(12) お前にしか頼めないことなんだ
結衣を送り届けた俺は来た道を引き返した。その道すがら、重要な点を頭の中で整理する。
まず、結衣を傷つけないこと。救うつもりでやったことで逆に傷つけるのは最悪だ。直接的に傷つけるのでなくても、気に病むとか自責の念にかられるとか、今の状態より悪化することは避けなくてはならない。
次にサッカー部だ。こんなつまらないこと、と言っては失礼だが、本分である競技以外で何かの責任が降りかかるとか、一年生達がさらに苦境に追いやられるような事態になるのは望ましくない。
なかなかに難題だ。明日の朝までに何か妙案が降ってくればいいけど。とりあえず今日はもう帰って寝よう。感情が波立っている今の状態でいくら考えても、何も浮かんでこないにちがいない。
アパートに戻った俺は、シャワーのことは忘れてそのまま布団に潜りこんだ。
翌朝。
教室に着いた俺は、そのまま寺林のもとに直行した。イケメン寺林は、生徒会に所属した。
芦岡北高校の生徒会は誰でも希望すれば入れる。一年、二年と生徒会の激務をこなし、生徒会として生徒会長を推薦する。生徒会長は生徒全員の投票によって選挙されるのだが、もう何年も対抗馬の出馬はなく、生徒会の推薦した候補を信任する形で新会長が任命されているという。政党政治みたいな仕組みだ。
「おはよう」
「おう、立花」
寺林は俺に話しかけられたのが意外だったようで、驚いた顔つきでいる。
そんな顔するなよ、クラスメイトじゃないか。まさか先日のこと、まだ根に持ってる?
「なあ、寺林、折り入って相談があるんだ。いや、頼みがあるんだ。」
俺の見たところ、こいつは根っからの善人で、かつ正義漢だ。
「なんだよ、立花がそんなこと言うの、珍しいじゃないか。」
その通りだ。いや、初めてだよ、こんなこと。
だって、今朝急に天啓のように降ってきちゃったんだよね、アイデアが。
「サッカー部のことなんだ。サッカー部の一年生が先輩から理不尽な扱いを受けているという話を聞いてな。他人事ながら義憤を覚えている、って次第さ。」
部活の管理監察は生徒会の仕事に含まれる。部ごとの予算も生徒会が割り振るから、全部活の頂点でもあるわけだが、一方で校内最大勢力のサッカー部には一目置かざるを得ない、という事情もあるらしい。
「でも個人攻撃したいとか、サッカー部を糾弾したいとか、そういうんじゃないんだ。この学校の全生徒が安心して有意義な高校生活を満喫できるようにって話なんだ。」
えっと、このくらい煽れば充分かな、ちょっと恥ずかしいんだが。
「立花、ちょっと事情がよく呑みこめないんだけど」
こいつ、戸惑った顔までイケメンだな。母性本能ってのが俺にもあったらキュンとなってるところだ。
「そうか、じゃあ、詳しい話をさせてくれ。10分で終わる。お前にしか頼めないことなんだ。」
「ああ、わかった。」
俺、詐欺師になってもやっていけるかもな。そう、寺林にしか頼めない。だって、彼の顔を思い出した瞬間に降りてきたアイデアなんだから。
数時間が経過した、昼休み。一年一組の教室は、突然の来訪者に驚いて静まり返ったという。
寺林を先頭に、一年三組女子の有志十名が一組の教室に乱入したのである。
「皆さん、お昼休みにお騒がせして申しわけありません。三組の寺林です。」
寺林が声を張って教壇を占拠。「絶対に『生徒会の寺林』とは名乗るな」と強く言ってある。寺林自身のためだ。
その後ろに三組女子生徒十人が並ぶ。もちろん莉央も美苗もいる。二人にも一言ずつ簡単な台詞を言ってくれるよう頼みこんである。
「実は、サッカー部の一年生が先輩から難題を押しつけられて困っているんです。」
寺林の台詞は俺が書いたから、その場にいなくても何を話したかは知っている。
要約すると、こうだ。
サッカー部の一年生が先輩から、すでにほかの部に所属している女子をマネージャーに引き抜いてくるよう命令されているそうだ。その命令が果たされるまで、部活後にグランドを走らせる、という脅迫まで受けている。
しかし先輩の気持ちを推し量るに、もうすぐ始まる大会では何かに頼ってでも全力を出し切りたい、その雄姿を後輩達に受け継いで引退したい、ということだと思う。
その気持ちも理解できるが、それで一年生を苦しめてしまうのは本末転倒だ。
だから、今日は皆さんにお願いをしに来た。
サッカー部の試合の日時と場所を、部の一年生から伝えるから、都合の合う人は応援に行ってほしい。
それを、理不尽なスカウトの代替案としてサッカー部に持ちこみたい。
「私たち全員で、放課後サッカー部の部室を訪ねようと思うの。」
これは莉央の台詞。
「一組の女子の皆さん、一緒に来てもらえないかな。」
これが美苗の台詞。
「うん、わかった、行くよ、私も。」
一組の女子の中には、それがクラスメイトの結衣のことだとわかっている子もいたのだろう。三組での演説の時より反応がよかった、と後で寺林が言っていた。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ。」
闖入者、第二弾。三組のサッカー部員、駒田だ。
「みんなが協力してくれるのはとても嬉しい。応援のこともぜひお願いしたい。けど、部室に交渉に行くなんて、そこまではさせられないよ。俺達で先輩に話す。みんな、本当にありがとう。」
駒田、せっかくの台詞がちょっと棒読みだったって聞いたけど。まあいいか。
一組のサッカー部員の二人は青くなったり赤くなったり、最後は呆然としていたそうな。
めでたしめでたし。
莉央によると、寺林の演説の間、結衣は両手で口を覆い、目を見開き、顔を真っ赤にしていた、という。
後日談だが、サッカー部一年生の「罰ラン」はいったん取り下げられた。
大会予選は六月初めの日曜日、県営芦岡グランドで一回戦が行われた。相手は強豪の私立高校。そこに、宮原結衣を含む一年生女子16人が応援に駆け付けたのだった。
ワンサイドゲームになるという下馬評を覆し、県立芦岡北は善戦。敗れはしたものの終了間際には敵ゴールをこじ開けて1点を返した。1-2。スコア的には惜敗である。
さらに後日談。強豪校に善戦したサッカー部の奮闘に感動し、応援に来ていた一年生女子の中から二名の新マネージャーが誕生した。俺の知らない子だけど、ね。
我らがヒーロー、寺林健斗が一年一組で大演説をしてのけた、その日の放課後。俺は駿に招かれて彼の待機部屋を訪れていた。
駿にせがまれて、コーヒーを淹れてやる。
「僕が自分で淹れてもちっとも美味しくないんだ。不思議だよね。」
それはコーヒーを淹れる技術について言っているのか、それとも自分で手を動かすことに抵抗があるのか。
「それで、今日のアレは何だったの?」
駿め、ズバリと来たか。
「黙秘する。」
「そんなこと言わないで、君と僕の仲じゃないか。」
どんな仲だ、ハグもチュウもしたことないだろうが。
いや、他の誰ともしたことないぞ、言葉のアヤだぞ。
「一つだけ僕にもわかるのは、歩夢がサッカー部のためにしたことではない、ってことだね。」
「ああ。まあそれは認めざるを得ないな。」
「強引にスカウトされていたのは、宮原さんなんでしょう?」
「ま、それもお前にはわかるよな。」
入学式の後のあの時、駿もその場にいたからな。
「そこまではわかったんだけど、どうして君があんな攻撃的な真似をしたのか、それがわからないのさ。」
「攻撃的?俺としてはきわめて平和的に解決したつもりだけど。」
「うん、結果も経緯もとても平和的だった。でも僕は君がものすごく怒ってるんだな、って感じた。それで、あんな、何十人もの人を巻きこむ戯曲を作ったんだな、ってさ。寺林君が言っていたのとは別の意味で、まったく歩夢らしくない。」
戯曲、とは恐れ入った。茶番劇とか猿芝居とかじゃなくて、戯曲か。
でもたしかに。
「そうか、俺は怒っていたのか。」
「無自覚ってこと?あんなに激怒していたのに?」
「いや、宮原さん風に言うと『カチンときた』という自覚はあった。」
「ふふふふ、そういえば、彼女、そんな表現をしていたね。」
スマホを持たない同級生を、他の同級生が非難した時のことだ。
「それで、君は何に怒っていたのかな。理不尽な要求をしてきた先輩に、じゃないよね?」
こいつ。意外に鋭いな。しかも痛いところをついてきやがる。
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