(13) そうか、俺は怒られるのか
「わかった、白状するよ。」
俺も、自分の気持ちにようやく気がついて、駿に話してみることにした。
「ニュースソースは言えないけど。」
そう前置きして、俺は昨夜結衣から聞いた話のあらましを駿に話した。
「先輩に命令された、しかも罰を与えられる、なんてことを、本人に言ったらどれだけ本人を苦しめることになるのか、想像してない。先輩と宮原さんの板挟みになる苦しみを、そのまま宮原さんにスライドして押しつけただけだろ。」
スライドじゃなくてスルーパスかな、サッカー部だけに。
そうだ、俺は一年一組のサッカー部員二人に対して激怒していたんだ。
「なんとかして説得するとか、代替案を作って先輩に交渉するとか、そういう努力をしないで、ただ本人に押しつけてくるなんて許せないだろう。もちろん、宮原さんにも同情はしたけど、そういうことじゃなくて。」
「なるほど、そういうことか、納得したよ。歩夢はやっぱり歩夢だった。」
「なんだ、それ。」
「ふふふふ」
駿は笑いながら肩をすくめて、それからコーヒーを啜った。
「うん、やっぱり君が淹れたコーヒーは美味しい。」
俺に淹れさせたコーヒー、だろ。
「それより駿、このことあの二人には絶対言うなよ。」
「うん、そうするよ。君が隠している部分について、高野さんがあれこれ想像するのは見るに忍びないからね。」
ふん、そんな陽動に引っ掛かるかよ。ポーカーフェイスには自信があるんだ。
「ところで駿、聞きたいんだけど。」
「うん、なに?」
「お前と俺って友達か?」
「僕はそう思っているよ、小学生の時から。」
そうだった。たしかに小学校の時の友達だ。友人関係を解消したことはないから、今でも友達という身分は続いている。
「歩夢、もしかして君、それをあの二人にも聞こうと思っているんじゃないだろうね。」
「え、ああ、聞こうと思ってたけど、ダメなのか?」
「ふふふふ、いや、面白いから聞いてみてもいいと思う。高野さんは怒鳴るか、泣くかかなあ、宮原さんは黙ったまま静かに怒るな、きっと。」
「怒るのか。そうか、俺は怒られるのか。」
「歩夢ってとんでもなくアンバランスだよね。超人的なところと、凡人以下のところが同居してる。実に興味深い。」
「すまん、なんのことだかさっぱりわからん。」
「うん、わからないほうがいいよ。今は、まだ…」
駿はなぜか複雑な表情をして小さく笑った。俺は何かやらかしたのだろうか。
それから数日間は瞬く間に過ぎていった。高校の勉強なんて中学の延長だろうと思っていたのが甘くて、俺はけっこう勉強に苦労し始めていた。
新しい領域や概念がやたらに多くて、しかも実に無慈悲に、ついてこれない者を置き去りにしていく。
いくらなんでも参考書を少し買おうかと思ったり、恥を忍んで駿に教わろうかと思ったりしたのだが、少しでも逡巡していると時間が途方もない速度で流れていく。
中間考査の二週間前、試験日程が発表されると、同級生達の顔にも焦りの色が見え始めた。
俺は腹をくくって、ひたすら教科書を熟読する、という勉強法を編み出した。
わざとなのか知らないが、高校の教科書というのはわざわざ難解に作られている。しかし書かれていることを一つずつ、絡まった糸をほぐすように理解していくと、どうにか全体像を掴むことができ、先に進む道筋が読み取れるようになっている、らしい。
テスト一週間前になると、すべての部活動が禁止される。
俺もさすがに、バイトのシフトを少し減らしてもらった。
「なあ、駿、あとでお前の部屋、行っていいか?」
「いいけど、バイトは?」
「今日は休み。シフト減らしてもらった。」
「ふーん、僕は別にかまわないよ。でも君からそんなことを言うのは初めてだね。」
「ああ。試験勉強の邪魔だったりするか?」
「試験勉強?ああ、中間考査か、僕は試験勉強はしないよ。」
こいつ。でも理由はわかってる。俺も中学一年の時はそうだったからな。
聖琳のカリキュラムは数年先を走るから、高校一年の勉強なんて復習に過ぎないんだろう。
「そうだよな。それで、その、恥を忍んで中道先生に教わりたいところがあるんだ。」
「ふふふふ、いいけど、高いよ?」
「出世払いでお願いします、先生。」
そんなやり取りがあって、放課後、俺は「友達の家でテスト勉強をする」という初体験を迎えたのだった。
駿の部屋に着くと、「じゃあさっそく」と駿が言うから勉強のことかと思ったら、
「コーヒーを淹れてくれたまえよ、生徒君。」
ぐ、今日は我慢だ。ちきしょう、多項式め。
「あー、生徒君、コーヒーは四人分頼むよ。」
「えっ、お前まさか…」
「いや、誘ってはいないよ。ただ、歩夢がここに来るって話をしている時、後ろで高野さんが目を輝かしていたからね、たぶん二人で突撃してくるんじゃないかな。」
「うーん、あの子達がそんなことするかなあ。」
「来なければ二人で二杯ずつ飲めばいいんだから。美味しく淹れてくれたまえよ。」
結衣とはあの夜以来、顔を合わせていなかった。莉央とは学校でもちろん毎日会って挨拶もするが、長い会話はしていない。
「あの二人は図書館とかで勉強するタイプじゃないか?」
俺がそう言い終わった矢先、駿の予言通りにドアフォンが鳴ったのだった。
「こんにちはー!テスト勉強の応援に来てあげたよっ」
「どうぞ。歩夢ももう来てるよ。」
駿が遠隔操作でエントランスのロックを開錠すると、1分ほどで部屋のドアが開いた。
「あれ、二人ともあんまり驚いてないね。あ、立花君、さっきぶり。」
莉央は相変わらず、せわしなく話しながら部屋の中に入ってくる。
「いや、駿がさ、二人が来るかもしれない、って予言してて。」
「えー、バレてたかあ、ビックリさせようと思ったのに。」
「ごめん、高野さん、黙っててもよかったんだけど、歩夢がコーヒーを淹れてくれるっていうから四人分頼んじゃったんだ。」
ちぇ。でも今日は逆らえないんだった。
「お邪魔します。こんにちは、中道君、立花君。」
「やあ、久しぶり、宮原さん。」
答えてみたものの、あの夜の前はいつ会ったんだったか、記憶がない。話を逸らそう。
「数Ⅰの多項式でよくわからないところがあって、駿に教わろうと思ってさ。」
「あ、私も習いたい!中道君、頭良さそうだもんね。あれ、結衣、どうしたの、座りなよ。って、それは私の言うことじゃなかった。ごめん、中道君。」
莉央は心なしか、いつもよりテンションが高い。結衣の方は、なぜかとても大人しく、目を伏せたまま莉央の隣に腰を下ろした。
俺は四人分のコーヒーをカップに注いで、二つずつローテーブルに運ぶ。駿、今度お盆も買っておいて。
「ありがとう。コーヒー飲んでから始めようか、あ、私、お菓子持ってる。」
莉央がごそごそと鞄の中を探り始めた、その時。
「あの、さ。」
駿が静かに言った。いつもの感じと違って、とても真剣な、怒ったような声で。
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