表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七年分の手紙を残して姿を消した公爵令嬢を、竜王は世界の果てまで探すそうです  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/10

第5話 証拠は静かに積まれる


 偽聖女セレスティアの聖力の正体は、闇市場で取引される高位魔道具「模倣の鏡」だった。


 アリシアの政務日誌は、几帳面を通り越して執念に近かった。


 王宮に出入りする物資の記録を、彼女は七年間欠かさず写していた。品目、数量、納入業者、搬入日時。公式の帳簿とは別に、自分用の記録を残していたのだ。職務上の習慣だと手紙には書いてあったが、ここまでやる補佐官を私は他に知らない。


 その記録の中に、不自然な購入履歴があった。


 高純度の魔石。月に二度、同じ業者から王宮に納入されている。用途欄は「聖女の儀式用消耗品」。だが、正規の聖力浄化に高純度魔石は使わない。竜脈のエネルギーを直接引くからだ。


 では、この魔石は何に使われていたのか。


「模倣の鏡。他者の魔力パターンを模倣する禁制の魔道具です」


 ナハトが資料を広げた。竜族の情報網は人間の官憲よりも広い。闇市場の流れを掴むのに二週間かかったが、末端から元締めまでの経路はほぼ特定できた。


「魔道具の動作に竜脈のエネルギーが必要です。共存条約第七条、竜脈に干渉する犯罪は竜族の管轄。国王陛下にはすでに管轄権の行使を通告しました」


「返答は」


「異論なし、と。国王陛下は詳細を知りたがっておられましたが、捜査中であることを伝えたところ、了承されました」


 国王アルディスは穏健な男だ。息子の不始末をどこまで把握しているかは分からないが、竜族が正式な法的根拠で動いている以上、妨げはしない。できない、というべきか。


「捕縛に入れ」


「本日中に」


 ナハトが退室しかけて、足を止めた。


「陛下。一つ報告を」


「何だ」


「些事ではありますが。——陛下が人の姿で食事をお取りにならなくなった、と厨房が申しております」


 黙った。


 言われてみれば、そうかもしれない。最近は竜の姿でいる時間が長い。人の姿に戻るのは政務と会議の時だけだ。食事は——いつ食べていたか。


 アリシアがいた頃は、昼前に茶と軽食を持ってきた。それに合わせて人の姿に戻っていた。戻る理由が、あった。


 今はない。


「些事だな」


「はい。失礼しました」


 ナハトが出ていった。あの男が「些事」を報告することは滅多にない。些事ではないと思ったから言ったのだろう。


 何が些事でないのか。食事を取らないことか。人の姿でいなくなったことか。それとも、その理由か。


 考えるのをやめた。今日は闇商人を捕まえる日だ。


 辺境の村ブレンハイムでは、別の一日が流れていた。


 これは後から、ナハトの報告で知ったことだ。


 アリシアが子供たちに読み書きを教え始めたらしい。村には学校がない。薬草師の仕事の合間に、板に炭で文字を書いて教えている、と。


 その授業の中で、竜族の話もしたという。子供に「竜って怖い?」と聞かれて、「怖くない」と答えた、と。それから、竜族が鱗を渡す習慣のことも話した、とナハトが付け加えた。


「鱗を渡す習慣、ですか」


 ナハトに問い返した。


「はい。竜が生涯で一度だけ、自分の鱗を他者に渡すことがある。渡す行為は求婚を意味し、渡した場所の鱗は受け取った者が生きている限り再生しない、と。正確に伝えていたそうです」


 なぜそんなことを子供に教えたのか。竜族の文化に詳しいのは補佐官として当然だが、辺境の子供たちにわざわざ鱗の話をする理由は——。


 分からなかった。分からなかったが、胸の奥で何かがわずかに動いた。


 闇商人の捕縛は、その日の夕刻に終わった。


 竜族の兵は手早い。人間の官憲なら令状と手続きで三日はかかるところを、共存条約の管轄権で半日で片がついた。


 元締めの男は、取り調べで即座に口を割った。竜族の兵に囲まれて黙秘を通せる人間は多くない。


「発注者は王太子殿下の側近です。セレスティアという女が直接受け取りに来ることもあったと」


 魔道具「模倣の鏡」の現物が押収された。手のひらに収まる小さな鏡。表面に複雑な術式が刻まれている。これが竜脈のエネルギーを吸い上げ、聖力のパターンを模倣する。


 これで、偽聖女の力が完全に断たれた。供給元を潰した以上、新しい魔道具を手に入れることもできない。


 証拠は揃いつつある。だが、まだ足りない。


 アリシアの冤罪を晴らすには、公開審問が要る。罷免令の撤回と、加害者の断罪。そのためには、もう少し時間が必要だった。


 翌日、私は辺境方面に向かった。表向きは領地視察だ。竜族居留地の東端を巡回する名目で、人の姿で馬に乗った。馬は私を怖がった。獣は竜の気配に敏感だ。三頭目でようやく、鈍い馬を見つけた。


 ブレンハイムの手前の宿場町に着いたのは夕方だった。


 小さな宿屋に入った。天井が低い。人の姿でも頭がつきそうだ。椅子は木製で、座ると軋んだ。私の体重に慣れていない椅子だ。


 食事を頼んだ。固いパンと、豆の煮込み。食べながら、宿の主人と話した。


「この先のブレンハイムに、薬草師が来たと聞いたが」


「ああ、先生のことかい。若い女の人でね。王都から来たって話だよ」


「評判は」


「そりゃあもう。うちの女房も膝の痛みを診てもらったよ。夜中でも戸を叩けば出てきてくれる。村の子供に読み書きまで教えてるって言うじゃないか」


 宿の主人は、愛想よく続けた。


「ただね、村の連中が心配してるんだよ。先生、自分の体は全然大事にしないんだって。夜中に起きて、朝早くから薬草を摘みに行って。飯もろくに食べてないんじゃないかって」


 豆の煮込みを匙で掬った。口に入れた。味はしたが、何の味かは分からなかった。


「……昔からだ」


「え?」


「いや。いい薬草師のようだな」


 宿の主人は「そうなんだよ」と嬉しそうに頷いた。


 食事を終えて、部屋に戻った。狭い部屋だ。寝台が一つと、水差しが一つ。窓から見える空は広く、星が多かった。


 王宮の窓から見る空とは違う。ここでは星が近い。


 彼女は毎晩、この空を見ているのだろうか。


 会いに行こう。


 その考えが浮かんだ時、抵抗がなかった。ナハトがいれば止められただろうが、ナハトは今、別の場所にいる。密偵の排除に向かわせた。ルキウスの手下が村に近づいている。それを先に潰す必要があった。


 だから私は一人だ。


 一人で会いに行く。何を言うかは分からない。何ができるかも分からない。ただ、彼女が息をしているのを確かめたい。夜中に戸を叩かれて起きる彼女を、飯をろくに食べない彼女を、自分の体を大事にしない彼女を——


 何だ。確かめてどうする。


 分からない。


 分からないが、行く。


 寝台に横になった。天井の木目が、補佐官室の天井とは全く違う。当然だ。あの部屋は石造りで、天井は高く、朝になると東向きの窓から白い光が入った。


 彼女は毎朝、その光の中で書類を読んでいた。


 目を閉じた。明日、村に向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ