく、保護魔法をかける前だったんだろう。お祖父様が手元において使っている間、私も触らせてもらったことがあるが、その時はまだ保護されていなかったはずだ。」
「買ってすぐかけるものではないんですね」
「ああ。保護の魔法は長期間の保管による日焼けや虫食いから守るためのものだからね。高価な本や貴重な本はすぐに保護されることもあるけど、ほとんどは図書館に保管するときにかけられるんだよ」
なるほどね、そういうことだったんだ。保護魔法が効いていないのかと思ったよ。
「フレージアは陣を指で描いたんだよね。何か変なこととかなかったかい?」
「線を描けたときに魔力をズワッと吸われたような感覚がありました」
「ズワッと?」
「ズワッと」
あ、オノマトペって伝わらない感じ?
「かなり吸われた感じなのかな。魔力の残りは大丈夫かい?」
「ええ、まだ大丈夫です。確かに他の2つの錬金陣よりも吸われる魔力が多かったですね。そういえば線を引くとき、指先に小さな痛みが走ったような感覚がありました。」
「痛みか。指を見せてごらん。傷になっているかもしれない」
差し出された手に、線を引いた右手の人差し指を差し出した。しかし指先はつやつやなままで傷ひとつ見当たらない。
「あれ?なんともなってない」
「特に怪我がないならよかったよ。痛みは気のせいか、慣れない魔力の感覚かもね。……よしっ、気になることは無くなったし、一緒に勉強の続きをやろうか」
「いいのですか?お仕事だったんじゃ……」
「ちょうど息抜きになるし、せっかくフレージアがやる気に満ち溢れているようだからね。それに私も錬金術がどんなものか気になるんだ。フレージアも、速くやってみたいことがあるんだろう?確かクーラーだったか」
「お父様……」
やさしい!聖人だよ。私にとっての神様だよ!
「だが本を持つのはティリアに任せるんだ。とりあえず自分を守る術を覚えるまではな」
「はい。うっかり錬金陣を発動してしまったら大変ですもんね」
「いい子だね」と、また私の頭を撫でる。そしてひょいと椅子から抱き上げて自分が座り、私を膝の上に乗せた。
おおお。あまりにもさらっとやるから、何の抵抗もできなかったよ。そっか、この部屋椅子が2つしかないもんね。いや、嫌なわけじゃないんだけど、ぽかぽかなんだけど、なんというかくすぐったい。私の精神年齢が前世と合わせると成人だからってのもあるのかもしれないんだけど、にやにやしちゃうような感じでちょっと恥ずかしいような……。
「それじゃあティリア、続きからお願いできるかい?……私は大丈夫だから」
「それならば……。錬金陣のところでしたね。えっと、このように錬金陣に用いる模様にはそれぞれ意味と役割があります。大きさや並びを変えることで、全く違う効果を与えるでしょう。ここに載っているのは一部のようですが、錬金術の基礎で大切なもののようですね」
「フレージア、しばらくはこの模様を普通のペンで練習するのはどうだい?それだったら陣が発動することもないだろう」
「わかりました。やってみます」
本の中には数十種類の模様とその説明が書いてあるみたいだし、これを全部覚えるまで練習するとなると時間がかかりそうだね。
本の残りのページは陣の模様のイラストと、各属性に関する話が深掘りされていた。入門編の内容はここまでらしい。
「とりあえず今進めることができるところまでは行けたかな。これからは錬金術と一緒に、魔法の練習も進めていこう。早速だけど、明日のお昼は時間あるかい?」
「はい。私は特に予定はありませんが……」
「なら明日のお昼に中庭で。実戦的なことも交えてみようか。それから、私の仕事の心配はしなくてもいいんだよ。フレージアはまだ子供なんだから。」
うっ……。ばっちり見透かされてるよ。お父様はエスパーか何かなのかな?それとも私が顔に出やすいだけ?
両方のほっぺたをつまんでみる。もちもちだ。これは分かりやすいかも。
「それじゃ、私は部屋に戻るよ。それからティリア、ちょっとした荷物があるんだ。悪いが少し手伝ってくれるかい」
「ええもちろんです、旦那様」
「今日はありがとうございました、お父様」
「ああ。また夕食で話を聞かせてくれ」
ティリアがお手伝いをするとのことなので、邪魔にならないよう私は部屋に残ることにした。手を振ってお父様をお見送りし、いそいそと紙と普通のペンとインクを用意する。
今やるべきことを教えてもらったおかげで、俄然やる気がわいてきたよ。目指せかっこいい錬金術師!めざせ便利な生活!
◇
フレージアの部屋と廊下を分ける両開きの扉を閉め、手を振って見送る娘の姿が見えなくなった瞬間、扉に背中を預けたまま糸が切れた操り人形のように崩れ込んでしまった。片膝を立てて何とか座り込んでしまわないようにするが、もう自力で立ち上がる力さえも残っていない。
「旦那様!やはり魔力を使い切ってしまっておられたのですね」
「さすがに驚いたよ。後先考えずに全力を出してしまった。これが戦いの場だったら、私はとっくに死んでいるだろうね」
「何をおっしゃいますか。あの後もすぐにお休みにならなければならないほどでしたでしょうに」
「かわいい娘の前では、かっこつけたくなってしまったんだ。父親の性というやつかな。大丈夫、少し動ける程度は残っているはずだよ」
いつも通りははっ、と笑ってみるが、どうも乾いた空気しか出ない。どうやらティリアも全く大丈夫だとは思ってくれていないようだ。眉間に皺が寄っている。
さすが僕たちのことを幼いころから知っているだけあるよ。下手に取り繕ったところで逆効果みたいだ。
ここは大人しく助けてもらうに越したことはないと判断して、横にひざまずいてくれたティリアの肩を素直に借りる。
「とりあえず旦那様の寝室へと運ばせていただきますよ。今頃なら執事のダイゼントが部屋にいるでしょうから、事情を説明した後は彼に任せます。よろしいですか?」
「……フレージアには黙っておいてくれるかい」
「ええ、分かりました。今の私はちょっとした荷物を旦那様のために運んでいるだけですからね」
「ありがとう……っはあ」
ティリアはこういった秘密を守ってくれる。信頼できるだろう。あとは、
「ははっ、アスターやリリアナに見つからないと……いいんだけど……」
「まずはご自分の心配をなさってください」
怒られてしまったな。小さいころはしゃいで魔法を使って、よく魔力を枯渇させていたのを思い出すよ。あの頃は本当にしょっちゅう怒られていた。もっと自分とまわりを大切にって。
夢と現実の間を行き来するような感覚の中、懐かしい思い出と共に僕は自室へ向かった。道中子供たちに見つかることはなかったが、何とかたどり着いた自室でダイゼントと報告を受けたロザリナにも怒られてしまった。
結局は勘違いだったわけだけど、まあこれは名誉の負傷と言ってもいいんじゃないかい。
ソファで横になり、彼らのお説教を聞きながら、口にはしない言い訳を考えてみたりした。
ご覧いただきありがとうございました!
当初の予定では最後のシーンを入れる予定ではありませんでしたが、どうしても書きたくなってしまって!
頑張りました。
次はついに実際に魔法を使ってみるようですね。
ブクマなどしてお待ちくださると幸いです。




