それぞれの未来予知
全く想像していなかった展開ながら、俺のアピールは成功してしまい、めでたく水晶玉計十個、金額にして一千万の購入が成立してしまった。
困惑して言葉も出ない俺と、必死に説得を試みようとする有馬さんだったが、佐久間さんによる喜びの鳴き声によって強制的に流されてしまう。
英樹さんも有馬さんよりアリスさんの言葉を信じたらしく、特にそれ以上水晶について追及することはなく、二番手のプレゼンへと移行した。
まだ現実を受け入れられず混乱する思考の中、玉藻さんによる商品説明が始まった。
「さて、斎藤さんは無事に本物と認められたわけだし、ここはうちも続きたいところだね。ただ残念ながら、うちは斎藤さんみたく目に見える形で未来を予知できないからねえ。持って生まれた神通力により、見たい未来が頭の中に浮かんでくるってものだから。審査員にどうやって信用してもらうかは悩みどころだね」
どうすれば信じてもらえるものか、と肩をすくめる。
有馬さんは悩むことなく「今日これから起こることを予知してください」と指示を出した。
「今日が難しいなら明日のことでも構いません。簡単な細工では覆らないような、確定した未来を教えていただければ十分です」
玉藻さんは困った様子で頭をかくと、「かなりの無理難題をふっかけてくれるねえ」とぼやく。しかしその直後、ころりと悪戯な笑みに転じ、「けど今回は運が良かったよ」と有馬さんを見返した。
「ついさっき、明日の未来を予知してみたんだけどね。面白い光景が視えたんだよ」
「そうですか。では見えた光景を説明してください。それが考慮に値する内容か判断しますので」
「オッケー。じゃあ聞いてもらおうかな」
玉藻さんは芝居がかった様子で、館内を見上げながらくるりと一回転する。
それから天井を指さして、
「明日、この館で人が殺される。それも三人ね」
と予言した。
直後、勢いよく椅子から立ち上がる音が。
驚いて目を向ければ、クラフトさんが鬼の形相を浮かべ壇上を睨みつけていた。
俺は状況に追いつけず双方を見回す。
睨まれている玉藻さんは悪戯な笑みを崩さず、むしろ楽し気に話を振った。
「ああそうだ。どうせ万里もクラフトも明日の未来予知はしてるんだろう? それが一番手っ取り早くうちらが本物だと証明する方法なんだから。で、もちろん二人ともうちと同じ未来が視えただろう?」
玉藻さんの視線を受け、万里さんは顔を青ざめさせながら小さく頷く。
一方クラフトさんは眉を怒らせ「ふざけるな!」と反発した。
「天才未来創造技師であるこの僕が予知した未来では、明日は殺人など起こらない! 起こるのは大雨による土砂崩れとそれに伴う滞在期間の延長だけだ!」
「大雨に土砂崩れねえ。確かにそんな光景も視えた気がするけど、殺人に気を取られて忘れてたよ」
「だからふざけたことを抜かすな! 明日殺人など起きはしない!」
「いいや起きるね。うちの未来予知は絶対だから」
「貴様まだ――」
「おやめくださいお二人とも!」
怒りの沸点を超えたクラフトさんが拳を握り締め壇上へと歩き出す。それを阻止するように、佐久間さんが二人の間に割り込んだ。
クラフトさんは一瞬足を止める。だがすぐに歩みを再開すると、佐久間さんを押しのけ玉藻さんに迫った。
目の前に脅威が迫っているにもかかわらず、玉藻さんは状況を楽しむかのように薄らと笑みを浮かべている。
それがますますクラフトさんの癪に障り、彼は無言で拳を振り上げた。
鈍い音と共に、微かに悲鳴が上がる。
俺も思わず身を乗り出し、助けに行こうと床を蹴る。
しかし殴られた張本人は、自身のことなど顧みず仲裁を続けた。
「お二人とも、喧嘩はよくありません! いえ喧嘩自体は互いの関係性を深める行為ともなりえますので決して悪いことではありませんが――暴力は良くありません! 人というのは基本頑強でありながら時に驚くほど脆い生き物です! ふとした暴力が思いがけずあっさり命を奪ってしまうことも――」
「うっさい」
しゃべり続ける佐久間さんの頭に容赦のない手刀が振り下ろされる。
痛みから、というより思いっきり舌を噛んだらしく、佐久間さんは口を押えてのたうち回る。
僅かに同情した視線を向けつつ、玉藻さんは溜息を吐いた。
「庇ってくれたのは有難いけど、そう下らない話を垂れ流されても困るんだよ。うちもどんな顔すればいいか分からなくなるだろ。なあ、あんたもそうだろ?」
「……ふん」
クラフトさんは鼻を鳴らしてそっぽを向く。
実際佐久間さんのおかげ(?)で冷静さを取り戻せたようだ。殴り掛かるほどの怒気は鳴りを潜め、気まずそうに目を泳がしていた。
その間隙を突き、有馬さんも舞台へと上がった。
「今のお二人のやり取りについて色々と聞きたいところではありますが、一つずつ片付けましょうか。まず玉藻さん、明日人が死ぬという未来予知に嘘偽りはありませんね?」
「ないよ。百パーセントの確率で、明日にはこの中の誰かが死人になってるね」
堂々とした態度で玉藻さんは肯定する。
眉をピクリと動かすも、有馬さんは追及することなくクラフトさんに目を向けた。
「分かりました。では次にクラフトさん。あなたの未来予知ではこの館で殺人が起きることはないとのことでしたね。それに嘘偽りはありませんか?」
「あるわけがない。僕の発明した『未来を視る義眼』は、溜め込んだ自然エネルギーを消費することで、所有者の周りで起きる災厄を予知する力があるんだ。もし明日この館で殺人が起きるのなら、土砂崩れでなく殺人を視せてきたはずだ」
自信に満ち溢れた声でクラフトさんも首肯する。
有馬さんは目を細めるも、やはりそれ以上の追及はせず、万里さんを振り返った。
「万里さん。あなたは玉藻さんの言葉に頷いていましたよね。つまりあなたもこの館で殺人が起きる未来を予知したということですか?」
「ええと、その、たぶん」
「たぶんとは?」
「だから、その、人が倒れているのは視た、けど、その人が死んでいるかどうかまでは分からなかったから」
まだ少し顔を青ざめさせながら、万里さんはとつとつと言葉を紡ぐ。
明らかにこれまでとは異なる様相。天真爛漫な雰囲気は鳴りを潜め、何かに怯えているように感じられた。
有馬さんも流石に彼女の様子が気になったらしく、質問を続けた。
「つまりあなたは、明日この館で誰かが倒れることは予知していた。しかし死んでいることは分からなかったため、玉藻さんの言葉に曖昧に頷いたと。そういうことですか?」
「……うん」
「なるほど。ところで少し予定から外れますが、あなたの未来予知『万里眼』の力について教えてくれませんか? もし本当に明日誰かが殺されるというなら、こんなことをしている場合ではありませんから。可能なら、あなたの力で、玉藻さんの予知が真実か判断してほしいのですが」
声色に変化はないものの、有馬さんの目は犯人を追い詰める警官のように鋭くなる。
万里さんも敏感に察知し、警戒した様子で笑顔の仮面を張りなおした。
「もちろんできるよ! あたしの万里眼は万能だからね! あたしが視たいと思ったものは何でも視れる力だから!」
「では、早速お願いします。明日この館で誰が殺されるのか。そしてその犯人は誰なのか、見てください」
万里さんは笑顔のまま、「それは無理かなー」と朗らかに首を振った。
それを聞き、有馬さんの眉間に深いしわが刻まれる。
「……なぜでしょう。つい数秒前にできると発言されていたはずですが」
「可能か不可能かで言ったらもちろん可能だよ。でもさ、あたし嫌な未来は視ない主義なんだ。特に人が死ぬようなのは絶対NGなの」
「意味が分かりません。今ここであなたが未来を見なければ、あなた自身が明日死ぬかもしれないんですよ? それでも見ないと?」
「うん。だって視ちゃう方がむしろ危険かもしれないし。殺人鬼に目を付けられるリスクはできるだけ減らしたいじゃん?」
「……それはつまり、自分以外の誰かが殺されても別に構わないと?」
「もちろん心は痛むよ。でもいちいち死ぬ人のことを助けようとしてたら身が持たないからね。そこは割り切ってるかな」
「そんなの――」




