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憧憬のルーネリアン  作者: 翠屋みとこ
第1章 魔法学院へ

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第8話 グベルナーレ島へ

 レアリィーオ帝国の国花、ケラスス。

 これは元来、帝国の前身ルヴェーラ帝国の属国であり、初代皇帝シャルロティアの祖国でもあったケラスス国に自生していた木である。

 その花は春にのみ咲く。白にも淡い薄紅にも見える色合いの花。その花の美しさ、春の風とともに儚く散りゆく切なさに人々はいたく魅了された。

 ケラススが皇都となってからも、その花を一目見ようと他所から訪れる者も多かったという。彼らは是非自領にもあの花をと木の移植を試みるも、皇都以外の環境に適応することはなかった。

 けれど、皇都の他にもう一つ――美しきケラススが咲く島が存在する。


          *


 列車と馬車、そして舟を乗り継ぎ、ティアリたちはようやくグベルナーレ島に到着した。

 グベルナーレは島全体を一つの町とする。領土に対して人口はそれほど多くないらしい。埠頭には旅客船の他に漁船がいくつも繋がれ、昼間とあって人々が談笑しながら和気藹々と仕事をしていた。

 埠頭から続く町の表通りに入る。魚介類を扱う店が多く立ち並んでおり、慣れない磯の香りが鼻腔を擽った。この町では魚を挟んだシャーロが親しまれているようで、赤く茹で上がった海老が一匹丸々入っているものもあった。お腹の音を鳴らしながら歩いていたティアリだったが、視界にひらり、と何かが過ったことで足を止める。


「わぁ、すごい……!」


 ティアリは頭上を見回した。

 故郷には無かったものが、町全体に溢れている。

 空と地の間を埋めるように広がる薄紅の花が、町の至る所で舞っていた。海風に吹かれ、一つ一つがひらひらと散り行く様には、綺麗というよりも哀愁を感じさせる。

 ティアリは顔の傍までやってきた花びらを手で掬い取る。花の色は、まるで水に溶かしたかのように優しい。


「わかります! 僕もケラスス好きです!」

「そうだね。この花を見ると【始まり】を感じられるよ」


 ティアリの隣でライカが頷き、前を行くアランが振り返りながら言う。


 沈黙の冬を越え、目覚めの春が訪れると、人々は新た生命を大陸神ロンジェに祈る。

 ケラススは生命の始まりを告げる花とされており、どこの町でも春になるとケラスス意匠の品をよく見かけるようになる。玄関に掛け幕を飾ったり、ケラススを模した小物などを贈り合ったりして皆で喜び、祝うのだ。勿論故郷アルテナにおいても例外ではなく、ティアリもケラススを象った万年筆を持っていたりする。

 これが本物のケラスス……! と感嘆していたティアリだが、ふと疑問が浮かんだ。


「でもケラススって、皇都にしか咲かないんじゃ……」


 ケラススは春の皇都でしか拝めない花。よって皇都以外では、咲かない花の代わりに、花の意匠を施した品々が春を知らせる使者として用いられているのだ。


「よく勉強しているね。でも例外が一つだけあるんだ。それがここ、グベルナーレ島。しかも皇都から移植された訳ではなくて、元々あったらしいんだ。不思議だよね」


 ライカによれば、アランは測量家兼歴史学者であるらしい。まだ授業も始まっていないのに講義を受けている気分だなと思いつつ、ティアリは頷く。


「しかもケラススの木は、枝を挿し木、接ぎ木する方法でしか増やせないんだ。これは元々が全て同じ存在なのではないか、と言われていてね――」


 指をくるくると回しながら得意げに話し出すアランにたじろぐティアリ。それに対しライカは「いつものことなんで適当に聞いといてください!」と笑顔で言うのだった。





 町の中心地を通り抜けると、家がぽつぽつと点在するなだらかな丘陵地に出た。


「二人とも見てごらん、あれがアミキティア学院だよ」


 アランが前方を指し示す先。ケラススの木に覆われた小高い丘の上に、その学院はあった。

 最初に目に入ったのは真っ直ぐに伸びる塔。上部に針時計がついている。


「結構大きいですね!」


 付近にある家々に比べると、その大きさがよくわかる。ライカが巨大な校舎に感心する後ろで、ティアリもまた息を呑んだ。


(確かに大きい。けど……それよりも)


 ティアリが感じたことは二つ。

 一つは学院校舎が纏う空気感。先ほどまでいたグベルナーレの町とは一線を画す、瀟洒な建物。つまりは全く島に調和していない。

 もう一つは外観の色合いだ。

 遠目から見てもその白さは一目瞭然。太陽の光が延ばす線よりも、煌めく真珠よりも眩しい。対して屋根などの装飾部分には、黒に近い灰色を用いることでより一層校舎の純白さを引き立たせていた。


(元々白い素材で建てられたのか、それか後から白く塗られたのかな?)



 薄紅の花に囲まれた、異質たる白の学院。

 それは果たして、未だ汚れを知らない無垢なのか。

 または、元々あった色を塗り潰された更正なのか。



(そういえば、学院章は白い……というより、透明なケラススが使われてた。学院がすごく白いから……?)


 何かはわからない。けれどそこには確かな意志が感じられる。


(……少し、怖い。けどそれ以上に――あの学院が、気になる)


 唇を引き締めて歩き出そうとした時、ライカがティアリの手を取った。


「うおー! 僕、緊張してきましたー! というわけで、早く行きましょうティアリさん!」

「え、わ……ちょ、待ってライカくん」


 少女を引っ張って行こうとする少年。そんな二人を微笑ましげに眺めつつ、けれどアランが二人を引き止める。


「熱いねぇ二人とも。でも学院に行く前に、まずは寮に行かないと。入学式は明日だからね」

「…………あ」

「そ、そうですね……」





 学生寮は校舎がある丘の麓に、二棟立ち並ぶ形で建っていた。

 正門を潜ると、大きな噴水とその前で腕組みをして立っている女性が一人。短く切り揃えられた茶髪、吊り上がった赤い目をしており、薄手の服の下から覗く筋肉のついた身体が、夕日に照らされて真っ赤に染まっている。

 女性はティアリとライカが目の前まで来ると、凄まじい眼力で見下ろした。背もティアリより随分と高く、気迫がある。


「――遅い」


 そして開口一番、そう言い放った。思わずびくっとなるティアリに対しライカは「すみません! どちら様ですか」と宣うので、ティアリの肝はアルブ州の雪より冷えた。

 女性はギロリとライカを睨むも、彼は全く動じない。威圧感に押し殺されそうになっていると、女性が短くため息をついた。


「ここの寮監、メリッサ・バーントだ。体育教師もやってる。お前ら、名を名乗れ」

「ライカ・ウィシュタリアです!」

「ティアリ・エフォルティーネ、です」


 筋骨隆々の女性教師メリッサは、紙面と二人の顔を見比べてペンで丸をつけた。


「よし。これで新入生は全員入寮、と。

 ……お前ら、どんな事情があったかは知らねぇけどよ。明日が入学式だってわかってンだよな? お前ら以外奴はとっくに準備終えてンだよ。そういう意味で【遅い】と言った。わかったか?」

「はい、よくわかりました!」

「返事は誰でもできんだよなぁ。まあいいや。今から説明すっからよく聞けよ」


 メリッサはてきぱきと説明を始める。

 正門から見て右が男子寮、左が女子寮。食堂や広間などは一階にあり、どちらの棟とも繋がっているようだ。校舎と比べれば、こちらは至って普通の木造建築である。


「制服は机の上、鞄は横に掛けてある。明日の持ち物は鞄と筆記用具だけでいい。それと、制服の上からケープを羽織ることを忘れるな。箪笥の中にある。

 始業は八時半、お前らどっちも一組だからその教室に集合。

 ……なんか質問は? ん、ないな。ならさっさと部屋入って休め。長旅ご苦労さんと言いたいとこだが、入学式は明日なんだからよ」


 それだけ言うとメリッサは颯爽と踵を返す。ライカも「じゃあティアリさん、また明日!」と疲れなどまるでない様子で、手を激しく振りながら男子寮へと歩いて行った。





 女子寮に入ったティアリは、自分の部屋となる扉の前で、聞き耳を立てていた。


(予想はしてたけど、やっぱり一人部屋じゃないよね)


 寮の同室である女子生徒と、上手くやっていけるか。……それが、ティアリの一番の不安要素だった。


(どんな人だろう、うう。せめて話しやすい人だと良いんだけど――)


 扉の取っ手を握る手に自然と力が入る。そのまま体重を扉に預けていた彼女は、耳に集中するあまり平衡感覚を失い、身体で扉を押し開けて中に入ってしまった。


「わ……って、あれ」


 そこには誰もいなかった。もう日は落ちて夜だと言うのに、どこかへ出かけているのだろうか。

 ともあれ、ティアリはほっとして静かに扉を閉めた。

 部屋は二人用だった。足先が向かい合うように設置された二つのベッドに、文机、箪笥などの基本家具がそれぞれ二つずつ。その片方を見て、ティアリは同室相手がどちら側を使用しているのかすぐにわかった。

 毛布や枕、はたまた文机にある万年筆まで、持ち手が薄紅色をしている物ばかり。おそらくは同室相手の物だろう。


(……ピンク色が、好きな子なのかな?)


 違う色の物と言えば、化粧机に置かれている、端に金具がついたお洒落な赤色のリボンくらいだろうか。

 相手の私物は見たところ安物ではなく、全て完璧に整理整頓されている。きっちりしたお嬢様……そんな姿を思い描きつつ、ティアリは同室相手の帰りを待つことにした。

 しかし、日は完全に落ち、月が遥か上空で輝く静かな夜になっても、同室の生徒は一向に帰ってくる気配がない。


「ふぁ……流石に、疲れたかも……」


 帰ってこないならば仕方がない。明日の朝、起きた時に挨拶をしよう。

 ティアリはそう結論付けて、ベッドに潜り込む。そして目を閉じた。

 これから始まる、不思議であろう学院生活に想いを馳せながら、彼女は新たな地で初めての眠りについたのだった。

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