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憧憬のルーネリアン  作者: 翠屋みとこ
第1章 魔法学院へ

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第4話 不思議な入学試験

 ティアリはもう一度、張り紙を注意深く見る。


「アミキティア……聞いたことない名前だ」


 行けないとは知っていつつも、ティアリは大陸にある学院は全て調べていた。そんな名前の学院は無かったし、ましてや魔法を学ぶ学校などあるはずもない。


「魔法学院、なんて……そんなの、あるの?」


 この世に魔法など実在しない。それは物語の中にしか存在し得ない幻想だ。

 そして古来より【魔女】は忌み嫌われてきた存在であった。

 レアリィーオ帝国の前身、ルヴェーラ帝国に古来より伝わる神話【神と魔女】ではこう書かれている。

 かつて大陸に、不可思議な力を操る【聖女】が降り立った。彼女は人々のためにその力を使い、奇跡を起こし続けた。

 しかしある時を境に、聖女は心を闇に染め【魔女】と成り果て、終わらない地獄を描いた。

 魔女による災厄が猖獗を極める中、みかねた大陸の神は人々を扇動し、共に魔女を打ち倒したのだ。

 ――魔女は悪者、それが大陸の共通認識である。

 童話や御伽話に登場する魔女は必ずと言っていいほど悪者であるし、たとえ魔女が出てこなくても、【ルーネリアと魔法の石】のように、魔法を手にした者が欲に溺れ、悲劇的な最期を迎える――そんな話は、今日に至るまで多く残されている。

 けれどもそれと同じくらい、魔法で願いを叶える話も多いのだ。

 人々が魔法に憧れるとすれば、それは魔法そのものというよりも【現在の環境を一変させるような奇跡に期待している】といった方が正しいと、ティアリは思う。

 ――例えば、自分自身のように。


「あれ、そういえば、猫ちゃんは……?」


 追いかけてきた黒猫がいないことにティアリはようやく気がついた。辺りを見渡しても、響くのは彼女の靴音だけ。

 気まぐれな猫のことだから、また屋根を伝いどこかに行ってしまったのだろうか。

 ……それとも。

 風が吹く。ともすれば飛ばされそうな張り紙は、じっとティアリを見つめたままだ。


「まさか、そんなわけない、よね」


 まるで、ついてこいと言わんばかりに何度も振り返った猫。それがもしも、ティアリにこの張り紙を見せるためだったとしたら? 猫はティアリが目を離した隙に、自分の役目を終えたからこの中に帰ったのではないだろうか。


「……少し、試すくらいなら」


 ティアリは一歩を踏み出す。四段あった階段を上り、三回扉を叩く。

 そして二回深呼吸をして――ティアリは取っ手を押し込んだ。



 ――刹那、ティアリは扉の中へと押し込まれる。何に、かはわからない。けれどそれは、糸か何かで身体を引かれているように、無遠慮で荒々しいものだった。


「うわっ!?」


 そして彼女は闇へと吸い込まれる。というのも、扉の先は少しの光もない暗闇だった。

 足を引っ掛け前方へ転倒しかけるも、ティアリは【何か】に手が当たり、無我夢中でそれにしがみついた。

 わけがわからないでいると、突如身体が前方に大きく揺れた。


「なに、何っ、一体なん、なのっ……!?」


 何も見えない。音も、匂いも、全て存在しないかのような……暗闇というより【無】であるような。

 何故だかは説明できない。けれどティアリは、手を離せば【振り落とされる】と思った。


(こわい、怖い……!)


 聞こえるのは自身の心音だけ。次第に荒くなる呼吸に耐えきれなくなりそうになり、ティアリは目を閉じる。

 けれど何秒かそうしているうちに……瞼の裏側が橙色に染まり始めた。

 ティアリは不意に目を開け――その景色を見た。



 眼前には、見渡す限りの草原が広がっていた。



 眩しい。そう思った時、頭上で太陽が燦々と煌めいていることに気づいた。

 心臓が早鐘を打つ。先ほどまで自分は町中にいて、扉を開いて変なものに乗せられて……そうして辿り着いたここは、全く知らないどころか見たこともない場所だった。


(え、え? ここ、どこ?)


 反射的に後ろを振り返るも、果てしなく続く地平線があるだけだった。


(わたし、夢でも見てるの?)


 風に揺れる草がこそばゆい。乾いた土の匂いがする。――間違いなく、自然を肌で感じられている。到底夢だとは思えない。

 一瞬、サンジビット大草原に来てしまったのかと思ったが、あそこには多少の木々が存在すると聞く。

 けれどここは、まるで子どもが描いたように単調な場所だった。一面の緑にぽつぽつと紫色があるだけの、恐ろしく現実味がない空間。咲いている花はラベンダーだろうか、少しだけ爽やかな香りが鼻腔を擽る。

 ティアリは徐に立ち上がった。

 夢でないのならどうすればいいのか。彼女にはおよそ見当がつかない。

 動悸と共に手汗が滲む。早く帰らなければ、また義母に叱られる。また父に悲しい顔をさせてしまう。

 ティアリがより一層拳を握り締めた時――後ろから声がかけられた。


「ようこそお越しくださいました」

「ひゃっ!?」


 肩が跳ね上がり、咄嗟に後ろを振り向いた。

 そこにいたのは背筋を伸ばした金髪の男。男は執事のような服装をしており、一見普通の人かと思ったが……。


(……目隠し、してる?)


 唯一特徴的な点があるとすれば、目元を布で覆い隠していることだった。


「私、アミキティア魔法学院の入学試験監督を務めます【試験会場設置用使い魔】と申します」


 胸元に手を添え恭しく礼をする彼に、ティアリは本能的に後退った。

 試験監督? 使い魔? 何を言っているのだろう、この得体のしれない人は!

 ティアリは思った。やっぱりこれは夢なんだ、と。


「ご、ごめんなさいごめんなさい……帰してくださいぃ」


 ともかく逃げよう! と走り出そうとするも、ティアリは盛大にすっ転びそうになった――が。

 顔面が地に激突する瞬間、彼女の身体はふわりと浮き上がった。


(浮いてる……!?)


 身体に纏う空気ごと動かされているような感覚の後、足が宙に浮いていることに気づく。一瞬思考が停止するも、慌てて手足をじたばたとさせるティアリ。


「な、何かに掴まらないと……う、わっ」


 かと思えば、ティアリは元いた場所へと静かに戻され……もとい着地した。


「落ち着いてください」


 試験監督だという使い魔が淡々と言い放つ。

 もしかして今、この人は魔法を使った?

 本当の本当に、魔法が存在するというのか。


(……わ、わからない。なんかもう、どうにでもなれ)


 ティアリは考えることをやめた。

 多分まだ夢の中にいるんだ。草とか土とかすごく本物っぽいけど、きっとよく出来た夢に違いない。そうでなければあり得ないことが起きているのだから。

 だったらこの時くらい、魔法を味わってみたっていいじゃないか――ティアリはそう結論を出し、使い魔に向き直る。


「貴方様は【試験会場案内用使い魔】に誘われてここまで来られたのでしょう。ならば試験を受けられるべきです」


 その使い魔とは、まさか追いかけてきた猫のことを指しているのだろうか。一体いつから夢を見ていたのかは気になるが、ティアリはとりあえず頷くことにした。今はこの試験とやらを受けなければならないようだ。


「は、はい。わかりました」

「いくつかの質問の後、筆記試験を受けていただきます。学園卒業相当の学力を求めますが、そう難しくはありませんので力を抜いてお答えください。――では、まず貴方様のお名前をどうぞ」

「ティアリ・エフォルティーネ、です」

「ティアリ・エフォルティーネ様ですね。どちらのご出身ですか」

「フレーウム州の、アルテナという町です」


 質問は淡々と進んだ。特に大したことは聞かれずほっとしていると、使い魔が指を鳴らし机と椅子を出現させた。すぐさま筆記試験に移るのだという。

 ティアリは持てる知識で懸命に試験に取り組んだ。文字の読み書きや思考能力、一般常識を問う試験は、学園を卒業したばかりのティアリにとって、そう難しいものではなかった。魔法学院というからには、あくまでも魔法を中心に教えるつもりなのだろう。

 なんなく問題を解いていき、いよいよ最後の質問。

 そこにはたった一行、次のように書かれていた。



 ――あなたが、魔法で叶えたい夢は?



(夢……わたしの、夢?)


 思いつくものはたくさんある。

 フレーウム州を出て、別の州へ行ってみたい。たとえばカーレルム州に行って海を、アルブ州に行って雪をこの目で見てみたい。

 しかしそのどれもを、ティアリは叶わないと諦めていた。だから誰にも言わなかったし、考えることをやめていた。夢を見れば見るほど、叶えられないことに肩を落とす自分がいたから。

 ――でも、今この場所では。

 それを願っても許されるなら。


(……わたしは――)


 ティアリは筆を動かす。しっかりと書き記したそれを使い魔に手渡した時――用紙が透明になり、彼の身体の中へと消えていった。


「それでは、ティアリ様。

 ケラススの花咲く季節に――またお会いできますように」


 突如として、ティアリの目の前にあの扉が出現した。……嫌な予感がして背筋が寒くなるも、すぐに糸らしき何かが彼女を連れ去ってしまう。


(ま、また【あれ】に乗るのっ!?)


 飛び交う草花に見送られる中――ティアリは再び【あれ】に乗り、気がついた時には、元いた町の路地裏に座り込んでいた。


 この出来事が夢でなかったと知るのは、後日エフォルティーネ家に届いた一通の合格証書を見せられた時だった。

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