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【完結】鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第三十話 破られた結界

家族。

その言葉が、これほど冷たく聞こえたことはなかった。


私は鈴とも、永太や琴とも、半分しか血が繋がっていない。

けれど鈴は、二人にとって正真正銘の姉であるはずなのに。

目の前にいる鈴が、血の通った人間に思えなかった。


あの凄惨な戦場にいた鬼たちでさえ、仲間のために包囲されている場に来たというのに。

人であるはずの鈴は、幼い弟妹を、平然と交渉の道具にしている。


……おかしいのは、私の方なのだろうか。


足元がすべて崩れ去るような感覚に襲われ、今までの価値観が音を立てて壊れていく。

永太と琴のことは、考えない日がないほど心配だ。

今すぐにでも居場所を知りたい。

たとえ鈴に頭を下げてでも、二人を取り戻せるなら——そう思う自分も、確かにいる。


けれど。


朔夜の隣を。

彼が私に与えてくれた居場所を。

今の私は、譲ることなんてできない。


ここはただの地位ではない。

あの夜、私が自分の意志で選んだ場所であり、朔夜が私を必要としてくれた証だ。


「鈴。……そんな方法で私と入れ替わったところで、あなたが望んでいるものは手に入らない」

「っ、何よ、分かったような口利いて!」

「分かるよ。だって鈴は、誰のことも、大切に思っていないから」


鈴の顔が屈辱でカッと赤くなり、吊り上がった目が私を刺す。


「分かったわよ!二人には、姉さんに捨てられたって、教えてあげるわ!!」


鈴はそう吐き捨てると、畳の上に散らばった着物を、無造作にかき集めて抱え込んだ。

まるで、それすら当然の取り分だと言わんばかりに。


「待って!鈴、待ちなさい!二人の居場所を教えてっ!」

「教えるわけないでしょ!せいぜい、その男の血袋が姉さんにはお似合いよ!」

「お願い、鈴……!」


伸ばした手は、鈴の袖を掴む前に空を切った。

彼女は着物を抱えたまま、荒々しく廊下へ踏み出していく。

私の胸の中では、永太と琴の名前だけが、千切れそうなほど何度も響いていた。


玄関先で、私と鈴が押し問答を続けていると、その横を朱色の番装束が駆け抜けていった。


すれ違いざまに目に入った西園寺さんの横顔。

それは青白いを通り越して、真っ白に強張っていた。

何かから逃げるような、取り返しのつかないことをしてしまった後のような顔。


「西園寺さん……!?」


私の呼びかけに振り返る余裕さえないのか、彼女の姿は吸い込まれるように門の向こうへと消えていく。


直後。

ドクンッ、と。

心臓を直接掴まれたような、空間そのものが歪むような衝撃が走った。


何かが弾け、割れたような音。

雲が一気に晴れ、目に見えない薄い膜が、屋敷全体から引き剥がされ、剝き出しになるような感覚。


以前、鬼省庁に足を踏み入れた時に感じたものよりも、もっと生々しく、肌を刺すような禍々しさが全身を撫でていった。


「……きゃあぁぁああ!!」

「えっ?」

「何よあれ、何なのよ、あれ!!!」


鈴の絶叫が響く。

彼女が指差す方を見上げて、私は凍りついた。


屋敷を取り囲む高い外壁の上に、無数の黒い人影が蠢いている。

朝の光を背にしているせいで、輪郭しか見えない。

けれど、頭上に伸びる歪な角だけは、嫌になるほどはっきりと見えた。


「嘘……。鬼、なの……?」


なぜ……

この屋敷には、結界が張られていて、鬼は入れないはずなのに。


「梓様!!お下がりください!結界が破られました!!」


使用人に声をかけられる。


朔夜はいない。

彼がいないこの場所で、もし今あの鬼たちに襲われたら——。


初めて集落で鬼に襲われた、あの夜の記憶が鮮明に蘇る。

赤く染まった空。血の匂い。

迫ってくる異形の影に膝ががくがくと震え始めた。


「あ……あ、そんなだめです……!逃げましょう、早くっ!」


一緒に逃げるよう叫ぼうと、目の前の壁を乗り越えてきた鬼を、使用人の一人が鮮やかな剣筋で斬り伏せた。


「大丈夫です!屋敷の者たちは、万が一に備え鬼狩りの訓練を受けております。梓様を死なせはしません!」

「でもっ、あんなにたくさん……!」


壁の向こうからは、さらに次々と、飢えた獣のような唸り声を上げながら鬼が入り込んでくる。

一体、二体ではない。

外壁の上に灯る目の数は、数え切れないほど。


「屋敷の中央、母屋の方はまだ結界の効力が残っております!急いでください、ここは我々が食い止めます!」

「わかりましたっ……!鈴、立って!早く!」

「梓様!これを、これを持って行ってくださいっ!」

「なんですか……?これ……」


手渡されたのは、両手に収まるほどの、ころんとした可愛らしい刺繍の手毬だった。

赤と白の糸で細かな模様が縫い込まれ、中央には小さな鈴が結ばれている。

こんな状況でなければ、思わず見惚れてしまいそうなほど美しい。


「これは『結毬(ゆいまり)』といって、一人用の簡易結界です」

「一人用……?」

「はい。上位の鬼が相手でも、三日は持ちこたえます。その紐を解けば、梓様を中心に強固な結界が張られます」

「待って、私がこれを持ったら、戦っているあなたたちは——」

「いいえ。これは朔夜様の……番である梓様のためのものです」


返そうと差し出した手を、彼は強い力で押し返した。


「この屋敷において、朔夜様の番である梓様の命より重いものなどありません」


言葉を失う。

私は、鬼狩りとして最強とされる朔夜の番。

けれど、あの日偶然彼に拾われただけの私が、ここにいる人たちを犠牲にしてまで生き残ること。

その重みの方が、今は何よりも恐ろしかった。


「姉さん!どうしたらいいのよ、何とかしてよ!!早く、早く助けなさいよ!!」


他人である隊士たちが命懸けで守ろうとしてくれている傍らで、鈴の声が耳を突く。

頭の中が、焦燥と混乱でくらくらしてくる。


「……分かりました。でも、皆さんもどうか、どうか無事で……っ!」


腰を抜かして座り込んでいる鈴の手を強引に引き、奥に向かって走り出す。

一度も袖を通すことのなかった美しい着物を、残したまま。


屋敷の中央、私の部屋のある場所。

朔夜は明日の夜には戻ると言っていた。

そこまで耐えれば、十分に間に合うはず。


「あっ……!」

「鈴っ!?」


鈴が足をもつれさせ、床に転んだ。

そのすぐ背後、鬼の姿が見える。


どうしたら……。


……どうしたら?

鈴を、私が助ける義理なんてあるのだろうか。

そんな疑問が湧いてくる。


集落では裏切られて置き去りにされた。

母の形見の位牌まで燃やされた。

永太や琴を、自分の欲のために人質にするような人間を。


「っ、い、嫌ぁぁぁぁっ!!来ないで、誰か助けてえぇ!!」


鬼が愉悦に満ちた声を上げ、鈴に向かって跳躍する。


身体が、勝手に動いた。


「っ——ごめんなさい……っ!」


誰に謝ったのか、自分でも分からない。

朔夜になのか、私を守るために結毬を渡してくれた人か。

それとも、鈴を見捨てられない自分自身にか。


私は反射的に、倒れ込んでいる鈴の元へと駆け寄った。

彼女の身体を抱き寄せるようにして、掌の中の結毬の紐を引く。


刹那。

私たちを包むように紅い光の網目が走り、幾何学的な球体の障壁が展開された。


「グガァァァァッ!!」


障壁に触れた鬼の腕が、焼かれた鉄のように瞬時に真っ黒に焦げ、弾け飛んだ。

腐った肉のような臭いに、鈴が喉を引き攣らせて悲鳴を上げる。


「きゃぁっぁあぁ!!なによこれ、なによこれ……!何が起きてるのよ!!」

「はっ……はっ……間に合、った……」


目の前の鬼には、確かに効果があった。

けれど、これがいつまで続くのか。

本来一人用として渡されたこの狭い結界の中に、どさくさに紛れるようにして鈴と私の二人が入り込んでいる。

紅い網目はまだ強く光っているが、よく見れば、ときおり細かく瞬いていた。


他の鬼狩りの援軍が来てくれたらいい。

屋敷の使用人たちが、持ちこたえてくれたらいい。

そして、どうか朔夜が、少しでも早く戻ってきてくれたら。


もし助けが来なかったら。

朔夜が戻る明日の夜まで、この状態だなんて……。


その時、結界の外側にいた鬼が、焼け焦げた腕を引きずりながら、ゆっくりとこちらへ顔を近づけた。

濁った瞳が、私と鈴をじっと見比べる。


まるで、どちらから喰らうかを選んでいるように。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
永太と琴が気になる こんな妹、見捨てないで、梓は人が良すぎる!!
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