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【完結】鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第二十二話 必要ないと言われても

「こっちを向け」


朔夜は返事を待たずに一歩踏み込むと、私の顎へ躊躇いなく指をかけ、強引に顔を上向かせた。


「ひゃ……っ」

「黙っていろ。動くな」


頬、額、剥き出しになった首筋。

射貫くような鋭い視線が、傷の有無を探るように執拗に滑っていく。

次いで肩へ、腕へ、手首へ。

掴む手は乱暴なようでいて、肌に触れる指先だけは、壊れ物に触れるかのように妙に慎重で、熱かった。


「本当にどこにも怪我はないんだな。隠してはいないだろうな」

「は、はい……たぶん。大丈夫だと、思います」

「……『たぶん』では困る。確証がほしい」

「……ない、です。どこも痛くありません」


絞り出すように言い直すと、朔夜はようやく拘束を解き、手を離した。

けれど離れる直前、熱を帯びた指先がほんの一瞬だけ、私の首筋に残るあの噛み痕のすぐ近くに触れた気がした。

確かめるように。

あるいは、そこにある熱を思い出してしまったかのように。


「なら、いい」


それだけ吐き捨てて、彼はすぐに踵を返す。

その顔はいつも通り、冷徹な一番隊隊長の顔に戻っていた。


「負傷者の重症度を分けろ。八番隊は結界の再点検を急げ。村の外れ、裏山の奥まで徹底的に見ろ。取りこぼしが一体でもいれば、これまでの被害がすべて無意味になると思え!」

「はっ!」


張り詰めた声があちこちから返る。

鬼を討ち終えた安堵に浸る暇もなく、辺りは再び、戦場特有の殺伐とした空気に包まれ始めた。

倒れた鬼狩りが担架で運ばれ、傷の浅い者はその場で手当てを受け、重傷者は隔離された天幕へ。

後方支援の者たちは血に濡れた残骸を片付け、薬や水を運び、結界を維持し続けていた術者たちは、精根尽き果てた顔で地面に座り込む。


先ほどまで、雷を纏うような太刀筋に目を奪われていた場所。

そこは一瞬で、救護と弔いの場へ姿を変えていた。

鬼を斬り終えても、その後には人が倒れ、誰かが走り、誰かが泣いて。

そんな残酷な現実を、目の当たりにさせられる。


「……私にも、何かできることはありませんか」

「では、こちらの補佐を。人手がいくらあっても足りないの」


年嵩の番の女性に、清潔な手ぬぐいを手渡される。

それを口元を覆うように結べば、鼻を突く濃厚な血の匂いと、何かが焦げた不快な臭いが、少しだけ遠のいた。


「生存している村の方々を、ひとまず広場の一か所に集めて。それから……亡くなった方々は、後でご遺族が分かるように、身元を改めておいて……」


最後の言葉は、祈るように小さかった。

私は深く頷いて、言われた通りに動き出す。

毛布を運び、戦いを終えた鬼狩りに水を配り、泥に汚れた遺体へ、そっと静かに布をかける。


さっきまで鬼に怯えていたはずなのに、今はただ手を止めることの方が怖い。

止まってしまえば、いろいろなものを考えてしまうから。

あの鬼たちも、かつては人だったのかもしれない。

布の下に横たわる人たちは、朝を迎えた時、まさか自分の命がここで終わるなんて思ってもいなかったはず。


考え始めると、膝が震えそうになる。

だから、手を動かす。

動いていないと、胸の奥が潰れてしまいそうで。


ふと、違和感に気づく。

この混乱した野営地の中に、一番隊の鬼狩りの姿が思ったよりも少ない。

他の隊の者たちは、負傷していても何人かは後始末を手伝ったりしているのに、朔夜と共に最前線で戦っていたはずの隊員たちの姿が、ほとんど見当たらない。


「あの……一番隊の隊士の方々は、どちらに?」

「ん?ああ……」


近くで重い薬箱を抱えていた後方支援の男性が、腕で額の汗を拭う。


「……番のところだよ」

「え……?」

「一番隊は最前線を受け持つ分、消耗も激しい。さっきみたいな大規模な掃討や乱戦の後は、ほとんどの者がこうなる。そうしなければ、立っていられないんだよ」


そう言われて、急いで朔夜の背中を探す。

少し離れた瓦礫のそばで、彼はまだ隊士たちに指示を出している。

返り血を浴びたまま、まるで何事もなかったかのように、悠然と立っていた。

誰よりも激しく戦ったはずなのに。

誰よりも血を浴び、誰よりも鬼力を使ったはずなのに。


その背中だけが、まだ誰にも支えられずに立っている。


「……朔夜」

「なんだ」


振り返りもしない、事務的な声。

けれど、私の気配だけは的確に捉えている。


「……一番隊の方々は、その……皆、番の方と一緒だと聞きました」

「それがどうした」

「朔夜は、いいんですか?その……」


私の言葉に、彼はようやくこちらを向いた。

燃えるような赤い瞳が、不快そうに、険しく細められる。


「……誰に聞いた」

「えっ、と……後方支援の方が、教えてくれました。皆さん、今そうしているのだと……」

「余計なことを」


忌々しげに吐き捨てて、朔夜は視線を外した。


「俺に吸血は不要だ。勝手な気を遣うな」

「でも、他の一番隊の方はみんな……」

「……あの程度の戦闘なら、血を求めるほどではない」


はっきりと言い切られてしまう。

あまりに迷いのない拒絶に、それ以上、言葉を継ぐことができない。


それはきっと、戦場に立つ者としての矜持なのだろう。

隊長として弱さを誰にも見せないこと。

そうして朔夜は、鬼狩りになってから七年もの間、一番隊の先頭に立ち続けてきた。


朔夜は一番隊の隊長で、誰よりも強く、誰よりも『半人半鬼』としての完成度が高いのだから。

独りで戦い、独りで立ち、独りで傷をなかったことにして。

今までも、これからもそうしていくのかもしれない。


「……わかりました。差し出がましいことを言いました」

「わかったなら、もう聞くな。自分の仕事に戻れ」


頷いたものの、胸の奥には小さな棘が刺さったまま抜けない。

ほんの少しでも、何か役に立てると思ったのに。

いざ彼を支えられるかもしれない場面で、私だけが必要とされていないような疎外感。

そんな情けない考えを振り払うように、朔夜の元から歩き出す。


せめて、今自分にできる精一杯のことをしよう。

そう決めて、土に汚れた手で重い鍬を受け取り、浅く掘られた穴のそばに膝をつく。


喧騒の中、慌ただしく人々が行き交う。

朔夜はもう二度とこちらを見ようとはしない。


その横顔はいつも通り鉄のように無愛想で、一片の迷いもないように見える。

けれど、彼は隠すのが上手いだけで、私が見えていないだけかもしれない。


ただ、差し出そうとした手を退けられた感覚だけが、いつまでも掌の奥に残っていた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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