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憧憬のルーネリアン  作者: 翠屋みとこ
第1章 魔法学院へ

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第9話 運命の年

 薄紅色の花に囲まれた、白亜の学院。

 そのどこかに存在するとされる秘密の部屋――学院長室にて。





 一つしかない窓から差し込む月光が、突如何者かの影により遮られた。続いてその窓が開け放たれ、颯爽と縁に立つ者が一人。

 十代半ばに見える少年だった。ネイビーを基調として白の刺繍が施された服は、彼の学院の制服である。白い月明かりに縁取られ輝くのは金の髪。前髪は左側のみ伸ばされており、右目は眼帯をしている。

 視界などまるで無いにもかかわらず、彼は暗闇と化した部屋を見渡し、縁から飛び下りた。少年の靴が床に触れた瞬間、部屋がぱっと明るくなり……同時に部屋の隅で唸り声がした。


「……眩し……」


 そう言いながら起き上がったのは、隅で丸まっていた一人の老人だ。髪は暗闇に紛れるほど黒く、手入れされた髭は長く伸ばされている。


「リシュア。居たのですか」


 リシュアと呼ばれた老人は、少年の姿を目に留めると、眠気眼を擦りながら近寄ってきた。


「おかえり、遅かったねぇ」

「貴方、またこんなところで寝て……きちんと自室に帰って寝なさいといつも言ってるでしょう」


 少年は呆れた風に、黒い手袋を嵌めた手を伸ばしてリシュアの服についた埃を払ってやった。されるがままに微笑む姿は、まるで孫に世話をされる祖父のようである。


「学院長先生が帰ってくるまで待ってたんだよ。また無理をしてるんじゃないかと思って」


 その一言に少年は手を止めた。そしてリシュアから少し距離を取る。

 目の前の彼も、そしてその兄も。少年からすれば手のかかる子たちだが……同時に、全く以て優しい子たちだと改めて思う。


「どうせ、あの件について町長と話してたんでしょ。……なんとかなりそう?」

「どうにかするしかありません。とりあえずは回収を私が、補填については町長と商会が担う、ということでまとまりました」

「……犯人はやっぱり――」

「十中八九そうでしょうね、証拠はありませんが。でも困りましたね、流石に魔法教師は減らせませんよ」

「あは、三人しかいないもんねー。とりあえず使い魔の監視でも付けとく?」


 老人の提案に頷いた少年は、ふと彼の外套に目を遣った。


「……リシュア。外套の裾が解れています」

「お。魔法で直してくれるの?」


 リシュアは嬉しそうに両手を広げる。それに少年は頷くと彼に向けて手をかざした。



 突如、リシュアの着ていた外套は音もなく彼から剥がされ、ゆっくりと浮かび上がった。解れた部分がピンと張り、透明な糸が布の海を正確に泳ぎ……あっという間に補修が完了した。



 それはまさしく【魔法】であった。

 世界に存在しないと、空想の悪しき魔女だけが使用できたとされるもの。



「ふふ、何度見ても凄いや、魔法って。ありがと」

「魔力で作った仮糸です。後で貴方のお兄さんにでも直してもらいなさい」

「えー、また先生に頼むからいいよ」


 口を尖らせるリシュアに、少年は肩を竦めつつ。


「……何度も伝えましたが、私に【無理】などという言葉は存在しません。ですが……貴方のその優しさを、私は大変嬉しく思います」


 偽らざる本心だった。彼らが自分を慕い抜いてくれるのならば、せめてその真摯な思いには応えたい。

 ――こんな妄執に何年も付き合ってくれているのだから、それくらいはしてあげたいのだ。

 リシュアは目を細めた。少年は、その瞳にひたすらに真っ直ぐな尊敬と、僅かな憐憫を見て取った。


「俺と兄さんは先生のために何でもする。助けてもらったあの日からそう決めたんだ。

 だからさ、俺らをもっと頼ってよ――いよいよ、今年が勝負時。そうでしょ?」


 老人のようでいて、老人らしからぬ男は悠然と微笑み、膝をついて頭を垂れる。

 まるで仕える王に、そうするように。

 傍からみればそれは異様な関係に映るだろう。何せ一人の人間の生ほど年の離れた少年に、老人が跪いているのだから。

 学院長たる少年は、そんな臣下の言葉を嬉しく思う。


「……ありがとう、ございます。ええ、必ず私は父さんの……ルーネリアン(わたしたち)の悲願を、叶えてみせます」


 学院長はリシュアの頭を撫でた。指先が旋毛に当たれば、彼は更に頭を低くする。


「そのために貴方の力を貸してください。我が学院の、副学院長として」





 ――願いを込める時、それはいつも少年の後ろにいた。妖艶に揺らめきながら、長い間彼を詰り続ける緋色の炎だ。

 かつて大切な人の命を奪った炎は囁く。


『叶えろ、己を犠牲にしてでも――死んでいった者たちが、最後まで見続けたあの憧憬を』


 轟々と責め立てるその声に、少年は耳を傾ける。


(わかっています)


 いつか、自身が燃え尽くされるその前に。

 少年の姿をした【化物】には、やり遂げなければならないことがある。


(それが、私の贖罪になるのですから)


 彼は決意を込めて、胸元のブローチ、その奥底に沈むケラススの紋をそっと撫でた。





 やがて夜は終わり、薄明が姿を見せ始める。

 学院は黒から白へと転じ、いよいよ――世界を変える運命の年が始まろうとしていた。

第1章 魔法学院へ 完

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