密談
「あの、相澤さん。もしかしてですけど、ここまで予定通りだったりします?」
紆余曲折の末まとまった話し合いの後、俺たちはやや広い客人用の和室に案内された。
男女で部屋を分けたほうがいいか聞かれたところ、相澤さんが相部屋で問題ないと言ったため三人同室に。
佐久間さんは早速水嶋夫妻と木の苗を植える場所の選定に行っており、部屋には俺と相澤さんの二人だけが残されていた。
そこで早速俺はそんな質問を投げかけたわけだが、相澤さんはあっさり首を横に振った。
「別に予定してないわ。普通に予期していなかった展開よ」
「でも、だったらどうして着替えなんて用意してたんすか? アカリさんがあんな提案しなければ泊まることもなかったはずだし、着替えなんてなくても別に良かったじゃないっすか」
そもそも出発時点では二泊三日の販売出張だと言われていたのだ。てっきりこれから商品の説明をして買うかどうかの判断を迫るのかと思っていたのに、実際はお客の購入意思は固まっていた。アカリさんのファインプレイがなかったら、今頃金をもらって東京に戻っていたはずだ。
相澤さんは淡々と荷物の整理を続けたまま言った。
「佐久間の言うことなんて十割適当よ。ただ、こうした出張販売の時に日帰りで済んだ試しがなかったから用意しただけ。実際今回もそうなったわけだし」
「完全な行き当たりばったりじゃないっすか……」
分かってはいたが、うちの店はヤバい。やっていることがグレーなこと以前に、店員の頭のねじが飛んでいる。
水嶋家からしたら俺もその一員として見られていると思うと、やるせなくなってくる。
そんなことを考えていると、廊下側からぎしぎしと音が聞こえだし、ほどなく障子を叩く音が聞こえた。
「アカリです。すいません。入っても宜しいですか?」
来訪者はどうやらアカリさんの様子。
相澤さんが整理の手を止めないため、仕方なく俺が立ち上がった。
「どうぞ。と言っても佐久間店長は今いないですけど」
「知ってます。用があるのは斎藤さんなので問題ありません」
「俺ですか?」
障子が開き、緊張した面持ちのアカリさんが姿を見せる。
彼女は部屋の中に入らず、ちらりと相澤さんに視線を飛ばす。それから俺に向き直り、「少しお時間いいですか?」と聞いてきた。
「ええと、まあ、はい。特にやることもないので、全然構いませんけど。あー、大丈夫ですよね相澤さん?」
「好きにすれば」
「……らしいので、問題ないっす」
「有難うございます。それじゃあ、付いてきてください」
アカリさんはさっと身を翻すと、ぎしぎしと音の鳴る縁側を歩いていく。俺は胸ポケットの中を一度確認した後、急いで彼女の後を追いかけた。
連れてこられたのは、屋敷の玄関から見てちょうど反対側、いわば屋敷の最奥だった。
住んでいる人数も多くはないため――そう言えば使用人の一人や二人いないのだろうか?――、奥側はほとんど使われている様子はなく、人の気配も全くしなかった。
色々な意味で胸をどきどきさせていると、アカリさんは一度俺の目をじっと見た後、深々と頭を下げてきた。
「単刀直入に言います。お願いですから、うちの両親のことは見逃してください」
「え、いや、そんなこと俺に言われても……」
「あなたは他の二人と違ってまともに見えました。多少でしたらお金もお支払いしますので、あの人たちを説得して帰っていただけませんか」
「いや、だから、その……」
ある程度、こういうお願いをされることは想定していた。だからそこまで焦ってはいないのだが、答え方は悩むところだ。
気まずさを前面に出し、俺は後頭部を掻きながら明後日の方を見つめた。
「あー、俺はうちの中じゃ一番の下っ端でさ。君の気持ちは分からないでもないけど、正直どうしようもないって言うか――」
「お父さん。余命僅かなんです」
「え!?」
唐突な彼女の告白を理解できず、俺は馬鹿みたいに口を開けたまま固まった。
アカリさんはようやく頭をあげると、今の発言が嘘でないことを証明するかの如き真剣な表情で、こくりと頷いた。
「お父さんが急によく分からない木の苗を買うって言いだしたから、気になって色々調べたんです。そしたらお父さんの部屋から余命の書かれた診断書を見つけて……」
「いや、ちょ、それ、本当の話?」
「こんなこと冗談で言ったりしません」
どこまでもまっすぐな瞳。
洞察力に自信など全くないが、それでも彼女が嘘をついていないことは分かる。それに最初のイメージ的にも演技が得意とは思えず、今の発言の信憑性を高めていた。
混乱する思考の中、彼女はぐっと俺に身を寄せると、目に涙をため懇願した。
「お願いです。お父さんは、きっと自分の余命にショックを受けて正常な判断ができなくなってるんだと思います。もしこのままあんな詐欺商品を買えば、家族はバラバラなまま、嫌悪や憎しみを募らせてのお別れになる……そんなの、あんまりじゃないですか! 本当に、一生のお願いですから、私たち家族のことは見逃してください!」
「……」
彼女の心からの、同情心を誘う懇願に、俺の思考は完全にパニックに陥っていた。
マジでどうしたらいいか分からない。
心情的には彼女の味方をしたい。だけど味方をするとして一体俺に何ができるというのか。立場としては佐久間さん側であるものの、権限など一切なくぶっちゃけアカリさんとそこまで変わらない。
説得してほしいと彼女は言うが、それが通じるような相手じゃないのは短い付き合いながら嫌というほど知っている。
じゃあ説得は無理だからと、彼女の申し出を断るべきなのか。従業員としての立場としてはこれが正解なのだろうが、そうできるほど俺の心はまだ薄情になり切れない。
自分の手で明確に、他人の幸せを奪う。少なくともそれは、俺がここで働く理由とは真逆の行為だ。
だけど、どうすれば彼女の手助けができるのか。
頭の中で思考の嵐が吹き荒れ、目の前が暗くなっていく。
――こんな決断を急に迫られて、俺に正しい答えを選ぶなんて無理……
貧血のような症状に陥りかけ、体がふらつく。それと同時に、佐久間さんと会話したかつての記憶が、ふと浮かび上がってきた。
『あなた、頭も悪くないし力仕事もできる。加えて顔も悪くないし社交性もあるのにどうして就職できなかったわけ』
佐久間さんのもとで働き始めてから数日後のこと。定時が近づき帰り支度を始めていた俺に、相澤さんが声をかけてきた。
『いやまあ、アドリブ力が皆無なんですよね俺。全く想定してなかったことを聞かれるとパニクって頭真っ白になるんで。そうっすね……実際に就活中にあった例を挙げるなら、「あなたの親友を動物に例えてください。またその理由を説明してください」なんてのは何も答えられなくて参りましたね』
『ふーん、嫌な質問ねそれ。親友がぱっと思い浮かぶかも個人差がありそうだし、あまり悪い動物には例えられないし』
『いや、ほんとそうなんすよ。思った動物をそのまま言っても、それがちょっと貶す風になったりしたら評価下がりそうだし。かといって全くイメージと違う動物答えたら詰められた時対応できないし。瞬時に答える必要がないとはいえ、一分も二分も待たせらんないっすからね。かと言ってパニック状態の思考での一分でうまい答えなんてなんも思い浮かばないし』
『まあ私ならがっつり嘘つくわね。先に褒めやすそうな動物を適当に思い浮かべて、その動物に似た架空の人物を作り上げるわ』
『うわーつよ。とてもじゃないですけどそんな機転効かせられないっすね』
『まあ私のが正解とは思わないけれど。社長はどう思います』
珍しく黙ってデスクに置かれたパソコンと睨めっこをしていた佐久間さんにも話が飛ぶ。
話は一応耳に入っていたらしく、尋ねられた瞬間に目を輝かせ口を開いた。
『それは勿論本心で答えますとも! 私の友人は皆素晴らしい方々ばかりですから、彼らと特徴の似た動物を挙げればいいだけの話です! ああしかし! もし選ぶのが一人だけとなると大変難しいですね! 一体どなたの素晴らしさを語ればいいのかに頭を悩ませてしまいそうです!』
『そんなところ心配するの佐久間さんくらいじゃないっすか? というかやっぱりお二人の意見は参考にならなそうっすね』
はあとため息をついた俺に対し、佐久間さんはデスクを離れ眼前まで近づき、『頼一さんは難しく考え過ぎなのです!』と机を叩き勢いよく主張した。
『質問をされた時の対策! それはただひたすらに信じればいいのです!』
『し、信じるって何を』
『あなたが真っ先に思い浮かべたことをです! こうすべきだと考えたことを絶対の真理、正解だと信じ、それをもとにお話をすればいいのです!』
『いや、でも、真っ先に思い浮かべたことが間違ってる可能性とか――』
『疑わないこと! これは何をする上でも忘れてはいけない大事な要素です! 自らの答えが間違っているか否かは、その後の自身の行動によって変わってきます! である以上、行動の第一歩目は深く考えず、真っ先に思い描いたことを信じればよいのです!』
回想終了。
なんか混乱した頭が突発的に変な記憶を掘り起こしてきた。懐かしき佐久間さんのアドリブ論。相も変わらず穴だらけの解答であり、騙されてるようにしか感じられない。
しかし今はひとまず、あの人の発想に騙されてみることにした。
「……分かりました」
長時間のパニック状態――もとい黙考の末、俺はアカリさんにそう告げた。
彼女は太陽を仰ぎ見るひまわりのように顔を輝かせると、「本当ですか! 有難うございます!」と頭を何度も下げてきた。
あまりの感謝のされように決意が鈍りそうになるも、俺はなんとか心を静め、彼女に忠告した。
「感謝してくれるとこ悪いけど、必ずしも成功するとは限らないことは理解しといてね。俺が一番の下っ端で、販売の権利を握ってるわけではないからさ」
「分かってます! 可能性が少し高まるだけでも十分です!」
「それから、一つ確認事項がある」
「確認事項、ですか?」
喜んでいた彼女の顔が僅かに曇る。
俺は指を一本立て頷いた。
「ああ。これから説得するにあたって、いくら何でも泣き落としだけじゃ佐久間さんに商品の販売を思い止まらせるのは無理だ。だから俺は、代替品の提案をしようと思っている」
「代替品の提案……まあ、それはそうなりますよね。となると言いたいのは、結局いくらまでなら出せるかということですか」
俺の言いたいことを瞬時に理解し、アカリさんは渋面を作る。
内心、俺は彼女の頭の回転の速さに舌を巻いた。俺なら急にこんなことを言われてもすぐに意図を読み取れる自信はない。そもそもこうして独自に両親の部屋を調べ、詐欺師相手に説得を持ちかけてくるのも並大抵の行動力ではない。
文義さんが、彼女だけは他の子どもと違い褒めていたことにも納得がいった。
「ま、そういうこと。最大いくらまでなら出してもいいか。そこははっきりさせておかないと、後でまたこじれると思うからね」
「……分かりました。では――」
そうして俺たちはしばらくの間密談を交わし、その後それぞれの部屋に戻ったのだった。




