提案
「おはようございます」
「おはよう……ございます?」
時刻は朝八時。
寝ぐせというわけではないのだろうが、前髪で顔を覆った姿で現れたイリスさんに、俺は戸惑いつつ挨拶する。
彼女は髪に隠れた顔の前でワタワタと手を振った。
「あの、これは、カモフラージュです!」
「カモフラージュ?」
「はい。姉の姿と少しでも違う格好をしていれば、私が狙われることはないかなって」
「なるほど。でもまず、アリスさんが狙われてるって前提は正しいんですかね?」
玉藻さんとアリスさんの予知を除けば、そもそもここで殺人が起きる可能性自体が限りなくゼロに近い。
予知能力者同士はある程度面識を持っているようだが、彼らと水鏡家は今回が初対面の様子。殺すほどの縁や恨みを買っている人がいるとは思えない――佐久間さんを除けば。
「そもそも、アリスさんは予知を信じているならなんで今日この館にいるんでしょうか? 予知能力者に助けを乞うより、今日だけでも別の場所に逃げた方が確実だと思うんですけど」
「それは……姉が、死ぬ予知に救われてきた面もあるからだと思います」
「救われてきた?」
今すぐでないとはいえ、若いうちに死ぬことが確定しているなんて恐怖でしかない気がするが。
自信があるわけではないようで、イリスさんはゆっくりと、言葉を紡いでいく。
「だぶんですけど、姉にとって自身が死ぬ予知は呪いであり、救いでもあったんじゃないかって思ってて。どれだけ無謀で危険なことに挑戦しても、今日までは死なないと知っていた。だから姉はなんにでも自信をもって挑戦することができた。そして実際、今日まで成功を収めてこれた、から」
「なるほど……。今まで予知を信じてきたがゆえの恩恵を受けてきたからこそ、たとえ自分が死ぬ未来であったとしても、そこから大きく外れるような行動はしたくないと。そっちの方が、何が起きるか分からなくて不安だから」
「その、勝手な想像なのであってるか分からないですけど……」
「いえいえ、凄く納得できました」
本当に彼女に未来予知の力があったのなら、その考え方は自然だと思う。本当に未来予知の力があったなら。
俺は少し考える姿勢を取ってから、イリスさんに提案した。
「あの、嫌かもしれませんけど、今から、というか今日一日はアリスさんと一緒にいませんか?」
「え……」
髪に隠れて表情は見えないが、声だけで曇り顔が目に浮かぶ。
二人の関係性を考えれば仕方ないことではある。それにアリスさんはイリスさんのことを嫌っているようにも見えた。近づくこと自体が、イリスさんからすれば命の危機に匹敵するのかもしれない。
それでも――
「アリスさんの思惑がなんにしろ、今日という日が大きな転機になるのは間違いないと思うんです。だからこそ、今日なら二人も本音で話せるんじゃないかって。イリスさんの今後を考えたら、話しておいた方がいい気がするんです」
深夜の雑談で、互いの弱みを思う存分さらけ出した結果。俺はイリスさんにどっぷりと感情移入してしまっていたから。このままにしておきたくないと、そんな気持ちを抱いていた。
イリスさんはしばらく黙っていたけれど、最後には小さく首肯した。




