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【完結】鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第九話 お帰りなさいの約束

 俄かに、静まり返っていた屋敷が慌ただしい活気に包まれる。


「朔夜様がお戻りになられました!」


 女中の弾んだ声に背中を押されるように、私は玄関先へと急いだ。

 廊下を進む足音が、自分でも驚くほど早い。

 胸の奥では、待ち望んでいた安堵と、もし傷を負っていたらという不安が、せわしなく入り混じっていた。


 最奥に位置していると思っていた、私に与えられた部屋。

 それが実は、この広大な屋敷の構造上の中心であることを、私は最近知った。

 番を外敵から厳重に守り抜くための、必然の配置なのだという。

 その事実は、この屋敷の広さを改めて思い知らされると同時に、番という存在がいかに鬼にとっての標的であり、守られるべき弱点であるかが分かる。


 前庭には、帰還したばかりの隊士たちの人だかりができていた。

 その中心に、朔夜の姿がある。

 長身の軍服姿は、喧騒の中でも一際目を引いた。

 深い黒の外套。硬質な横顔。隊士たちへ短く指示を出す声音。

 それだけで、場の空気がぴんと張り詰める。


 こんなに遠くからなのに、その中心に立つ彼をすぐに見つけることができてしまう。


 屋敷の敷居を跨ぎ、外へ出る。

 まるで最初からこちらに気づいていたかのように、朔夜と目が合った。


「お帰りなさい!」

「……ああ」


 約束通り、無事に戻った彼にその言葉を掛けられたこと。

 門を出て行った時と変わらない、淡々とした様子を見られたこと。

 ただそれだけで、強張っていた胸がふっと緩んだ。


「明日は休養日だ。各々、英気を養うように」


 朔夜の号令で、隊士たちは一斉に敬礼をし、それぞれの帰路へとついていく。

 その中心に残った朔夜だけが、まだ戦場の気配をまとっている。


「朔夜様、いかがなさいますか。まずは湯浴みになさいますか、それともお食事を?」

「食事を先に。……お前は、済ませたのか?」

「へぁっ!?」


 脱いだ草履を揃えながら不意に声を掛けられ、情けないほど声が裏返ってしまった。

 自分でも、何の音を出したのか分からない。


「……なんだ、その妙な声は」

「い、いきなりでしたので。……失礼しました」

「それで、食事はどうした」

「まだです」

「そうか。では、二人分を俺の部屋の奥の間に運んでもらおう」


 朔夜の言葉に、控えていた使用人が深く頭を下げた。


 二人きりで、彼の部屋で……

 そう意識した途端、帰還を喜ぶ気持ちとは別の熱が、じわりと頬に上ってくる。

 少しだけ緊張を強めながら、私は彼の一歩後ろを歩いた。

 あまりに広すぎるこの屋敷では、いまだに自分に与えられた部屋に向かうのですら迷ってしまう。


 黙々と進む彼の後ろ姿を、私は食い入るように見つめた。

 見たところ、服に目立つ汚れや斬られた跡はない。

 外套の裾にも、血の染みらしきものは見当たらない。

 どこか庇うような歩き方や、怪我を負っている素振りもなかった。

 けれど、彼はもともと感情を、ましてや弱音を一切表に出すタイプではない気がする。


 もし、無理をして怪我を隠していたら?

 もし、傷は塞がっていても、鬼力だけが底を尽きかけていたら?


 私は身体を左右に揺らすようにして、彼の両肩、両腕、そして脚の運びを見比べる。

 歩幅。呼吸。肩の上下。

 どこかに違和感がないか、まじまじと見つめてしまう。


「……さっきから、一体なんなんだ!」

「わっ、……あ」


 突然振り返られ、声を上げて驚いてしまう。


「あ、いえ……その、怪我とかないか、気になってしまって……」

「……怪我などしていない」

「本当に大丈夫ですか?血が必要でしたら、いつでも、その……」


 居ても立ってもいられず、以前彼に噛まれた左の鎖骨から肩にかけての肌を、少しだけさらけ出して見せた。

 自分では、手当てのつもり。

 本当に、ただそれだけだったのに。


「っ……!お、前、……恥じらいというものがないのか……っ」

「あ……。まだ、この前の痕が残っていますね」


 噛み痕に指先が触れる。

 そこにはもう痛みはない。

 けれど、触れただけで、あの夜の熱い吐息と牙の感触が、ありありと蘇ってしまう。


 朔夜の耳が赤くなるのを見て、私はようやく自分が何をしたのか理解し、慌てて着物を直す。

 二人の間に、何とも言えない気まずい沈黙が流れる。

 廊下のどこかで、控えていた使用人が小さく咳払いをした気がして、余計に顔が熱くなった。


「あ、あの……鬼省庁でいただいた資料に、目立った怪我がなくても、鬼力の消耗が激しければ血が必要になる場合がある、と……書いてあったから……」


 しどろもどろになりながら、必死に釈明をする。

 けれど、どう言い換えても、まるで自分から彼に吸血を強請っているような気がして、いたたまれず指先を弄った。


 大きく、深呼吸のような重い吐息が、朔夜の唇から漏れる。


「……ふぅ。以前も言ったはずだ。基本的に、俺に吸血は必要ない」

「それでも……。心配で」

「必要になれば、こちらから言う」

「本当に、約束ですよ」

「……疑り深い番だな」

「心配くらいさせてください」


 彼は吐き捨てるようにそう言うと、再び歩き出した。

 けれど、その背中からは、何かを必死に堪えているような——熱を孕んだ重苦しい気配が、痛いほど伝わってくる。


 拒まれたはずなのに。

 不思議と、見放されたような感じはしない。

 必要になれば言う。

 その一言が、彼なりに私を頼ると約束してくれたようにも聞こえて、胸の奥がそっと疼いた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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