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鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第三話 置き去りにされた娘

喉が千切れるほど名前を呼びながら外へ飛び出したが、二人はおろか、父も、継母も、鈴の姿も、どこにもなかった。

残されていたのは、踏み荒らされた土と、遠ざかっていく幾つもの足音だけ。


私は、()てられたのだ。

その残酷な事実を飲み込むのに、さほど時間はかからなかった。


下げた先のことを考えたら、口減らしのために一人でも荷物を減らしたかったのだろう。

その時、家族にとって一番に切り捨てるべき邪魔な存在が、私だった。

ただ、それだけのこと。

あまりにも簡単で、あまりにも惨めな答えだった。


「邪魔だ、どけっ!」

「……っ!」


逃げ惑う群衆に突き飛ばされ、冷たい地面に這いつくばる。

腕に抱えた位牌だけは離すまいと、咄嗟に胸へ押し込んだ。

肩が石に打ちつけられ、鈍い痛みが走る。


立ち上がらなければ。

私も、逃げなければ。

永太と琴を、あの三人がまともに守ってくれるかわからない。

すぐに追わなければ。


頭ではそう理解しているのに。

石のように冷え切った足には、もう指一本動かす気力が残っていない。


「おか、あさん……っ……!」


堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出す。

それは死への恐怖か、あるいは身内に裏切られた絶望か。

母の位牌を抱きしめたまま、私は泥の上で息を詰まらせた。

心が粉々に砕け散っていくような感覚に、立ち上がる術すら見失ってしまう。


「いやぁぁぁっ……!」

「ぐ、あぁっ!」

「ぎゃあああ!!!」


不意に、これまでとは質の違う、悍ましい悲鳴が夜の静寂を塗り潰した。

怒号でも、泣き声でもない。

命が千切れる音だった。


肉が裂け、骨が砕かれるような鈍い音が近づいてくる。

恐る恐る振り返った私の瞳に、地獄が映り込んだ。


「え……」


次々に、逃げ遅れた村人たちが物言わぬ肉塊へと変わっていく。

迫り来る影が、月光を浴びて血飛沫を撒き散らしているのが見えた。

倒れた誰かの手が、助けを求めるように宙を掻き、その手さえも踏み砕かれた。


逆光の中で蠢くそれは、明らかに人間ではない。

頭上には禍々しい角が二本、天を突いている。

濡れた牙の隙間から、獣じみた息が白く漏れていた。


鬼だ——。


獲物を嬲り殺すことを楽しむかのように、一歩、また一歩と、血の轍を引きながら近づいてくる。

大きな足が地を踏むたび、土に染みた血がぐちゃりと音を立てた。

ああ、あそこで物言わぬ姿になった人々と同じように、私はここで終わるのだ。

けれど、もう、それでもいいのかもしれない。


ただ一つ。


『行かないよ。……永太と琴が大人になるまで、お姉ちゃんはずっと、二人のそばにいるから』


あの子たちと交わした約束を守れないことだけが、それだけが心残り。

あの小さな手を、最後まで握ってやれなかった。

それが、どうしようもなく悔しかった。


「ごめんね……永太、琴……」


静かに、すべてを諦めて瞼を閉じようとした、その刹那。

一陣の烈風が、私の頬を掠めて吹き抜けた。


闇の中に鋭い白銀の閃光が幾筋も走る。

まるで、夜そのものを裂く太刀筋だった。

上段から振り下ろされた刃が、返す勢いで横へ流れ、さらに身を沈めた足捌きから、迷いのない一閃が走る。

圧倒的な威圧感を放っていた鬼が、音も立てずに崩れ落ちた。


何が起きたのか、わからない。

身じろぎもできず、瞬きをすることさえ忘れていた。

私の足元へ、みるみるうちに温かい鮮血が広がっていく。

鉄錆びた匂いが、冷たい夜気に混じった。


目の前に立つ、抜き身の刀を提げた男が、静かにこちらを振り向いた。


鋭く、そして紅く。

月の光に当てられたように光るその眼光から、目が逸らせない。

本来なら恐ろしいと思うはずのその光景。

命を奪う化け物を屠ったその人を、私は——。


月を背負い、静寂の中に佇むその姿を、あまりにも美しいと思ってしまったのだ。


そのあまりに苛烈で、静謐(せいひつ)な光景に息を呑むことしかできなくて。

私はただ、その場に縫い付けられて見惚れていた。


瞬きすら惜しんで見つめていたはずなのに。

不意に、彼の姿が掻き消えた。


私の髪を烈風が揺らし、すぐ傍らでビシャッと耳障りな音が弾ける。

頬を伝い落ちる、ぬるりとした水滴の感触。


それが、物言わぬ肉塊へと成り果てた鬼の返り血であることは、鼻を突く匂いですぐに知れた。

鉄錆びた臭気と、生温い飛沫。

けれど、それを拭うことすら忘れたまま、私はゆっくりと隣へ視線を向ける。


鬼の存在すら半信半疑だった私でさえ、噂に聞いたことがある。

曰く、鬼を討つために、鬼の力をその身に宿し、鬼を狩る人たちがいると。


半人半鬼(はんじんはんき)


まさか、眼前に佇むこの人が、そうなのだろうか。

人でありながら、人ならざる速さで鬼を斬る。

先ほどの一瞬は、まるで目にも留まらぬ刹那の早さだった。


「隊長!!お怪我はございませんか!!」

「……大事ない」

「あれ?そのお嬢さんは……?」

「知らん」

「知らんって、もう……。お嬢さん、お怪我はありませんか?」


降ってきた明るい声に、はっと我に返る。

あまりにも現実離れした出来事が、濁流のように押し寄せ、喉が強張って上手く声が出ない。

自分がまだ生きていることさえ、すぐには信じられなかった。


「え……あ、多分、どこも……大丈夫、です……」

「それはよかった。とりあえず、安全な場所までご案内しますので」


促されるまま、震える膝を叱咤してようやく立ち上がり、一歩を踏み出そうとした。


「ぐがぁぁぁぁっ!!!」

「えっ?」


背筋が凍りついた。

先ほど私の真横で切り伏せられたはずの鬼が、地獄の底から這いずるような咆哮を上げ、再び飛び掛かってきたのだ。

死んだはずのものが、まだ動いている。

その事実だけで、頭の中が真っ白になった。


あまりの衝撃に足がもつれ、無様に倒れ込む。

殺されると思うよりも早く、先ほど鬼を倒したその人が、私を庇うように強く抱きしめ、その身を覆い被せてきた。


熱い。

血の匂いの中で、その腕の力だけが、ひどく確かなものに感じられた。


「っち……!!」


体勢を崩しながらも、彼は逆手に握り直した刀を一閃させる。

ゴトリ、と重苦しい音を立てて、鬼の首が地を転がった。

今度こそ、動かない。


「っ……!」


咽せ返るような死臭と、間近に迫っていた生々しい殺意。

吐き気を必死に堪えながら、私はきつく目を逸らした。


「隊長!!大丈夫ですか!!」


周りの人の悲鳴に近い問いかけに、恐る恐る、自分を庇っている男を見上げる。

その男の、強靭そうな肩から背中にかけて、肉を深く抉り取ったような大きな爪痕が刻まれていた。

布は裂け、滲んだ血が瞬く間に黒く広がっていく。


「あ、あの……ごめんなさい、私を庇って……。あの、すぐにお医者様に……あ、でも、町まで行かないと……っ」

「問題ない。すぐに、傷は塞が……ぐぁっ!!」

「きゃっ」


気丈に振る舞おうとした彼の体が、唐突に激しくのけぞった。

押し退けられるようにして、彼から引き離される。

突如として、焦熱の熱風が彼の全身から噴き上がり、それは次第に小さな狂風となって、周囲の土埃を巻き込み始めた。


「ぐっ、う……!!はな、れろ……っ!!」

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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