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鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第十二話 濃紅の番は譲れない

朔夜と肩を並べ、再びあの不可思議な極彩色の空間へと足を踏み入れた。


前回来た時よりも、周囲からの視線は一層鋭く、肌を刺すような熱を帯びている。

けれど隣を歩く朔夜は、そんな喧騒など露ほども気にする素振りを見せない。

堂々とした足取りで、まっすぐ前だけを見ている。


「あそこに見えるのが金物屋だ。その隣には雑貨屋に呉服店、薬問屋も揃っている」

「あちらは子どもたちの手習所、その奥に公園もある」

「もう少し足を延ばせば、総合病院や、鬼狩りと番が住む宿舎が見えてくる」

「店屋物は好きか?蕎麦屋に焼き鳥屋、洒落た喫茶店……居酒屋も悪くない」


無愛想にただ歩くだけかと思っていたのに、予想外の手厚い案内。

彼はあちらこちらを身振り手振りで示しながら、どこか楽しげな声音でこの街の様子を教えてくれる。

その横顔を見上げると、胸の奥が少しだけ温かい。


「朔夜。私、まだお酒を嗜める年齢じゃないですよ」

「……あぁ、そうだったな。つい忘れていた」

「でも、いつか飲めるようになったら、その時は連れてきてくださいね」

「構わない。約束しよう」


約束。

その一言が、何でもない会話の中で小さく光った。


すれ違う人々が幾度も振り返り、こそこそと耳打ちし合う声が絶えない。

それでも、不思議と不快な言葉が胸に届くことはなかった。

彼の心地よい声が、雑音のすべてを優しく掻き消してくれていたから。


「それにしても、立派な病院まであるんですね。本当に、一つの街が丸ごとあるみたい」

「そうだな。ここから一歩も出ずとも、生活が事足りるようには整えられている」


手厚い保護、と言えば聞こえはいい。

けれどそれは裏を返せば、鬼狩りも、その命の鍵を握る番も、結界の外では常に死と隣り合わせであるということ。

彼らを鬼の標的から遠ざけるために、過剰なほどに快適に作られているのかもしれない。


美しい街。

けれど、ここは同時に、守られなければ生きられない者たちの檻。

そんなふうに思えてしまう。


「——少し、報告書を出してくる。ここでしばらく待っていてくれ」

「はい」


案内されたのは、整然と並ぶ隊舎の一つだった。

一番隊の隊舎は、他の部隊に比べてどこか小ぶりで、実利を重んじた質素な構えに見えた。

途中で見かけた、後方支援を担う隊舎の四分の一ほどの大きさだろうか。

あちらは行き交う人も多く、華やかな女性隊員たちの姿も目立っていた。


今日は休養日だからか、一番隊舎の中は最低限の当番兵しかいないようで、静まり返っている。

私の履いているブーツの爪先の音だけが、所在なさを強調するように高い天井へと響き渡った。

あまりにも静かで、一人だけ取り残されたような心地になる。


「あの……。睦月隊長の、番様でしょうか?」

「はい……、そうですが」


声を掛けられ振り返ると、そこには見覚えのある装束を纏った少女が立っていた。

番候補の証である、鮮やかな朱色の衣装。

私よりも四、五歳は年下だろうか。

幼さの残る少女は、祈るように両手をぎゅっと握りしめている。


「ええと……、睦月隊長に、こちらへお呼びするようにと頼まれまして……」

「そうなんですね。ありがとうございます」

「……どうぞ、こちらです」


言われるがまま、私は彼女の後を付いて歩き出した。

隊長の番というのは、これほどまでに若い子を緊張させる相手なのだろうか。

前を歩く彼女の細い肩は強張っている。

歩幅もどこかぎこちなく、その横顔は焦燥か、何かに怯えているようにも見えた。


「大丈夫ですか?」

「え……」

「顔色が、あまりよくないように見えたので」

「……っ」


少女は一瞬だけ唇を噛んだ。

けれど、すぐに作り笑いのようなものを浮かべ、視線を伏せる。


「……こちらのお部屋です」


案内された部屋の扉が、ガラッと重い音を立てて開かれる。


「……っ、ごめんなさいっ!」

「え?」


謝罪の言葉に耳を疑い、振り返ろうとしたその時、背後から無数の手が伸びるのが見え、抗う間もなく暗い部屋の中へと乱暴に押し込められる。


「っつ……!痛っ……」


無防備に前から倒れ込み、掌を擦りむく。

ジンジンと痛む膝を摩りながら、必死に体を起こして視線を上げる。


明かり一つ点いていない、澱んだ空気の漂う薄暗い一室。

扉の外から、慌ただしく人の気配が遠ざかっていく。

窓際に立つその人物は、逆光に照らされて表情を読み取ることができない。


「睦月様の隣に立つ覚悟もなく、こんな場所まで無防備に足を踏み入れるなんて」


けれど、その高く凛とした、冷え切った声音には聞き覚えがあった。


「警戒心の欠片もない。睦月様の番として、やはりあなたは相応しくない」

「あなたは……確か、西園寺さん、でしたよね?」


払うように膝を叩きながら、ゆっくりと立ち上がる。

擦りむいた掌が、じくじくと痛む。

けれど、その痛みのおかげで、逆に頭は少し冷えた。


一方的に見下されたままでは、何もかもを奪われてしまう。

そんな本能的な危機感が、私の背筋を正させた。

努めて冷静を装い、震える声を抑えながら言葉を選ぶ。


「……それを言いたいだけなら、もう戻ってもいいですか」

「いいえ。用件はまだ終わっていないわ」


彼女は、扇子を静かに開く。

薄暗い部屋の中で、朱の装束だけが、炎のように浮かび上がって見える。


「あなたには、睦月様の番がどれほど重い立場なのか、身をもって知っていただきます」


その言葉に、背筋を冷たいものが伝った。

影の中から踏み出してきた彼女の瞳は、執着と隠しきれない敵意に濁っていた。


正面には、憎悪を隠そうともしない西園寺さん。

背後には、彼女の影に控える取り巻きが四人。

逃げ道を探そうと視線を巡らせるが、窓を開けて飛び出すような隙を与えてくれる相手ではない。

逃げ場のない小部屋の空気は、鉛のように重い。

薄暗い室内で、彼女たちの朱色の装束だけが、妙に鮮やかに浮かび上がっている。


「……簡単なこと。その番装束をここに置いて、今すぐ消えていただければ」

「は?番装束……?」

「……まさか、その服の持つ意味すら知らないなんて」


嘲笑を含んだその言葉で、自分が今纏っている衣服の名を初めて知った。

番装束という、その響きだけで、ただの衣ではないのだと分かる。

けれど、そもそも彼女たちだって、私とは色が違うだけで、似たような朱色の装束を身に着けているというのに。


「……そんなことのために、こんな乱暴な真似をしなくても」

「『そんなこと』、ですって……?」

「あなたたちが着ている朱色だって、とても綺麗な色なのに」


ここへ来るまでの道すがら、私は多くの番を見かけてきた。

灰桜色(はいざくらいろ)勝色(かちいろ)縹色(はなだいろ)……それぞれ濃淡もあったような気がする。

立場や隊の特色を表しているのか、多種多様な色彩がこの異界を彩っていた。

色にはきっと意味があるのだろうけれど、私にはまだ、それを正しく読み取る術がない。


「朔夜の他にも、鬼狩りの方はたくさんいると聞いています。番になりたいのであれば、別の人でも……」


そこまで言いかけると、バキッ、という乾いた破壊音が部屋に響く。

彼女が手にしていた、優雅なはずの扇子。

それが、見るも無惨な形にへし折られていた。


「私がっ……私たちが!どんな思いで、どれほどの年月を……その濃紅の装束に焦がれてきたと思っているのっ!!」


見開かれた瞳が、剥き出しの狂気を帯びて私に迫る。

そのあまりの気迫に、喉の奥がひゅっと縮んだ。


ここに連れてこられて、まだ数日。

私の発した不用意な一言が、これほどまでに彼女を激昂させるとは思わなかった。

この世界のことに疎い私には、この衣装が意味する『価値』が、まだ理解できていなかったのだ。


「やはり、あなたに睦月様は相応しくないわ。今すぐその番装束を脱ぎなさい!」


知らないことが多すぎて、言葉を間違えてしまったのかもしれない。

けれど、一度口にしてしまった言葉を、なかったことにはできない。

何より、ここで彼女たちに対して引くことも、どうしてもできなかった。


「……嫌です」

「なぜ!その服の意味も、価値すら知らない癖に!」


彼女がこの衣装に執着する、本当の理由はわからない。

私にとっては、ただの美しい衣服の一つでしかない。

けれど——この服が、私が『彼の番』であるという唯一の証明になるのだとしたら。

それは、決して他人に譲ってはいけない、重いもののように思えた。


初めて朔夜が私に着せてくれた服。

朔夜が、私を『番』だと告げた。

ならば、私が勝手に脱ぎ捨てていいものではない。


「私が……朔夜の番だからです。それ以外の理由は、ありません」

「まだ、そんな不遜なことを……っ!!」

「っ!」


勢いよく投げつけられた折れた扇子が、私の頬のすぐ横を掠めていった。

風圧に、髪がわずかに揺れる。

避けられた、と思った——そばから。


バシャッ、という鈍い音と共に、全身を刺すような冷たい衝撃が走った。


息が止まる。

胸元に視線を落とすと、鮮やかな濃紅色の生地に、墨を溶かしたような黒い液体が垂れ、じわじわと広がっていく。

冷たいのに、肌の奥だけが焼けるように熱い。

大切なものを踏みにじられたのだと悟り、視界の端がぼやけるように滲んだ。


「そちらの薄汚れた色の方が、あなたにはお似合いよ」


彼女が手にした器から、最後の一滴まで真っ黒な雫が落ちる。

何を掛けられたのか、理解が追いつかない。

困惑と屈辱を感じながら、私は外からの微かな気配を察して、振り返った。


同時に、扉が凄まじい勢いで開かれた。


「……待っていろと言っただろう」

「……朔夜」

「お前たち。……俺の番に、何をしている」


低く落とされた声に、部屋の空気が一瞬で凍りつく。

誰も、答えることができない。

蛇に睨まれた蛙のように、彼女たちは震え、立ち尽くす。


私だって、何も言えない。

もしここで私がなにか口にすれば、彼女たちが罰を受けるかもしれない。

それに、声を出した途端、堪えていたものが崩れてしまいそうで。


静まり返った室内で、朔夜の靴の音だけが響く。

一歩、また一歩。

彼は私の前で立ち止まり、黒く汚された番装束を見下ろした。

その瞳の奥で、冷たい怒りが静かに燃えている。


「来い」


短く、拒絶を許さない一言。

腕を強く掴まれ、そのまま部屋の外へと連れ出された。

掴む力は強いのに、擦りむいた掌には触れないようにしている。

そのことに気づいてしまい、胸の奥がぎゅっと痛んだ。


「あのっ……睦月様!私は……!」

「黙れ。口を噤んだ俺の番に感謝しろ。……次はないと思え」


その声は、重く、冷たく。

取り残された彼女たちと共に、いつまでも暗い部屋の隅に澱んでいた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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