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【完結】鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~  作者: 木風


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第十一話 不器用な朝餉の誘い

 目を覚ましてすぐ、昨晩の記憶が一気に蘇って、布団の中で身悶えした。


 鬼に襲われてから今日という日まで、私の常識では到底理解できないことばかりが続く毎日。

 知らず知らずのうちに情緒不安定になっていた自覚はあった。

 あったけれど。


 まさか、あの朔夜に抱きしめられ、子どものように泣きじゃくってしまうなんて……!


「ううっ……」


 顔を両手で覆い、恥ずかしさのあまり布団の中で足をバタバタと暴れさせる。

 思い出すのは、あの腕の力強さと、肩に置かれた大きな手の熱。

 それから、ひどく不器用な声で告げられた「これ以上、泣くな」という言葉。


 命令のようでいて、少しも冷たくなかった。

 あれを思い出すたび、胸の奥が勝手にきゅっと縮こまる。


「梓様。朔夜様が、朝餉もご一緒にと仰っております」


 障子の外から掛けられた控えめな声に、跳ね起きた。


「は、はいっ!?すぐに、すぐに向かいます!」


 今日は休養日だと聞いていたのに、朝からまた顔を合わせるなんて。

 私は心臓を激しく脈打たせながら、大急ぎで身支度を始める。


 最初に袖を通した濃紅の装束の他にも、箪笥には着物や洋服が何枚も誂えられていた。

 間違いなく私個人のために用意されたものだろうけれど、どれも見たこともないほど艶やかで上質な生地ばかり。

 指先で触れるだけでも、粗末な手が叱られてしまいそうな気がする。


 本当に、村娘だった私が袖を通してもよいものなのだろうか。

 迷いに迷った挙句、結局は昨日と同じ、一番見慣れた服を選んで部屋を飛び出した。


 昨日と同じ、朔夜の私室の奥の間。

 卓の上には、すでに湯気を立てる朝餉が整然と並べられていた。


 このお屋敷では、毎食必ず違う献立が出てくる。

 真っ白なご飯に、ふっくらとした山吹色(やまぶきいろ)の卵焼き。

 可愛らしい小鉢に盛られた色とりどりのおばんざい。

 そして、普段の生活では滅多に拝むことすらできない、立派な厚切りの焼き鮭まで。


 見ただけで、お腹がきゅうと鳴りそうになる。

 それなのに、今日は食欲より先に緊張が胸を占めていた。


「あ……。おはようございます」

「……あぁ」


 そこには、昨日までの峻厳な隊服ではなく、柔らかな薄鼠色(うすねずいろ)の着物に身を包んだ朔夜がいた。

 新聞から顔を上げたその表情は、相変わらず氷のように淡々としている。

 昨晩、私があれほど泣きじゃくったことなど、まるで何事もなかったような顔。


 私だけが昨夜のことを引きずって、一人で意識して、勝手に緊張していたなんて。

 そう思うと、恥ずかしさでまた頬が熱くなる。


「今日は、この後に任務の報告書を出しに、鬼省庁へ行く」

「そうなんですね。お忙しいんですね……」


 昨夜、私が泣き止んで、部屋に戻ったのはかなり遅い時間だったはず。

 やはり隊長ともなると、戦いだけでなく、こうした膨大な事務仕事も避けては通れないのだろう。


「……お前も、一緒に行くか」

「えっ?いいんですか?」

「嫌なら、俺一人で行くが……。無理にとは言わん」


 彼はそうぶっきらぼうに付け加えると、ずずっとお味噌汁を啜り、そのまま無言になった。

 まるで、今の言葉をなかったことにしたいみたいに。


 私も釣られるように、上質なあおさが豊かに香るお椀を手に取り、その一口を口に含んだ。


 あ……この感じ、どこかで……。


『おねーちゃん、あそぼー!』

『ちょっと待ってね、この洗い物を済ませたら……』

『むーっ!いやなら、えいただけでいっちゃうからね!』


 かつての弟とのやり取りが、今の朔夜の不器用な態度と重なり、思わず頬が緩んだ。

 こんなに涼しい顔をして、誘いを断られても傷ついていないふりをしながら、誤魔化すようにお味噌汁を飲む目の前の人が、なんだかとても愛らしく見えてきてしまう。


 きっと彼は、どうやって人を誘えばよいのか、その作法を知らないだけなのかもしれない。

 戦場で号令をかけることはできても、朝餉の席で誰かを誘うことには慣れていない。

 そう思うと、昨日まではずっと遠くに見えていた人が、少しだけ近く感じられた。


「ふふっ」

「……何がおかしい」

「いえ、何でも。……この前は、あんまり余裕がなくて、少ししか滞在できなかったんです。だから、よければ色々と案内していただけたら、嬉しいなって」

「……そうか。ならば、食事が旨い店も、景色がよい場所も、幾つか心当たりがある」


 予想外に穏やかな、そして少しだけ弾んだような返事に、私は目を丸くした。

 彼の声音はいつも通り低い。

 けれど、ほんのわずかに、期待が滲んでいる気がした。


「なんだ、その顔は」

「いえ、とても……楽しみです」


 そう、心から楽しみだ。

 あの、四季が狂い咲く不思議な空間を、今度はこの人と共に歩ける。


 彼が言う「景色のよい場所」からは、一体何が見えるのだろうか。

 様々な花が舞う中、隣を歩く彼の横顔を想像して、私の胸は昨日とは違う意味で高鳴っていた。


 朔夜は何も言わず、また新聞へ視線を戻す。

 けれど、湯呑みを持つ指先が、ほんの少しだけ緩んでいるように見えた。


 その小さな変化が、朝の光よりも柔らかく、私の胸に残った。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
何だか純粋な気配を感じる朔夜と、弟妹相手にしていた肝っ玉感じる梓のやり取り、楽しい
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