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憧憬のルーネリアン  作者: 翠屋みとこ
第1章 魔法学院へ

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第3話 姉と妹

 ティアリが学園を卒業する一年前のこと。

 フレーウム州都メルダスで皇族主催の舞踏会が開かれることになり、地方の子爵令嬢であるティアリとチュリンにも招待状が届いた。

 このことにグレンダは大層喜んだ。こうしてはいられないと彼女は家にドレスや装飾品の職人を招き、チュリンを徹底的に仕立て上げ始めたのだ。その入れ込みようは凄まじく、ティアリは巻き込まれまいと一日中部屋から出ないこともあった。


「今回の舞踏会は皇太子が来るらしい。より一層気合いを入れなければ……」


 グレンダは忙しなく準備を進めていった。血走ったその目が、何を欲しているかをティアリは知っていた。


(皇太子様が出席なさるなら……これが【州妃】候補を決める場になるんだ)


 そしてそのことを、チュリンも理解している。大粒の真珠をふんだんにあしらったドレスに身を包み、恍惚とした表情を浮かべる彼女の姿こそ、己の輝かしい未来を夢想していることを何よりも物語っていた。





 大陸を統べるレアリィーオ帝国では、皇帝にのみ一夫多妻制が認められている。

 かつて大陸には数多の国が存在し、それぞれ王が統治していた。

 その中でも最も力のあったルヴェーラ帝国が内乱により廃され、新たなる国家──レアリィーオ帝国が建立する。

 レアリィーオ帝国は当時の大陸にあった大国を中心に州を制定し、五つの州とした。


 鮮血の歴史を抱え、後世に語り継ぐルヴェーラ州。

 静謐な海と水を司るカーレルム州。

 広大な土地と豊穣を讃えるフレーウム州。

 白き雪の監獄であるアルブ州。

 紛争地帯だった小国密集地の名残が垣間見えるゲルテア州。


(州妃という制度が取り入れられたのは、たしか七十五年前。理由は各州の力関係を均等にするため……って、先生が言ってたっけ)


 選ばれた妃は皇帝との子を産み、その五人の子供の中から、次代皇帝を決める。

 つまり、州妃に選ばれた女の家は皇族との関わりを持つこととなり、仮に我が子が皇帝に選ばれずとも、場合によっては上位の爵位を賜る可能性もある。

 次代の皇帝となる皇太子はまもなく二十歳となり、既にルヴェーラ州、アルブ州で舞踏会が行われ、その場で州妃候補が決まったと聞く。次はフレーウム州の番というわけだ。


(チュリンは、州妃に選ばれようと張り切っているけど)


 正直に言えば、ティアリにとっては州妃などどうでもいいことだった。


(でも、州妃になれたら、この家から出られるのかなぁ。できればお父さんも一緒に連れて行って……)


 叶わないことを願うのは、不毛だとわかっている。

 ――けれど、もしも魔法が使えたら。

 そうしたら、どこにも行けない自分自身を颯爽と救い出せるのに。


「……なんて。そんなこと、あり得ないか」


 魔法などこの世にあるわけない。それは空想の中だけの特別なものだ。

 だからティアリは夢を見ない。ただ、今以上の苦痛を受けませんようにと、切実に願うだけだった。





 舞踏会が近づいたとある日の夕食中。この日父は不在であり、ティアリはいつも以上に鬱屈とした気分で肉と野菜が入ったシャーロを切り分け、ちまちまと口に運んでいた。

 グレンダは酒の入った器を傾けながら、紅潮した顔で正面に座る娘を激励する。


「チュリン、この機を逃すでないぞ。お前は大層美しい。この私の娘なのだからな……必ず皇太子を射止め、州妃の座を掴むのだ」

「はい、勿論ですわお母様」


 元気よく返事した娘に頷いた後、グレンダはその隣にいたティアリに視線を移した。


「お前も一応招待されたのだ、せいぜいチュリンの引き立て役ぐらいにはなってくれるな?」


 有無を言わさぬ瞳で刺されると、いつもティアリの胸に鈍痛が走った。咄嗟に袖を掴んで目を逸らしてしまう。

 ああ、こうなったが最後、罵声が飛んでくることはわかっているのに。

 一度下を向いてしまっては顔が上げられない。震えた手の止め方がわからない。

 隣から「まあ、お姉様が怖がってるじゃありませんの、お母様」と蔑む声がした。

 正面から「心の弱い奴だな」と呆れた声がした。





 アルテナの町からフレーウム州都までは、馬車を使い三日ほどかかる。いずれアルテナにも列車を通したいとグレンダは考えているようだが、州からの許可が中々下りないらしく、実現するのはまだ先になりそうだ。

 いよいよ明日屋敷を出立する。なのでティアリは、学園から帰るとすぐに荷造りを始めた。

 普段であればティアリの侍女マアサが手伝ってくれるところだが、屋敷の侍女や使用人は皆気合いの入ったチュリンの支度に駆り出されている。けれどそれで構わなかった。むしろ一人で考えながら準備をする方が気が楽だ。

 小さな鞄にどう荷物を詰めるか、あれこれと考えていると、扉が数回叩かれた。

 開けた先にいたのは、不敵に微笑む一つ下の義妹チュリンだった。


「ごきげんよう、お姉様」


 しなやかに伸びる鮮やかな金の髪に、底知れぬ黒を纏う瞳。寝巻きを着て化粧を落としていても、彼女は展示された美術品のように美しい。

 ティアリとチュリンは血が繋がっていないため、全く似ていない。彼女はグレンダと前夫の子供であるし、ティアリは連れ子だからだ。そしてグレンダが褒めそやすように、義妹は人目を引く、大層麗しい顔をしている。

 グレンダは美しいものが好きだ。伴侶となる男を選ぶ基準は顔が良いかどうかだという。そうでなければ、平民の中でもとりわけ貧乏な父とわざわざ結婚までしない。父の顔は清潔にすれば整っている方なのだ。

 チュリンはティアリの返事を待たずに部屋に押し入った。そして、ベッドに乗った小さな旅行鞄を一瞥する。


「お姉様。出立は明日ですけれど、もう準備はできまして?」

「ご、ごめんなさい……まだなの。結構荷物が多くて、詰めるのが大変で」


 チュリンは名案を閃いたと言わんばかりに両手を合わせ、目を細めて不自然なほどに唇を釣り上げた。


「ならドレスはあたくしが持っていくわ。あたくしの鞄はお姉様のよりうんと大きいもの」


 そんな義妹に怯えながらも、彼女の提案を断ることはできなかった……後で義母になんと言われるか、わかったものじゃない。


「え、と……じゃあ、よろしく、お願いします」


 ティアリは渋々それを受け入れ、丁寧に折り畳んだドレスを、震える手でチュリンに渡した。


「ふぅん、これだけですのね」


 チュリンはそれを引ったくると、満足したように部屋を出ていった。



「お姉様のドレス? ……何のことかしら?」


 州都メルダスの宿屋に到着し、ティアリがチュリンにドレスを貰いに行った時――義妹はあっけらかんとそう言い放った。

 ……嫌な予感が、いや、直感が告げている。これはそういうことだと。


「あ、ええと……あなたがわたしの分まで、持ってきてくれるって」


 言ったよね、と言い終わる前に。


「あら、そんなこと言ったかしら? ああお姉様、舞踏会まで時間がないわ。あたくし準備がたんとありますのよ、そんなことくらいご自分でどうにかなさってください」


 チュリンの後ろにいる侍女たちの、同情を隠しきれない目がティアリを突き刺す。


「きっと魔女の仕業ね。魔法でお姉様のドレスをどこかに捨ててしまったのだわ」


 チュリンはそう言い放ち、ティアリを締め出した。勢いよく閉まる扉の音が、彼女の心に重くのしかかった。

 自室に帰ったティアリは、侍女マアサにそのことを伝えた。一瞬で顔を真っ青にして、崩れ落ちそうになった彼女を支える。


「も、申し訳ございません、お嬢様……私が、他のものも入れていれば」

「いいんです。……よく確かめなかったわたしにも、落ち度があります」


 義妹からの細かな嫌がらせは日常茶飯事だけれど、これほど露骨なものは久しぶりだった。


(最近は、収まってきていたと思っていたけど……気が立ってるんだろうな)


 チュリンがどれだけ舞踏会、ひいては州妃という立場に焦がれているか……この数ヶ月間の義母たちの様子を思えば当然のことだった。気晴らしに雑草を毟るくらいはしたくなるのだろう。


「申し訳ございません、お嬢様、本当に、すみません……」


 謝り続けるマアサに対して、ティアリは存外冷静でいられた。一人でも自分のことを想ってくれる人がいるなら、まだどん底じゃない。だから平気。


「謝らないでください、マアサさん。別に構わないんです、舞踏会なんて……わたしには、縁のない世界だった」


 正直肩の荷が下りた。出られないという名目を得たことで、心置きなく不参加の札を手に取れるのだから。

 結局ティアリは舞踏会に参加しなかったが、代わりに舞踏会に伴って開かれた州都の祭りを見て回り、宿屋に帰った。

 その後、皇太子を射止めるどころか話せもしなかったチュリンが八つ当たりに来たこと以外は特になく、ティアリたちは州都を後にした。


          *


(懐かしいな……お祭りで食べたお肉のシャーロ、美味しかったな)


 ティアリはまだ青い空をぼんやりと見つめながら、一年前のことを回想していた。

 レリアのこともあって、真っ直ぐに帰宅する気になれなかったティアリは、広場にある噴水前の長椅子に腰掛けていた。いつもならば誰かしらが佇むこの場所も、今は彼女一人きり。広場に面した家の窓は閉め切られており、噴水の流れる音だけが重い身体に染み込んでいく。頬を掠める冷たい風が、枯れ葉すら連れ去ってしまったかのように……辺りは物悲しい冬の気配を残していた。

 結局、一年前のティアリは宿屋周りを必死に探したものの、ドレスを見つけることはできなかった。チュリンがどこに捨てたのかはもはや知る術がなく、はっきりしているのは、あれがもう帰ってこないことだけだ。


(……お父さん、ごめんね)


 深緑に青いリボンのついた、長い丈のドレス。それは子爵家に入った時にみすぼらしくならないようにと、父がなけなしのお金で買ってくれたものだった。

 寝る前にドレスに触れ裾をはためかせれば、明日もまた頑張ろうと思えた。けれどそれがなくなってからは、胸が締め付けられる思いでクローゼットの取っ手を握り、変わらない毎日を嘆くだけの日々だった。

 卒業証書が入った鞄に顔を押し当てる。そうして、くぐもった声で呟いた。


「お父さんと、二人で暮らしていた時の方が、楽しかった、なあ……」


 口にするべきじゃなかった。思い出してしまう、辛くも笑顔の絶えなかったあの日々――毎日朝から晩まで田畑を耕して、疲れた身体で大変だったねと笑い合うような、そんな生活を。あの時のティアリは確かにボロボロだったけれど、今よりも生き生きとしていられた。

 だというのに今は、自由に言葉が出てこない。思っていることを言ってしまったが最後、父を困らせることは明白だった。

 ティアリがぎゅっと拳を握り締めた、その時。


「――にゃあん」


 小さな、鳴き声がした。

 ティアリが顔を上げると、そこには真っ黒の子猫がいた。まん丸な瞳でこちらを見つめる可愛らしい仕草に、ティアリはふっと微笑む。


(まるで【猫と王子様】に出てくる猫ちゃんみたい。……そういえば、一年前のお祭りも、こんな感じの猫ちゃんと一緒に回ったような)


 あの時も、自分は猫相手に色々話しかけていた気がする。ティアリは周りに不審がられないよう、小さな声で猫に話しかけた。


「あなた、どうしたの?」


 猫は真っ直ぐにティアリを見上げ、もう一度短く鳴いた。かと思えば、翻して徐に歩いていく。その姿をティアリは黙って見つめていたが、何故か猫はまたこちらを振り返った。


「……?」


 尻尾を上下に激しく揺らし、地面に叩きつける猫。少し怒っているように見えるのは気のせいだろうか。


「……もしかして、なんで着いてこないのって、言ってるの?」


 次の瞬間猫は走り出し、ティアリもまた突き動かされたように駆け出した。猫は縫うように人の波を避けて進んでいく。


「ま、待って、どこにいくの?」


 猫が軽やかに駆けていく。それをティアリは必死で追いかける。すれ違う町の人が好奇の目で彼女を見るが、そんなことは気にならなかった。


 表通りを逸れて裏路地に入ったところで、猫は停止した。数秒遅れて辿り着いたティアリは、乱れた呼吸を抑えながら、黒猫に近づこうとして……それに、気づいた。

 猫は階段の上にある、影のかかった扉をじっと見つめている。

 何の変哲もない木製の扉だ。けれど、何か紙が張り付けてある。

 ティアリはその張り紙に目を凝らす。

 そこにはたった一文で、こう書かれていた。



『アミキティア魔法学院 試験会場はこちら。三回叩いてから扉を開けてください』



 それは、まるで御伽噺の始まりのような――非現実的な内容だった。

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