解決編と終幕
粉々に散った鏡の破片を踏む、ジャリジャリといった足音が隠し通路に響く。
通路は敷き詰められた骸骨のせいで非常に狭く、人一人が何とか歩ける程度の幅しかない。おまけに明かりもついていないため、クラフトさんのペンライトだけが頼りだった。
隠し通路は建物の玄関側以外を、コの字型に覆うようにして作られていた。そして当然のようにどの鏡もマジックミラー仕様になっており、部屋の中を一方的に覗き見ることができた。
一階通路の突き当りに存在していた鏡の後ろには階段があった。階段は上に続くものだけでなく、見取り図には存在していなかった、地下へと続く階段も存在した。
暗がりでそれぞれ顔を見合わせ、地下へと進むことを決める。
いろいろな人の総意により、ペンライトを渡された佐久間さんが先頭、その後ろに続けてクラフトさん、玉藻さん、俺、有馬さんの順で進むことに。
何が仕掛けられているか、どこまで続いているかも分からないため、皆慎重に、ゆっくりと下っていく。
俺も転ばないよう両手を壁に添えながら、一段ずつ階段を下る。すると後ろから、有馬さんのこわばった声が聞こえてきた。
「先の骸骨。まさか本物ではないでしょうけど、イリスさんがもしこの通路を使っていたのなら……彼女もただの被害者ではなさそうですね」
「……どう思いますか、玉藻さん」
「……ここでうちに振るとか、随分鬼畜なことしてくれるね」
玉藻さんが疲れた声で言う。
ただそのまま黙ったりはせず、しっかり答えを返してくれた。
「この際はっきり言うけど、うちは本当にアリスについてもイリスについても知らなかったよ。うちの役割はただ、三人が死ぬ予知をすることだけだから」
「つまり三人が本当に死ぬとは思っていなかったと?」
「いいや、それは違うね。目を見りゃ分かる。あいつは間違いなく殺す気でいた。ただ、それが誰かまでは教えられてなかったってだけ」
「どうして、あの人は玉藻さんに三人が死ぬ予言をさせたんでしょうか」
「さあね。ていうか、あんたこそそこは分かってないのかい? そんなんで、このまま下りて行ってどうするつもりだい?」
「……」
沈黙で答える。
前方からため息が聞こえた気がしたが、それだけ。
それきり会話は途切れ――ほどなく佐久間さんの声が響いた。
どうやら終着点に辿り着いたようだ。
龍の光線が一枚の分厚い鉄扉を照らし出す。
ここを導き出したのは俺なのだから当然かもしれないが、全員の視線が集まるのを感じる。
まだ、全てが分かったわけではない。むしろ分かっていないことの方が多い。
ここからは、俺が最も苦手とするアドリブ力が試される。
それでも――だからこそ、ここを乗り越えないと俺は前に進めない。
なりたい自分になるために。
鉄扉に手を添え、押し開いた。
「……っ」
そこは地獄だった。
三十畳はあろう広い正方形の部屋。
天井には仄赤い光を放つ豆電球が釣り下がり、部屋全体を血の色に染め上げる。
隠し通路同様、壁全体を覆うようにして骸骨が立ち並べられ、部屋の中央には丸と四角、解読不能の言語で構成された巨大な魔方陣が描かれていた。
そしてその魔方陣の前には、この異様な部屋には不釣り合いな普通の椅子が置かれ――英樹さんが座っていた。
彼は目を閉じており、俺たちが部屋に入ってきたことにも気づかぬ様子で、部屋と同化しきっている。
見た目はただの年老いた老人。なのに、纏う迫力はこの世のものとは思えないほど、圧倒的だった。
体が震える。心が挫けそうになる。
でも、その事実が俺に戦う力を与えてくれた。
「英樹さん。瞑想中のところすみませんが、少々お時間よろしいでしょうか」
「……なんだ」
流石に眠っていたわけではないらしい。
ゆっくりと瞼を開いた彼は、俺たちの姿を認めると、僅かに顔をしかめた。
俺は一歩前に踏み出すと、床に描かれた魔方陣に目を向けた。
「正直、ここに来るまで何をすべきか分かっていなかったのですが、今はっきりしました。俺は、あなたの野望を食い止めるためにここに来ました」
「野望、か」
「はい。でもその前に一つ確認させてください。三人を殺したのは、いえ、イリスさんを殺したのはあなたですか?」
「そうだ」
突発的な質問にも即座に答えが返ってくる。
英樹さんに動揺の色は見られず、むしろ俺の周りの人たちから狼狽した声が上がった。
「ちょっと待て。なぜイリスだけなんだ。どう考えても全員こいつが殺してるだろ」
「それに彼がイリスさんだけを殺したなら、万里さんとアリスさんは誰に殺されたんだい?」
クラフトさんと有馬さんから疑問の声が飛ぶ。
俺はそれらの問いに答えず、じっと英樹さんを見つめた。
「英樹さんの顔。こうしてしっかり見るの、初めてかもしれませんね。やっぱり、アリスさんともイリスさんとも、全く似ていません」
「二人は妻に似たからな」
「そんな言い訳しなくていいですよ。アリスさんもイリスさんも、あなたの本当の娘ではなかったんですよね。というより、あなたは彼女たち二人を殺すために、俺たちを黎深館に導いた。違いますか?」
「……」
今度は、すぐには答えが返ってこない。
最初から攻めすぎたかと一瞬悩むも、思いのままに言葉を紡いだ。
「アイリスさんもイリスさんも、俺が人生で見た中で、テレビに出る芸能人も含めて間違いなく一番の美貌の持ち主でした。あんな絶世の美女が今のネット社会で、表に出ることなく、顔も名前も知られてないなんてありえない。そう断言できるほどに」
「プライバシーの権利がある。いくら美人だからと、それだけで世に流出するわけでもあるまい」
「そうですね。でも、アリスさんがネットを活用していないとは思えません。彼女は自分が人一倍努力していることに誇りを持っていた。そんな彼女が、より自らの価値を高められるネットの力を使わないわけがない」
「それは君の勝手な意見だ。実際使っていない以上、アリスなりの考えがあったのだろう」
なかなか認めない英樹さんにしびれを切らし、俺は大きく息を吐いた。
「……正直、この話はあっさり流してほしかったんですけどね。じゃあ聞きますが、二人の通ってきた小学校、中学校、高校の名前を教えてください」
「……」
「答えられませんよね。二人とも今日殺す気でいたあなたは、そこまで設定を練りこんでいないから」
「だとしたら、どうだと」
「別に。これから俺が話す内容が、ただの妄想から現実に即した推理に近づくだけです」
大きく息を吸い、脳に酸素を回す。
それからようやく後ろを振り返り、二人の疑問に答えた。
「英樹さんがイリスさんしか殺していないと考えた理由は簡単です。彼には、イリスさんは殺せても、アリスさんと万里さんを殺すのが難しかったからです」
「……悔しいが全然話についていけてないんだが。なぜ二人を殺すのが難しいんだ」
クラフトさんが左手で眉間を押さえながら尋ねてくる。
「まずアリスさんも万里さんも、ベッドの上でなく床の上で殺されていました。万里さんについては、服装も寝間着に着替えておらず、いつでもこの館から出られるよう準備もしていた。つまりどちらも寝込みを襲われたわけでなく、起きているところを襲われたんです」
「それは分かってる。だからこそ鏡から奇襲したんじゃないのか」
「クラフトさん、俺がこの館にある鏡がマジックミラーなんじゃないかって言った時、驚きもせず、すぐにペンライトを取り出しましたよね」
「ん、まあそうだな」
「知ってた、とまでは言わずとも、予想はしてたんじゃないですか? 見るからに怪しい建物に招待され、そこにはこれ見よがしに目立つ鏡がいくつも置かれていた。これを気にしないでいられるほど、警戒感が無いとは思えないんですよね」
クラフトさんと玉藻さんは一度顔を見合わせると、二人して同じような悪党面を浮かべた。
「まあ」
「気づいてないわけないね」
「いやそんなドヤられても――じゃなくて、当然万里さんも鏡については警戒していたって話です」
俺みたいな一般人はただ鏡が多いな程度の印象しか持たなくとも、詐欺師である彼らは違う。使えるモノはなんでも使う主義の彼らは、些細な違和感も見逃さない。
まして俺に危機感を煽られた万里さんが、籠城する部屋を調べないはずがない。
クラフトさんは納得したように何度か頷いた後、ふと首を傾げた。
「万里も見た目のわりに素人ではないからな。鏡にも警戒していただろうし、簡単に奇襲を許したとは思えない。それは認める。だが、なら誰が殺せたと考えているんだ?」
「警戒していた彼女の心を、容易く懐柔できる人です」
俺が即答すると、クラフトさんは疑わし気に首を振った。
「懐柔? この僕でも警戒中の同業者を説き伏せるのは容易じゃ――」
「いたじゃないですか。誰であろうと、その美貌で誑かせることのできる魔性の女性が」
「それって、まさか」
「水鏡アリスさん。彼女が万里さんを殺したんです」
ざわりと、部屋が揺れる。
まだ皆が考えをまとめ切れていないことを知りながら、俺はさらに推理を続けた。
「先の英樹さんとの会話から皆さんも理解してくれたと思いますが、アリスさんもイリスさんも英樹さんの娘ではありませんでした。では彼女たちはいったい誰で、どうしてこの館に来ていたのか。おそらく、彼女たちは英樹さんの儲け話に乗ってやってきた、詐欺師だったんです。同じ詐欺師である皆さんを騙し、その金を殺して奪い取るのが目的だった」
「……それは、随分と突飛な発想だね。うちが言うのもなんだが、詐欺師なんて、まして人を殺すタイプの詐欺師はそうそういないと思うよ」
玉藻さんがなんとも言えない表情を浮かべながらそう口にする。
俺は彼女の言葉に賛同するように頷くも、「でも他に万里さんを殺せた方はいません」と断言した。
「英樹さんとアリスさんたちに血の繋がりがない以上、彼女たちが堂々と嘘をついていたことは間違いないんです。そして嘘をついていた理由を考えた時、可能性は二つしかありません。彼女たちが役者として雇われていたか、詐欺師として俺たちをはめるつもりでいたかの二択。そしてこの二択でどちらがより真実に近いかと言えば、確実に後者になる。あの二人がもし役者であったのなら、間違いなく俺たちも知っていて当然の有名人になっているはずですから」
「……」
完全に納得――という表情を浮かべている人はあまりいない。ただ、どこか腑に落ちないと感じつつも、それを否定する要素がなく口を開けずにいる。
まずは及第点。俺は自分の推理に軽く評価をつけてから、さらにアリスさん殺しの犯人について言及した。
「万里さんは深夜尋ねてきたアリスさんに篭絡され、結果隙を突かれて殺された。ではアリスさん自身はなぜ、誰に殺されたかと言えば、これはイリスさんに殺害されました。動機はシンプルに、怨恨です」
「待ってくれ斎藤さん。それだと直前の話と矛盾しないかい? アリスとイリスは二人とも詐欺師だったのだろう? 二人が双子で瓜二つなことからしても別々の詐欺師ではないだろうし、どうして仕事の最中に仲間を殺すような真似を――」
「そんなの分かり切った話です。英樹さんに唆されたから。その一言に尽きます」
有馬さんの問いかけにあっさりそう答えると、俺は再び英樹さんへと顔を向け、「違いますか?」と尋ねた。
彼は「違う」と答えることはせず、代わりに「なぜそう考えた」と詰めてきた。
「こちらも万里さん殺害と同じです。誰ならアリスさんを殺せたか? 彼女は床で倒れており、ベッドの上は綺麗でした。つまり寝込みを襲われたわけじゃない。さらに部屋の中も争った形跡が見られなかったことから、犯人は起きている彼女を、抵抗する隙も与えず殺したことになる。彼女の部屋にすんなり入ることができ、さらに油断しているところを襲える人は、この館に一人しかいない。アリスさんの共犯であり、唯一無二のパートナーであるイリスさんしか」
パートナーとは言えずとも、共犯という意味では英樹さん自身も当てはまる。ただ、彼ではないことを俺は確信していた。
昨日の相澤さんとの通話時。彼女はアリスさんの発言の全てが嘘であると証言していた。それ即ち、アリスさんが英樹さんを信頼しているという発言も嘘だったということ。
共犯関係であっても、彼女は英樹さんを警戒していた。そんな彼女が、英樹さん相手に無抵抗で殺されるとは到底思えない。
ただこの推理は、相澤さんの証言を聞いた俺だから導けたこと。彼女の証言を聞いてない人たちは納得してくれないんじゃないかと不安だったが――意外にも、誰からも異論は挟まれなかった。
「イリスさんがアリスさんを殺した動機。それは、彼女自身が俺に語ってくれたことがそのまま理由だと思います。つまり、彼女はこれまで欲しいものをことごとく姉であるアリスさんに奪われていた。その恨みが、英樹さんに唆され爆発した」
これについては完全に俺の想像。彼女たちが俺たちを騙していたことを理解した上で、イリスさんからアリスさんへの、アリスさんからイリスさんへの評価についてだけは、どちらも嘘だとは思えなかった。
ここでも相澤さんチェックを入れられていれば良かったのだが、そこは仕方がない。充電の問題もあり、常に通話を繋げているわけにもいかなかった。そもそも彼女の負担が大きすぎるし。
だから完全に俺の主観でしかなく、否定されても言い返せない。
ただここも、皆動機にはそこまで興味がなかったようで、誰も口を挟まなかった。
内心で大きく安堵の息を吐きながら、俺は推理を最終段階へと進める。
「さて、最後はイリスさん殺害について。この殺害で大事な点は、イリスさんが殺された場所と時間です。知っての通り、イリスさんはアリスさんの部屋で、彼女の上に重なるようにして殺されていた。それも俺が部屋から離れた瞬間を見計らって。これが意味することは、イリスさんは突発的に殺された可能性が高いということです」
「どうしてだ? むしろ短時間に行われたのなら、突発的でなく計画的だったんじゃないのか?」
クラフトさんが疑問の声を上げる。
俺は小さく首を振った。
「イリスさんはそもそもその存在を知られていませんでした。まずもって、彼女を殺す計画を立てること自体が不可能です。逆に俺と彼女が接触する前からその存在を知り、殺そうとしていたなら、もっと早く殺していた、いえ、殺せていたはずです。わざわざ俺が近くにいるあのタイミングで殺す理由は一つもありません。加えて、イリスさんがアリスさんの部屋を訪れたのは俺が提案したからで、彼女はむしろ見に行くことに消極的でした。つまり、イリスさんがアリスさんの部屋に、あの時間に訪れることは誰にも予想できなかったんです」
「それって、英樹さんにも無理ってことにならないかい?」
有馬さんが口を挟む。俺は「はい」と、素直に肯定した。
「……でもさっき、イリスさんを殺したのは英樹さんだと言っていたよね?」
「ええ。つまり俺の推理はこうです。英樹さんは偶然あの部屋にいて、隙だらけのイリスさんと遭遇した。だからついでに殺したのだと、そう考えています」
「ついでって……」
信じられないといった面持ちで、有馬さんが俺と英樹さんの顔を交互に見回す。
相変わらず英樹さんから反論の言葉は飛んでこず、早く続きを話せと言わんばかりの視線が投げかけられる。
なら遠慮はいらない。俺は一息に考えを吐き出した。
「なぜ偶然とはいえ英樹さんがアリスさんの部屋にいたのか。それは、アリスさんの死体が欲しかったからです。イリスさんを唆してアリスさんを殺させたのも、その理由から。ではなぜ死体が欲しかったのか? ついさっきまでそれが分からずどうしていいかはっきりしませんでしたが、この場所を見て理解しました。英樹さんは、彼女たちを生贄に捧げたかった。神を降ろすために」
赤い照明、無数の骸骨に囲まれた、異形の部屋。
その中心に魔方陣が描かれていれば、誰だってその目的には察しが付く。
俺は人差し指を上に向けた。
「この館の名前、『黎深館』だそうですね。どこからどう見てもビジネスホテルにしか見えないこの建物には、正直全然似合わない名前だと思っていましたけど、あなたの目的を考えれば明快です。本当の名前、というか書き方はこうですよね。神を降ろし、隷属させるための館で、『隷神館』。この館は最初から生贄を捧げるための舞台装置だった。そして人知を超えた美貌を持つアリスさんとイリスさんが今回の生贄であり、俺たちは彼女をここに呼ぶための餌でしかなかった。違いますか?」
「違わない」
ズンと、心臓を握り潰すかのような、重厚な声が即座に返ってくる。
呼吸がうまくできず、軽くせき込む。
いろいろと、頭は回り切っていない。ただ、大きな山を乗り越えたことは察し、いくばくかの安堵と、それ以上の緊張が全身を包んだ。
ここまでは俺のターン。でもここから先は――
息をのみ、英樹さんの次の行動を待つ。彼は椅子から大儀そうに立ち上がると、自白を始めた。
「全て、君の言った通りだ。私はこの館で、神に捧げるにふさわしい、神すら飛びつくような極上の生贄を求めていた。以前は質より量かと考え、粗悪品を大量に仕入れていたが全て失敗していたからね。今回こそはと、質に重きをおき物色を続け、ついに見つけたのが彼女たちだった。男女問わず、一目見ただけで心を奪うことのできる美貌。良心の呵責なく嘘をつき、他者を傷つけられる残虐にして強靭なメンタル。神に捧げるのにまさしく最適な生贄だった。しかし彼女たちは、年老いた私より遥かに強く、警戒心も人一倍高かった。どうやって館に呼び込むか、そして亡き者にするか。考えに考えた末の答えが、この状況だよ。
どれだけ怪しい場所でも躊躇いなく足を運び、警察への連絡を嫌がり、多額の資産を持つ者たち――君ら詐欺師を呼び集め、彼女たちを誘う餌とした。無事に彼女たちを呼び込んでからは、それとなく二人の心理を探り、イリスがアリスに対して強い劣等感を抱いていることを見抜いた。そして斎藤君の考えた通り、彼女を唆してアリスを殺させた。ああ、万里君についてはアリスが勝手にやったことで、私自身は関与していない。まあ彼女もまた趣ある美の持ち主だったからね。死体は有効活用させてもらうつもりだが。
イリスについて、私が殺したというのも正解だ。アリスの死体を回収しに足を運んだのだが、そのタイミングでちょうど君たちが現れた。そしたらイリスが発狂し、見かねた君もいなくなったからね。これはチャンスだと考え彼女を殺したわけだよ。まあ、いつ君が部屋に戻ってくるか分からなかったから、死体の回収は後回しにして、その場はすぐに立ち去らせてもらったがね。
……ふう。こんなところで、答え合わせは良いかね?」
「……十分です」
まるで他人事のように、淡々と殺害計画、及び自身の殺人を語る英樹さん《異常者》に、俺は精一杯の返事を返す。
事の真相を知った他のメンバーも、驚きや状況把握に思考を割いており、全く言葉を発しない。
歪な静寂が数十秒続いた後、英樹さんが再び口を開いた。
「さて、この真相を知った君たちはどうするつもりだ? この館で起きたことを一切口外しないと誓うのなら、帰宅を許すが。ああそれとも、君たちもまた神の生贄となってくれるのかな?」
「……冗談でも笑えませんよ。勿論、警察に通報して逮捕してもらいます。当然、神を降ろす儀式なんてさせませんし、亡くなった彼女たちを生贄になんてさせません」
この場で馬鹿正直に正論を唱えることに不安を抱きながら、それでも俺は口にする。
この選択が、正しいと信じて。
英樹さんは眉間に深いしわを刻むと、大きく息を吐きだした。
「そうか、邪魔をするか……。では谷上よ、殺せ」
「承知しました」
突如、真後ろから、ここにいるはずのない人物の声が聞こえる。
いったいいつからそこにいたのか。
人を人と思わぬ上位種の眼差し。
館の執事である谷上さんが、銀色に輝くナイフを手に、深々とお辞儀をした。
彼は呆気にとられ動けずにいる俺たちの前で、淡々と腕を薙ぐ。
「っ!」
首が切られる感覚。
視界の隅で鮮血が舞う。
俺は思わず蹲り、首を手で押さえた。
死んだ。そんな思いが脳裏をよぎるも、いつまで経っても視界は暗くならない。
恐る恐る首を押さえていた手を見れば、血は一切ついておらず。
慌てて立ち上がり周囲を見回すと、英樹さんの額に深々とナイフが突き刺さっている姿が映りこんだ。
全く、何が起きているのか分からない。
この思いは流石に俺だけではないようで、百戦錬磨の詐欺師たちも皆、状況についていけず口を半開きにしていた。
時が静止した空間を、谷上さんだけが、ゆっくりと歩いてゆく。
彼は驚愕の表情を浮かべ死亡している英樹さんの腕をつかむと、そのまま引きずって魔方陣の中心まで連れて行く。
そして右の掌を虚空にかざし――
「谷上さん! このまま行ってしまうのですか!」
唐突に、佐久間さんの声が響き渡った。
思わず視線を向ければ、この場にあってはひたすら意味不明な、どこか寂しげな表情で谷上さんを見つめる佐久間さんの姿が。
谷上さんは振り返ることなく、しかし、確かにその声に応じた。
「ええ。ここでの役目は終わりましたので」
「それは……非常に惜しいことをしました。こんなに早くお別れになると知っていれば、もっとたくさんお声掛けしていたのに……」
「佐久間様とは車内で十分すぎるほどに話したと思いますが」
「そんな! あの程度では全く足りません! あなたのような方とお話しできる機会など今後一生ないかもしれませんのに!」
「その心配は不要でしょう。佐久間様が今後もこのようなことを続けるのなら、いくらでもその機会は訪れるでしょうから。それでは」
パチン
指を弾く甲高い音と同時に、仄赤い豆電球の光が消え、部屋が暗闇に包まれる。
どこからか強い風が吹きすさび、物理的に目を開けていること自体が困難に。
風が吹いていたのはたったの数秒。
しかし再び目を開けた時、部屋は昼光色の豆電球で照らされ、魔方陣と、その上にいた谷上さん、英樹さんの姿は影も形もなくなっていた。




