残酷なお願い
「ああ。妹と、イリスと会ったのですね」
アリスさんから告げられていた606号室の扉を叩くと、すぐに彼女が中から出てきた。
イリスさんは階下におりていったため、もし彼女がアリスさんの演技であれば、ここから出てくることは不可能。つまりイリスさんが双子の妹というのは間違いないようだった。
俺の姿を認めると、アリスさんは満面の笑みを浮かべた。太陽の如き神々しさで、一瞬目がくらむ。
やっぱり直視するのは厳しいと感じた俺は、彼女が口を開く前にイリスさんについて切り出した。
アリスさんは数秒前の笑顔が嘘のように無表情になると、小さく息を吐きだした。
「まさか、あの子があなたに声をかけるとは。そんな勇気がまだ残っていたのですね」
「それって、イリスさんの話は本当ってことですか? 彼女が、この家ではいないものとして扱われてるって」
「そうですね。あえて言葉を選ばずに言わせていただきますが、あの子は私より遥かに不出来ですから。うちではいないことになっています」
否定されることを想定した中、想像以上に辛辣な返事を返され戸惑いの声が漏れる。
「なんで、そんな扱いを……」
「言っておきますが、強制したわけではないですよ。彼女が勝手に私にコンプレックスを感じて、何もしなくなった。努力せず、夢も目標もないあの子は、今では生きる屍です。期待をかければその重みに耐えきれず本当に死んでしまいそうなので、いないものとして扱ってるんです」
「……別に、俺も夢とか目標なんてないですけど」
「でも生きるための努力はしてますよね。大金を得るために、リスクを承知でこんな館まで来てるのですから」
「……」
その努力を否定された結果、イリスさんは努力をしなくなったんじゃないか。そう口をついて出そうになるも、寸前で押し止める。
俺は彼女たちのことを全く知らない。ここでアリスさんの言葉を否定するのはただの偽善、自己満足でしかない。
イリスさんに会ってからずっとざわついている心を、深呼吸で鎮める。
感情的になりそうな時こそ冷静さが大事。今何をすべきなのかは曖昧なままだが、アリスさんと対立することは、たぶん正解じゃない。
明日死ぬのは、彼女かもしれないのだから。
少しだけ落ち着いた頭で、改めて彼女を見る。目も眩むほどの美少女であることに違いはない。ただ先より、彼女の目が淀んで見えた。
「それで、あなたもイリスを選ぶんですか?」
「……え?」
急な問いかけに驚き、反応が遅れる。
沈黙を肯定と受け取ったのか、アリスさんは小さくため息を吐いた。
「結局、選ばれるのは弱い人なんですよね。能力のある人は、他人に頼ることを許されない。知ってました」
イリスさんと同じような言葉を呟きながら、アリスさんは空笑いを浮かべる。
「だからイリスのことは話さなかったんです。言えば取られるのは知ってましたから。ふふふ、私ってずるい女ですよね」
「そんなことは」
「ないのなら、私と一緒にいてくれませんか」
全てを呑み込むような、魔力に満ちた瞳。
呼吸をすることも忘れ、彼女の目を見返すことしかできない俺を、妖しい声が包み込む。
「イリスには悪いと思ってますよ。彼女と仲良くなろうとした人、守ろうとした人にはことごとく手を出してきましたから。でも、納得できなかったんですもの。努力して努力して、弱みを見せず、皆の期待に応え続けている私が、どうして何もできないと決め付け努力すらしない妹より蔑ろにされるのか。私の感情、間違ってますか? 間違ってますよね。知ってます。でも、そう思う気持ちは止められないんです」
彼女は俺から視線を外し、誰もいない部屋の中に目を向ける。
「斎藤さん。あなたが今私を見て抱いているその感情。それは私が、あなたにそう見せたいと望み、努力した結果です。イリスとは違う。血のにじむような努力の結果なんです。それだけは分かってほしい」
寂寞とした声に、心を揺さぶられる。
まるで役に立たない口は、ここでも気の利いた言葉を発することはなく、沈黙を選ぶ。
やがて、アリスさんは振り返り、
「今すぐあなたを虜にして、一日一緒にいていただくことは簡単です。でも、今回はやめておきます。私かあの子か、どちらが生き残るべきか。斎藤さん、じっくり考えて、決断してくれませんか?
そしてもし、私を選んでくれるなら。またこの部屋を訪ねてください」
そんな身勝手で、残酷なお願いを、完璧な笑顔と共に告げてきた。




