『未来が視える水晶』
「では、そろそろ催しを始めましょうか」
予定されていた時間から三十分が過ぎた頃、英樹さんが手を叩き音頭を取った。
谷上さんが手際よく料理を下げていき、部屋の一角にプレゼンをするための空間が設けられる。
商品を売りたい詐欺師たちにとってはここからが本番。
ピリリとした空気が流れる中、俺は真っ先に手を挙げ、一番手を名乗り出た。
「水鏡様、まずは私の『未来が視える水晶』から紹介させてもらえないでしょうか」
「うん、真っ先に声をあげる姿勢はいいね。スタートは斎藤さんにお願いしましょう」
「有難うございます」
深々と頭を下げてから、商品を持って用意された舞台に移動する。
俺はカバンの中から水晶を一つ取り出し、テーブルの上に置く。深呼吸がてら周囲を見回すと、佐久間さんからは期待に満ちた熱い視線が、詐欺師たちからはお手並み拝見とばかりの薄ら笑いを向けられていた。
最後に有馬さんと視線が合う。彼が小さく頷いたのを見てから、俺はゆっくり語りだした。
「既にご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、本日私が持ってきた商品は『未来が視える水晶』です。その名の通り、ある手順を経ることで、水晶の中に未来の情景が浮かび上がるという一品。今回はその手順を紹介するとともに、実際に皆さんにお試しいただきその効果を実感してほしいと思います」
仮に未来予知の力が存在したとして、それを口頭で伝えることしかできないのであれば、複数の解釈が生まれ言われた方も困るだろう。その点、この水晶は誰でも扱えるうえに、未来のことを視覚情報として得ることができる。
未来予知の中でも、比較的使い勝手が良く優秀な部類に分けられるはずだ。力が本物であれば。
「百聞は一見に如かずと言いますし、この水晶の実績や評判については割愛し、早速未来を視る手順をお教えします。手順、などと言ってしまうと必要な道具や適切な時間など、容易に未来を視ることはできないのではと不安にさせたかもしれません。ですが、ご安心ください。未来を視る手順は本当に簡単で、誰でも、今すぐに視ることが可能です。
手順はたったの三つだけ。
一つ。未来を視たいモノ、場所を頭の中でしっかり思い浮かべる。
二つ。思い浮かべたものの、何日後、何年後の姿を視たいのか口にする。
三つ。水晶に手を触れる。
たったこれだけ。これだけで、水晶にあなたの視たい未来が映し出されます」
「ほう。確かにそれはずいぶんと簡単ですね」
英樹さんが感嘆の声を上げる。
俺は内心の焦りを必死に押し殺しながら、水晶を持ってテーブルを離れた。
「それでは早速試していただきたいのですが、注意点が二つ。一つ目の手順である、対象をしっかり想起すること。これが不十分ですと水晶には何も映りません。また、未来を心の底から視たいという気持ちがなければ、これもまた水晶には何も映りません。それから、これは注意点ではないのですが、水晶に映る未来は、使用した本人以外には視えませんので、その点はご了承ください」
「つまり遊び半分で使うことはできないわけですか。まあそれは私たちには関係ないので大丈夫でしょう。それじゃあ有馬君、判定をお願いしてもいいかな」
「分かりました」
持っていた水晶を有馬さんに手渡す。
彼は水晶をテーブルの上に置くと、目を閉じてしばらく沈黙した。
図らずも、どこか神秘的で緊張感の漂う静寂が訪れる。
有馬さんは目を開くと、「十年後の、僕の未来を」と呟き、水晶に触れた。
二度目の静寂。
未来が視えるのは本人のみであり、今有馬さんの目に何が映っているのかはわからない。いや、何も映っているわけはないのだが……俺自身も、会場の空気に呑まれ始めている。
五秒、十秒、三十秒――
唐突に有馬さんは首を横に振ると、「何も見えません」と言った。
途端に弛緩した空気が部屋の中を流れる。
俺は気まずそうに頭を掻きながら、「今日は調子が悪いのかもしれませんね」などと言い訳した。
すかさず有馬さんが、「調子が悪い?」と険しい表情で詰め寄ってきた。
「お言葉ですが斎藤さん。あなたは先ほど三つの手順さえこなせば誰でも未来が見えると仰いましたよね」
「そ、そうですけど」
「ですがそれだけでなく、実際には水晶の状態によっても見える時と見えない時があると、そう言われるわけですか?」
「ま、まあそういうこともあるのかなって。もしくは有馬さんのイメージが不十分だったとか――」
「はあ、話になりませんね」
人間の屑を見るかのような、侮蔑しきった表情を有馬さんは浮かべる。
打合せ通りの反応ではあるのだが、あまりにも真に迫っていて少し泣きそうになる。
有馬さんは依頼主に目を向けると、「これは真っ赤な偽物です」と断言した。
「偽物、ですか」
「はい、よくあるインチキ商品です。使用者の気持ちや真剣さが足りないから効力が発揮できないなどと、うまく機能しない原因を商品でなく使用者に押し付ける。水晶に未来の情景が映るなどと言っていますが、これは使用者に望む未来を強く想起させることで、頭の中に思い浮かべた妄想を水晶に投影させようとしているのでしょう。強くイメージすればするほど、妄想と現実の区別はつかなくなりますから」
「ふうむ」
論破したというには少し強引な説ながら、これを否定できる手札はない。
もとより否定するつもりのない俺は、焦った演技をしながら首を横に振る。
そんな俺の姿を見て、英樹さんの天秤も一気に傾いたようだ。小さくため息を吐くと、悲しそうに首を横に振った。
「そうですか。それは残念です。では斎藤さんには申し訳ありませんが、その水晶は買わないことに――」
「ちょっと待ってください」
案の定、佐久間さんが口を挟んできた――かと思いきや、予想外にも声の主はアリスさん。
意表を突かれて固まる俺と有馬さんの前を、アリスさんが悠々と歩み寄ってくる。そして小さな声で何かを呟いたかと思うと、躊躇うことなく水晶を持ち上げ、じっと見つめ始めた。
十秒ほど水晶を凝視していた彼女は、ふと天使のような笑みを浮かべると、
「やっぱり。この水晶は本物です。間違いなく『未来を視る力』が宿っています。斎藤さん、予定通りこちらの水晶、十個ほどいただけますでしょうか」
そう、購入の宣言をした。




