覚醒
「それで、これからどうされるのですか?」
「三人を殺した犯人を暴いて、不幸の連鎖を断ち切ります」
死んだ人の命は戻らない。でも、今生きている人の命は、助けられる。
「まだ皆、食事処に集まってますか?」
「いえ、すでに解散して各自で動いていますよ」
「ならすぐに全員を食事処に集めてください。見つからなければそれで構いません」
「承知致しました」
佐久間さんは芝居がかった丁寧なお辞儀を残し、颯爽と駆け出していく。
まだ犯人については影も形もつかめていない。その一方で、あの人が犯人だという根拠ゼロの予感はあった。
この予感を確かめるために話したい人は決まっている。でもそれより先に、やるべきことがある。
大きく深呼吸を一つ。
俺は扉を開け、万里さんの死体を確認する。
彼女の死体も、アリスさん同様、部屋中央付近の床の上に横たわっていた。
昨日最後に会った時と同じ服装。アリスさんイリスさんとは異なり、刺殺でなく絞殺。首には太い縄のようなものが巻き付いていた。
表情は苦悶に満ち、なぜ自分が殺されたのか理解できない、そんな思いがありありと伝わってくる。
少し顔に違和感があるように感じたが、理由はすぐに分かった。メイクが完全に落ちている。おそらく俺の訪問の後、寝る気になってメイクを落としたのだろう。それで印象が変わっていた。
俺は手を合わせ、目を閉じ、黙祷を捧げる。
一分以上経過してから目を開けると、「ごめんなさい」と謝罪し、部屋を後にした。
廊下に出る。視線を感じてそちらを見れば、見慣れた巨大な鏡が。自室で見た時より目に力を宿した俺自身が、こちらをじっと見ていた。
俺は鏡に向かって人差し指を向け、声を出さず口だけ動かす。
それから食事処へと向かって走り出した。
食事処にはまだ誰もおらず、俺は広い部屋の中で大きく伸びをした。
やりたいことは決まり、心構えも先ほどまでとは大きく異なっている。もう、簡単に折れたりはしない。逃げ出したりしない。とはいえ、それで俺自身の能力が向上したわけじゃない。ゲームみたいに分かりやすくレベルなんて上がらないし、新しい技を覚えたりもしない。
だからこれからの戦いは、苦戦必至となるのが目に見えている。
何せ対する相手は連続殺人犯か、そうでなくとも海千山千の詐欺師と奇々怪々な館の主。心構えなんて、いくらしても足りない相手だ。
少しでも冷静に対話できるよう、あらかじめ無数の対話パターンを脳内で形成しておく。それから電話が通じるか試すべく、相澤さんにも連絡を取った。
一通り準備し終えたタイミングで扉が開き、玉藻さんとクラフトさんが部屋に入ってきた。
二人は俺の姿を認めると少し驚いた表情を浮かべる。しかしすぐに不敵な笑みを浮かべた。
「おや斎藤さん。随分と元気そうじゃないか。ショックを受けた演技はもうしなくていいのかい?」
「はい。おかげさまでそんなことしてる場合じゃないって思い出しましたから」
初手で皮肉が飛んでくるのは想定済み。
笑顔で切り返すと、彼女はますます笑みを深めた。
でも、まず話したいのは彼女じゃない。
俺はクラフトさんに視線を合わせ、「外、晴れましたね」とにこやかに言った。
「……喧嘩を売っているのか」
予想通りクラフトさんは青筋を立て睨んでくる。
俺は軽く首を横に振り、「違いますよ」と否定した。
「単に気になったんです。クラフトさんが、自分の予知が外れた原因をどう考えているのか」
「……言い訳をする気はない。僕の腕がまだまだで、十分なオーパーツになっていなかった。それだけだ」
「それはつまり、自身の予知が外れたと認めるってことですか?」
「言ったはずだ。言い訳をするつもりはないと。僕の予知は、間違っていた」
「へえ、素直に認めるんですね。それじゃあ因みに、三人を殺したのがあなたかどうか教えてくれませんか?」
「何?」
異常者を見るような目で、クラフトさんは俺を見つめる。
本来立場が逆なはずだが、今ばかりは仕方がない。
俺は笑顔でもう一度尋ねた。
「だから三人を殺したのがクラフトさんなのか聞きたいなって」
「そんなわけないだろ」
吐き捨てるように彼は否定する。俺は「違うんですか」と首を傾げて見せた。
「当たり前だろ。彼女たちを殺して僕に何のメリットがある。僕は今日、誰も死なないと予知したんだぞ」
「それは知ってますよ。でも、そう言うことで、自身を容疑者から外そうとしていたとも考えられますよね」
「お前頭おかしいのか? だから何のために僕が彼女たちを殺さないといけないんだ」
「実は玉藻さんとグルで、三人を殺すことで分け前をもらおうとしてたとか」
「はっ。僕がこいつとグル? ありえないね」
クラフトさんは大げさに肩をすくめた。
「こいつの前で殺人なんか犯して見ろ。一生ゆすられて身の破滅だ。やるわけがない」
「ゆするだなんて心外だね。友人が警察に捕まらないよう、口を噤む代わりにちょっと支援してもらうだけさ」
にやにやとした笑みを浮かべる玉藻さんが口を挟む。
ほらなというように、クラフトさんはこれ見よがしに顔をしかめる。
俺は一人小さく頷くと、質問の矛先を玉藻さんに変えた。
「じゃあ次は玉藻さん。教えてくれませんか? あなたの目的を」
「目的? そんなのうちの未来予知の力を示して、お金をもらうことだけど」
何を当然の質問をと、彼女は鼻を鳴らす。
俺は記憶を掘り起こし、万里さんの言葉をぶつけた。
「万里さんが言ってました。予知能力者には、五十パーセント当たる予知をする人と、百パーセント当たる予知をする人がいるって。そして玉藻さんは後者だと」
「あの子がそんなことをねえ。ま、事実ではあるよ。うちの予知は絶対外れないからね」
「絶対外れない予知なんてありません。あるとすれば、予知が当たるように仕組んでいる場合だけです」
言われ慣れた反論だからか、玉藻さんは大げさにため息を吐いた。
「あんたも有馬みたいなこと言うねえ。そんなこと言うなら、まずはうちが仕組んだ証拠を出せって話なんだけどね。大体予知が当たったところで百万か多くて一千万。三人殺すほどの価値なんてないだろうに」
「その通りです」
呆れ果てた彼女のため息に被せる様に、俺は大きく頷く。
同意されると思っていなかった玉藻さんが目を瞬かせる中、俺はさらに言葉を続けた。
「いくら大金を積まれたって、この日本で人を殺すなんて、割に合うわけがないんです。日本の警察は優秀だし、容疑者になれば一生追いかけ回されますから」
「だったら――」
「でも、玉藻さんの予知は百パーセント当たる。つまりあなたが彼女たちが死ぬように手を打ったのは間違いないんです」
「はあ。結局うちが殺したって言いたいわけだろ。なら証拠を早く見つけて来いって」
「だけどやっぱりおかしいんです」
また玉藻さんの言葉を遮り、強引に話を進める。
「警察に捕まることなく予知の言葉通り人を殺すのであれば――殺せるのであれば、それは予知能力者でなくただ不可能犯罪を得意とする殺人鬼です。予知能力者なんて肩書は不必要で、殺し屋として生きればいい。だからあなたは殺してない。なのに三人もの人が死ぬと予知し、実際に三人が殺された――この矛盾を説明する方法は一つ。あなたは知っていたんです。彼女たち三人を殺そうとしている者がいることを」
ようやく、彼女の目に警戒の色が宿る。
無理やり組み立てた即興推理があながち間違いでないことを察し、脳内で取捨選択を進める。
それを悟られないようじっと彼女の顔を見つめていると、玉藻さんはゆっくり首を横に振った。
「分からないね。その理屈だとうちは犯人を知っていて指摘しないわけだろ。にもかかわらず三人殺されると被害者側にも警告を送っている。矛盾してるじゃないか」
「別に矛盾してません。むしろこれこそがあなたの手口の正体、両賭けです」
「……」
すぐには反論が返ってこない。
これ幸いにと、挑発的に言葉を続けた。
「あなたからしてみればどっちに転んでも美味しいんですよ。犯人が殺人に成功すれば予知成功で名声が高まる。失敗したなら自分の予知のおかげで運命が変わったと言って、被害者に恩が売れる。非常にシンプルで、小狡い方法です」
「……言ってくれるね」
玉藻さんは目を妖狐のように細めると、ぺろりと舌で唇を湿らせた。
「悪いけど、そんな雑な推理ではいそうですかとは言ってやれないよ。大体どうやってうちがそんな殺人鬼と知り合いになるっていうんだい」
「玉藻さんなら簡単じゃないですか。予知すれば誰がいつ誰を殺すのか分かるんですから」
「……あんた、うちの予知能力を否定してるんじゃなかったのかい」
「はい。でも玉藻さん自身は否定できませんよね。あなたは自分に予知能力があるって言ってるんですから。それとも予知能力がないって認めますか?」
「話がおかしな方に転がってるよ。うちの未来予知が本物であることを前提とするなら、この会話自体が無意味だろうさ」
「そうですね。だから最初に目的を聞いたんです」
「はあ。さっきから何を言ってるか理解できないんだけど」
「玉藻さんの未来予知が本物であるなら、彼女たち三人を殺した犯人を教えてください。お金ならいくらでも払いますので」
玉藻さんはピタリと口を結び、無表情で俺の顔を見つめる。
敏い彼女のことだ。俺の言いたいことを理解し、どちらにつくべきか計算を始めたのだろう。
だから後は、その背中を押せばいい。
「あなたが犯人の協力者でないなら、この提案を――商談を断る理由はありませんよね。玉藻さんは自身の未来予知の力で一方的に犯人を知っているだけ。それを話したところで契約違反でも裏切りでもないのだから、単にもらえる額が増えるというメリットしかない」
「……」
「でも、もしあなたが未来予知を使って一方的に知ったのではなく、犯人から彼女たち三人を殺すと伝えられ知っていたのなら。この商談は受けられませんよね。利敵行為になりますし、どんな制裁を下されるか分からないから」
「……仮にうちが犯人から三人を殺すと聞かされ手伝ってたとすると、死ぬ予知をした時点で利敵行為になるんじゃないかい。被害者に警告してるんだからさ」
「なりませんよ。だって、予知なんて本気で信じる人いませんから」
笑顔でそう返すと、玉藻さんは小さく苦笑いを浮かべた。




