夕食会
なぜか何も言わない佐久間さんに変わり、場の空気を変えたのは水鏡さんだった。
「ああそれと、もう一人ご紹介したい者がおりました。アリス、入ってきなさい」
部屋の外に向かって呼びかける。呼びかけに応じ、開いたドアから一人の少女が入ってきた。
「「「「……………」」」」
そこかしこで、息をのむ音が聞こえる。
俺自身、呼吸を忘れ、彼女に、思考と視界が釘付けになっていた。
背筋が凍るほど美しい少女。
長く艶やかな黒髪
薄茶色で儚げな眉
可愛らしさと美しさを両立したアーモンド型の目
シャープで毛穴一つ見えない鼻
上下のバランスが完璧で血色の良い唇
顔を構成する全てのパーツが究極の美を宿した、あまりにも現実離れした美しさ。長いこと見ていると自分の存在ごと呑み込まれてしまいそうで、俺は思わず後ずさっていた。
絶世の美少女は、招待客一人一人を品定めするかのように、ゆっくり見まわしていく。
そしてその顔は、なぜか俺を見たとき、笑顔に変わった。
「え……」
ゾクリと、体中が震える。
まるで魂を抜かれたかのような、異様な感覚。
正常に立っていることができきなくなり、テーブルに手をついて体を支える。
彼女はそんな俺を見てますます笑みを深める。だがそれは一瞬のこと。すぐに笑みを収めると、凛とした声で自己紹介を始めた。
「皆さま初めまして。水鏡アリスと申します。今宵は未来を視ることのできる貴重な品や、未来予知の力を持った超越者とお会いできると聞き、とても楽しみにしておりました。今から始まる夕食会でも、いろいろとお話を聞かせていただけると嬉しいです」
妖精が舞うような優雅なお辞儀をすると、会場からは自然と拍手が巻き起こった。
その後は水鏡さん、もとい英樹さんから今後の流れが伝えられ、夕食会が始まった。
また驚くべきことに、テーブルに並べられた数々の料理は全て谷上さん一人で作られたものだった。というより、黎深館の清掃から料理まで、全て谷上さん一人で担っているとのことであり、他に従業員は誰一人いないとのこと。
「いや一体どんな超人だよ!」と普段なら突っ込んでいるところだが、この館の雰囲気や住人の異質さを考えると、妙に納得できてしまい、ひたすら感嘆するにとどまった。
夕食会が始まると、三つのグループに分かれ歓談が行われた。
英樹さんには玉藻さんと万里さんが付き、アリスさんにはクラフトさんが付き話を盛り上げている。
そんな中、俺と佐久間さんは有馬さんと同じ卓で談笑していた。
「いやあ本当に驚きました! お顔を拝見したときからもしやと思っていましたが、まさか本当に瑞樹君だったとは! 前回お会いした時とはかなり風貌が変わっていたもので気づけませんでした!」
「そうだね。あの後僕も変わらなきゃと思って、見た目も話し方も一新したから。喜一郎君は相変わらずみたいだね。まるで空気読まないところとか」
「そんなことありませんよ! 私も今では一端の社長です! ここにいる頼一さんをはじめ、二人もの優秀で尊敬できる部下にも恵まれました!」
「そうみたいだね。正直喜一郎君と一緒に働こうなんてする奇特な人なんて存在しないと思ってたけど、やっぱり世の中は広いね」
「そうなのです! 世界はとても広く夢と希望に満ちています! 今日もクラフトさんに万里さん、玉藻さんに加え瑞樹さんとも再開することができました! 私はこの世界に生まれ落ちたことに感謝しない日はありません!」
「僕も、君と出会う度に世界にお礼参りがしたくなるよ」
「………………」
にこやかな笑顔で交わされる二人の会話。
一見すると旧交を温めている幸せな一場面にも見えるが、よく有馬さんの発言を聞くと全然噛み合ってない。というか明らかに嫌われているのが伝わってくる。
この二人の間に一体何があったのかは気になるところだが、今の最優先事項は別にあった。
俺はテーブルに並べられた料理を片っ端から皿に盛り付けると、「店長、これ美味しかったですよ。是非食べてください」と無理やり佐久間さんに手渡した。
純粋な気遣いだと感じてくれたようで、店長は満開のひまわりのように顔を輝かせ、美味しそうに食べ始めた。
そのすきに、俺は有馬さんの肩を叩き「少しお話が」と囁く。
彼はこちらの意図を察してテーブルから少し離れると、「何でしょうか」と囁き返してきた。
「夕食会のあとの催しについて何ですけど、俺は辞退するってこと、伝えてくれませんか?」
「辞退、ですか。それはつまり、商品を売らなくてもいいと?」
「はい。店長は信じて疑ってないですけど、俺はこの『未来が視える水晶』は偽物だと思ってます。というか、未来を視るなんて無理だって考えてますし」
「では他の招待客も嘘をついていると?」
「そうです。実際ここに来た時、彼らから協力しないかと誘われましたし。店長が来たおかげで打ち止めになりましたけど」
「……」
有馬さんは目を細めて俺の顔をじっと見つめてくる。今の発言が本当かどうか、何か裏があるんじゃないかと疑っているようだ。
彼には悪いが、裏は一切ないため、どれだけ見つめられてもぼろが出たりはしない。
本当に信じてもらえたかはわからないが、有馬さんは「わかりました」と頷いた。
「斎藤さんが辞退する件については伝えておきます。ただ、催しには参加していただきます」
思いがけない提案に、俺は首を傾げる。
「それはどうして? そんなことしても時間の無駄じゃ?」
「いえ、辞退するのなら手伝っていただこうかと思いまして。そのためにも、斎藤さんには参加者の立場を保っていただいた方が都合がいいかと」
「成る程……、そういうことなら分かりました。俺が最初に商品のアピールをして、有馬さんにこっぴどく否定される。そのあと恨みがましい表情をしながら彼らの方に近づく」
「あなたを唆して利用しようとしてきたところを、逆に利用して嘘を暴く」
「いいですね。まあ、狙い通りに進むかは微妙ですが」
ちらりと、至福の笑みで料理を頬張っている佐久間さんを見る。
俺のプレゼンが失敗した際、果たしてあの人が黙ってそれを受け入れてくれるのか。余計な口出しをして、場を混沌に導くんじゃないか。
そんな不安を、俺だけでなく有馬さんも抱いているようで、お互い浮かない顔に。それに気づいた元凶は、こちらの気も知らず笑顔で料理を進めてきた。




