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鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第二話 鬼が来る夜

ドンドンドン!!!


激しく板戸を叩きつける音に、意識を強引に引き戻された。

眠りの底から、無理やり水面へ引き上げられるような感覚。

その尋常ならざる響きに、隣で眠っていた永太と琴が、浅い眠りの中で眉を寄せ、もぞもぞと身悶え始める。


外はまだ深い闇に包まれている。

夜明けには遠い。障子の向こうは墨を流したように暗く、家の中の冷えだけが、妙にはっきりしていた。

怯える二人をなだめるように、胸元をトントンと優しく叩いてやると、やがて安らかな寝息が戻ってくる。


ほっと息を吐くと、再び静寂を切り裂くように、ドンドンドン!と戸を叩く音。

今度は聞き間違いではない。

私は急いで羽織を掴み、動悸を抑えながら表の戸を繰り開けた。

そこに立っていたのは、昼間に金平糖をくれた新八さんだった。

しかし、その表情は、日中の穏やかさとは似ても似つかない。


「起きてくれた!よかった、無事だったか!!」

「新八さん……?どうしたの、こんな夜更けに——」


私の問いを遮るように、強い力で肩を掴んできた。

指が食い込むほどの力に、息が詰まる。

その剣幕に、何か取り返しのつかない事態が起きているのだと、直感的に悟った。


「鬼だ!隣の集落が襲われた!!すぐに町の方へ逃げるんだ!!」

「え……?鬼?……鬼って、あの……?」

「詳しく話している暇はない!僕は他の家も回ってくる!急げ、早く!!」


叫ぶような声を残し、新八さんは闇の向こうへと走り去っていく。

足音はあっという間に遠ざかり、夜の底へ吸い込まれていった。


鬼……。

人を喰らうという、恐ろしい化け物。

古めかしいお伽話の中では、聞いたことがある。

悪い子をさらうもの。山の奥に棲むもの。人の世に降りてくるはずのないもの。

けれど、まさかそんな。

夢か幻でも見ているのでは……。


しかし、あんなに血相を変えた新八さんが、そんな悪趣味な冗談を言うはずがない。


震えが止まらない手をぎゅっと握りしめ、外へ踏み出す。

裸足に近い足裏から、土間の冷たさが這い上がってきた。

遠くから、夜を裂くような怒号と、逃げ惑う人々の足音が響き始めている。


山の向こう。

隣の集落があるはずの空が、おぞましいほど赤々と染まっていた。

あれは、燃えているのだ。

村が、炎に呑まれている。


喉が、砂を噛んだようにカラカラに乾いていく。

膝から下が、自分のものではないように頼りない。

けれど、立ち止まっている暇などない。

早く、逃げなければ。


「父さん!!継母さん!!!起きて!!すぐに逃げないと!!」

「あぁ……?なんだ、騒々しい……」

「鬼が現れたの!!すぐに、すぐに逃げないと……!」

「はあ?ついに頭までおかしくなったのか、お前は!」


寝ぼけ眼の父と継母を必死に叩き起こすが、返ってくるのは起き抜けにも関わらず罵声だけ。

今この時でさえ、私の言葉はまともに受け取ってもらえない。

悔しさより先に、焦りが喉を塞いだ。

けれど、二人の助けがなければ、永太と琴を連れて逃げ切ることなど、私一人では難しいかもしれない。


「とにかく!鈴も起こしてくるから!!」


外の騒ぎは刻一刻と大きくなっていく。

幾十もの駆ける足音、荷車の軋む音、悲鳴のような呼びかけが、薄い壁を通り越して部屋中に満ちていく。

もう、耳を塞いで眠っていられる夜ではなかった。


「鈴!起きて!!すぐに支度を……!」

「……もう……何よ、うるさいわね……」

「起きて、お願い!もう皆逃げ始めているの!!早く……っ」

「もう!嘘だったら承知しないわよ!」

「それで構わないから!だから起きて!!」


永太と琴のもとへ駆け戻ると、私の必死な声が届いたのだろう。

二人は不安げな表情を浮かべ、既に身を起こしていた。

布団を握る小さな指が、暗がりの中で白く強張っている。


「おねえちゃん……?」

「大丈夫よ、二人とも。まだ夜だけれど、少しお外へ行こうね」

「おねえちゃんも、いっしょ?」

「もちろんよ。ずっと一緒だから」


そう答えると、琴の瞳に溜まっていた涙が、落ちる寸前で止まった。

永太は何かを察したのか、泣き出すのを堪えるように唇を噛んでいる。


暦の上では春とはいえ、夜の空気はまだ肌を刺すように冷たい。

二人が凍えぬよう、手早く半纏(はんてん)を着せ、震える指先を隠すように紐を固く結んでいく。

私の手も震えていた。

それでも、結び目だけはほどけないよう、何度も指で確かめる。


「永太は父さんに、琴はお姉ちゃんが背負うからね」


そう言い聞かせ、二人の手を引く。

ようやく事の重大さに気づいた父と継母が、土気色の顔で慌てて荷造りを始めていた。

箪笥を開け、風呂敷を広げ、何を持つべきかもわからぬまま手を動かしている。


「待って……!二人とも、荷物は後にして……!とにかく一刻も早く逃げないと!」

「あ、ああ……わかった……」

「父さん!永太を背負って!」


隣の集落が襲われたと、新八さんは言っていた。

男の足でも、ここからは数時間はかかる道のり。

けれど、鬼の足はどれほどのものなのだろう。

見たこともない鬼の速さなど、想像の範疇を超えている。

山を越え、田畑を抜け、炎の匂いよりも早くこちらへ来るものだとしたら。


琴を背負おうと背負い紐を手に取ったとき、遅れて部屋に入ってきた鈴が、私の肩を叩いた。


「姉さん!琴は母さんが連れて行くわ」

「え……?でも」


いつもなら、琴の世話を煩わしそうに私へ丸投げする鈴。

継母にしても、乳離れが済んでからは、この子を抱き上げたことなど、どれほどあったか思い出せないほど。

こんな時だからこそ、急に母親らしさを思い出したのだろうか。

そう思いたかった。

思いたかったのに、胸の奥が妙にざわつく。


「姉さんは、位牌(いはい)を持ってこないと。そうでしょ?」

「あ……」


母の……お母さんの、位牌。


「大丈夫よ。姉さんが戻ってくるまで、私がここで待っているわ。だって、私たち家族じゃない」


家族……。

まさか、鈴の口からそんな温かな言葉を聞く日が来るなんて。

思いもしなかった一言が、張り詰めていた心の糸を、静かに解いていくのを感じていた。

こんな夜に。こんな、息をするだけでも胸が痛むような時に。

それでも、その言葉だけは、ひどく優しく聞こえてしまった。


「鈴……ありがとう。すぐに戻るから!」


縋るような思いで、仏壇のある奥の間へ走る。

心臓の鼓動が耳元でうるさく打ち鳴らされ、何度も畳に足を取られそうになりながら、ようやく仏壇の前へと滑り込んだ。

膝をつく暇も惜しい。けれど、自然と手は仏壇へ伸びていた。


「あれ……?位牌が……」


いつも、そこにあるはずの黒檀(こくたん)の位牌が、忽然と消えている。

今朝だって、私は確かに水をお供えし、香を焚いて手を合わせたはずだ。

一体、どうして。


仏壇の引き出しを掻き乱し、傍らの箪笥を片端から開く。

けれど、指先に触れるのは冷たい木肌と、畳まれた布の感触ばかりで、母の位牌は見当たらない。


「なんで……っ!?ない、どこにもない……っ!」


永太や琴が悪戯をした?

いえ、それだけはあり得ない。

二人は私を真似するように、今朝も一緒に手を合わせてくれた。

意味は理解できずとも、それが私にとって何より大切なものだということくらい、幼いながらにもあの子たちは解ってくれている。


一刻も早く逃げなければならないのに、焦燥で指先が凍りついたように動かない。

息ばかりが荒くなって、喉の奥がひゅうひゅうと鳴る。

外では、誰かの叫び声がまた一つ増えた。


「お母さん、ごめんなさいっ……!」


半ば諦め、後ろ髪を引かれる思いで部屋を飛び出そうとした、その時。

庭先の掃き出し窓の向こうに、本来そこにないはずのものが視界に飛び込んできた。


まるで、不要な塵芥を捨て忘れたかのように。

泥と煤に塗れた位牌が、土の上に転がっていた。


「っ……お母さん……っ!」


無惨に汚された母の化身に駆け寄り、泥だらけのそれを抱きしめる。

冷たい。

けれど、腕の中に戻ってきた途端、胸の奥から熱いものが込み上げた。


こんな残酷な真似をするのは、この家に二人しかいない。

なんて、私は愚かだったのだろう。

あの、偽られた言葉に、一瞬でも希望を見てしまうなんて。


家族だと。

ほんの少しでも信じてしまった自分への情けなさに、視界が涙で歪んでいく。


「っ!まさかっ……!」


嫌な予感がして、位牌を抱えたまま、玄関へと引き返す。

敷居を越えると、冷えた夜風が頬を打つ。

そこには、ただ虚しく、風に煽られた扉が開け放たれているだけだった。


「永太!琴!!!」

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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