死体の咲く苗
「うーん、寝れない」
ごそごそと布団の中で体を動かす。
何度目か分からないがスマホで時刻を確認。ついでに明日――もとい今日行う予定のプレゼン内容に思いを馳せる。
「寝れない。というか改めて、二人を説得するとか無理ゲー過ぎる」
不意に浮かんだ回想シーンから、つい自分の思いのままに引き受けてしまったが、やはり失敗だった。
ロジカルの怪物にパッションの化物。
属性が真逆ゆえに、個別で説得内容を考えないといけない。
ぶっちゃけ佐久間さんは勢いで押し切れそうだが、相澤さんがかなり厄介だ。利益優先な彼女が、売り上げが確実に下がる提案を受け入れてくれるとは思えない。やるとすれば先に佐久間さんを説得し、二人掛かりで交渉を行うとか……いや、二人一緒に論破される未来しか見えない。
ならば、そもそも彼女は話し合いに参加できないよう隔離して、その間に商品の変更を行うのはどうだろう。商品を売ってしまいさえすれば、彼女にやれることは無い。問題はどうやって隔離するかだが、そこはアカリさんに協力してもらって――
そんなことを考えているうちに、気付けば障子から光が差し込み始めた。
寝れないならもういっそ起きてしまえと、布団から体を起こす。
隣を見ると、ピクリとも動かず仰向けで寝ている相澤さんの姿が。
よくまあぐっすり眠れるものだと肝の太さに感心しつつ、その隣に敷かれた主のいない整えられた布団を見る。
ずっと起きていたので分かってはいたが、佐久間さんは昨夜部屋に戻ってこなかった。
木の苗をどこに植えるかで大層盛り上がっていたのは、ちらりと覗いたので知っている。あの人のことだから、いい場所を見つけたとかで力尽きるまで地面を掘っていたのだろう。
庭のどこかで清々しい笑みを浮かべながら大の字で倒れている姿が見える見える。
吹き出しそうになるのを必死に堪え、俺は相澤さんを起こさないよう静かに動き出す。
そろそろと障子に近づき手をかけて――ぴたりと動きを止めた。
忘れていたが、この屋敷を移動するには無駄に音の鳴る縁側を歩かねばならない。
できれば相澤さんが寝ている間に、ある程度作戦を進めてしまいたい。
どうしたものか悩むこと数秒。ピコンと妙案を思いつき、ゆっくりと障子を開けた。
目の前には当たり前だが縁側がある。
この縁側、そこそこ幅が広く、人二人が余裕で並んで歩ける幅がある。が、逆にその程度ともいえる。
要するに、飛び越えられるのだ。
めちゃくちゃ運動神経が悪い人でもなければ立ち幅跳びで十分に飛び越せる距離。特に運動神経が悪くない、むしろ良い俺なら目をつぶっても余裕でできる。
靴がないので着地は不安だが、相澤さんを起こさないためには仕方がない。
ぎりぎり通れる程度に障子を開け、二度しっかり屈伸する。さらに深呼吸をして息を整え――勢いよくジャンプした。
「余裕! って、やば」
目測通り軽々と飛び越えたのは良いものの、着地は失敗、というか大惨事だった。
「雨とか降ってたのかよ。全然気づかなかった」
地面はぐちょぐちょにぬかるんでおり、着地した衝撃で泥が跳ねズボンと足が泥まみれになってしまった。しかもベチョっという着地音がそこそこ盛大に響いたのもあり、恐る恐る部屋を振り返る。
幸いにも相澤さんは目を覚まさなかったようで、特に物音は聞こえてこない。しばらく耳を澄ましてからようやく胸を撫でおろし、俺はぐちょぐちょの地面を歩き始めた。
一度盛大に汚れてしまえば、その後はそこまで気にならない。
縁側の横を裸足のままぐちょぐちょと歩いていく。
この年になってぬかるんだ地面の上を素足で踏む経験というのは中々なく、幼少期に戻ったようでちょっと楽しい。
小さく鼻歌を歌いながら、屋敷の玄関側へと向かう。残念ながら誰がどこにいるのかさっぱり知らないが、昨日の大広間に行けば誰かには会えるんじゃないかという考えだ。まあもし誰もいなければ、屋敷をぐるっと周ったっていい。
「それにしても、改めてめっちゃ広いな」
一体何坪あるのか。ところどころにお洒落な石や木が植えてあるし、なんなら池まである。
金持ちってのは凄いなあ、という平凡極まりない感想を抱きつつ歩いていると、先の方に人影が見えた。
こんな時間に誰だろうと目を凝らしてみれば、次女の双葉さんだった。
どういうわけか、この雨で湿気った庭の上にぺたりとへたり込み、どこか一点を見つめ続けている。
ゴキブリでも見つけたのかななどと、気軽にその視線の先を追った俺は、絶句した。
なんてことない庭の一角。
佐久間さんが持ってきていた小さな苗が植えられた、その隣。
血を流し倒れている一人の男性。
そしてその上には、男性の姿を覆い隠すほど積み上げられた、大量の札束があった。