マジックミラー
玉藻さんはなかなか答えが出ないようで、しばらく沈黙が続く。
彼女の反応からすでに欲しい答えを得られていたため、俺もそれ以上語ることはせず、次の一手に備え頭を働かす。
すると、騒々しい音を立て佐久間さんと有馬さんが入ってきた。
「だからどうしていつも君が選ばれるんだ! 君みたいな異常者に人がついていくのか僕は納得がいかない!」
「それは違いますよ瑞樹君! 私は素晴らしい人生を歩む方々の道を舗装するアスファルトのようなもの! どなたも私を選んだわけではありません!」
「そんな屁理屈を聞きたいわけじゃない。大体君の舗装したアスファルトなんて地獄への一本道だろう。なぜ皆それが分からないのか」
俺たちの存在を忘れているかのように、二人の絶妙にかみ合わない議論が続く。
放置しておくといつまでも終わらなそうだったので、口を挟むことに。
「佐久間さんお疲れ様です。集められたのはこれで全員ですか?」
「はい! 谷上さんと英樹さんの姿はありませんでした!」
有馬さんとの会話を一瞬で放り投げ、佐久間さんは元気よく答える。
俺は小さく頷き、「皆さんに聞きたいことがあるのでお二人もこちらに来てください」と声をかけた。
今度は小声で言い合いを続けながら二人が近づいてくる中、玉藻さんが耳元で囁いてくる。
「なんだい、うちの返答にはもう興味無しかい?」
「ええ。こちらの提案に対して即答しなかった時点で、もう答えを言ってるのと同じですから」
「……全く、たった数時間の間に別人みたく覚醒したね」
「玉藻さんのおかげでもありますからね」
笑顔たっぷりに皮肉を返すと、彼女は呆れたように吐息を漏らした。
全員が集合したところで、俺はぐるりと皆を見回し、質問した。
「皆さんにお聞きしたいのは、イリスさんのことを知っていた方がいるかについてです」
「イリス? 確か、アリスの上で亡くなっていた双子の妹だったか?」
「そうです。彼女のことを元から知っていた、もしくは昨日どこかで見たという方がいたら教えてほしいんです」
皆数秒考える姿勢を取ってから、各々口を開く、
「僕は知らないな。そもそもアリスすら夕食会で見るまで知らなかったし、その後一度も会っていないからな」
「うちも同じく。信用できないとは思うけどね」
「いえ、信じますよ」
クラフトさんと玉藻さんの言葉に頷く。
佐久間さんと有馬さんを見ると、二人も首を振った。
「食事会の後、一通り館内を見て回ったけど、イリスさんとは会ってないよ」
「私も彼女とはお会いしておりません! 昨日は部屋でぐっすりでしたので!」
「分かりました」
相変わらず佐久間さんの言葉は嘘くさいが、昨日のイリスさんとの深夜雑談からして、佐久間さんと接触があったとは思えない。ひとまず信用することに。
「つまり、この場にいる誰一人としてイリスさんの存在自体知らなかった、ということですね」
「そうなるね。でも、単に英樹さんが隠していただけじゃないのかい? この館では、彼女はいないものとして扱われていたんだろう」
すでにイリスさんとの出会いについて俺から話を聞いていた有馬さんが、そう疑問を呈す。
俺は顎に手を当て黙考後、昨日から今朝の死体発見までの流れを簡潔に説明した。
聞き終えると同時に、クラフトさんが、
「なんだその都合のいい話? そんなのお前が犯人だと言ってるようなものじゃ――」
「馬鹿。今はそんなヤジいらないんだよ。ほら、続けな」
そう口を挟んできたが、玉藻さんが頭をはたき黙らせてくれた。
俺は軽く頭を下げてから話を元に戻した。
「今説明したように、イリスさんは自分が今日死ぬかもしれないと考えていました。そして守ってもらう相手として俺を選んだわけですが、気になったのは選んだ方法です。というのも彼女は、俺を含めた皆さんの行動を見た中で、俺が一番まともだと判断したから声をかけたそうなんです」
「なるほどね。要はうちらに、イリスから見られていたことに気づいていたかどうか聞きたかったわけだ」
瞬時にこちらの意図を汲み取った玉藻さんが、したり顔で頷く。
俺も頷き返すと、
「気分を害されるかもしれませんが、この場にいる皆さんは人の視線にかなり敏感な方たちだと思っています。そんな皆さんを、ばれることなく一方的に監視するなんて可能なのかって、疑問だったんです。もしかしたら俺が鈍くて気づいていないだけで皆さんは気づいてるのかとも思いましたけど」
「誰も気づいてなかった、と」
「はい。それで少し考えました。どうすれば皆さんのことを、ばれずに一方的に監視できるのか。そんな都合のいい道具が、置かれていないかって」
俺は緩慢な動きで、あるものに目を向けた。
「それで思ったんです。この館のどこにいても必ず目に入る鏡。これ、実はマジックミラーなんじゃないかって」
「ほう。ならこの僕が調べてやろう」
叩かれた頭がまだ痛いのか、やや引きつった笑みを浮かべながらクラフトさんがごそごそとポケットを探りだす。精巧な龍の形をしたペンライトを取り出すと、部屋一面に張られた鏡に近づいた。
クラフトさんのやろうとしたことを察した玉藻さんが、部屋の電気を消す。暗くなった部屋の中、皆クラフトさんの近くに集まった。
「ここにいるメンバー相手に説明など不要だろうが、一応説明させてもらおうか。普通の鏡とマジックミラーの見分け方は簡単だ。マジックミラーは普通の鏡に薄い金属膜のコーティングをし、光を部分的に反射させ、残りを透過させたものにすぎない。つまり鏡自体に裏表はなく、鏡を隔てた二部屋の光量の差で見え方が変わる仕組みだ。ゆえにこちらの部屋を暗くし、反対の部屋を明るくしてやれば、見え方は反転する。そして僕特性のこのペンライトは、通常のペンライトよりも遥かに強い光を放つことが可能。さて、診断と行こうか」
龍の腹部を押すと、口から光線を吐くかのように光が生み出される。さらに数度腹部を押すと、直視できないほど光が強くなった。
そのペンライトを鏡に近づけ――
「ひっ」
隠されていた反対の部屋が見えると同時に、数人の口から悲鳴が漏れる。
鏡の先の部屋は、漆黒の眼窩でこちらを無表情に見つめる、無数の骸骨で埋めつくされていた。
流石に想定していなかった光景に、皆息をのんで立ち尽くす。
静寂が部屋を支配する。
眼前の光景を理解しきれず俺が動けずにいると、不意に耳元で「次はこの部屋に入ればいいのですよね」と囁かれた。
衝撃的な光景で目的を見失いかけたが、声の言う通り次はこの部屋に入る必要がある。今この場にいる全員が思い浮かべているであろう犯人は、まず間違いなくこの先にいるのだから。
声に対し小さく肯定の返事を返すと、気配がふっと消える。
アリスさんも万里さんも部屋の中で殺されていた。殺されることを警戒していた彼女たちがやすやすと犯人を部屋に招き入れたとは思えないため、犯人は隠し扉や合鍵を使用して侵入した可能性が高い。
そう考えた時、このマジックミラーは隠し通路として非常に怪しい。イリスさんが急に廊下に現れ、目を離したすきに消えたこと。また、俺がトイレに行った間にイリスさんをひっそり殺せたことを考えると、どこかに鏡を開閉するスイッチがあり、安易に行き来できる可能性が高い。
だから次は皆でスイッチを探して、
「皆様! どいてください!」
「!?」
警戒を促す声とほぼ同時に、鏡が粉々に砕け散る破壊音が鳴り響いた。
誰もが呆気にとられる中、破壊音を奏でた犯人――もとい佐久間さんは、椅子を片手に額をぬぐい、
「それでは皆さん、三人を殺した犯人、水鏡英樹さんの元に向かおうじゃありませんか!」
意気揚々と音頭を取った。




