第28話 信じたい
ティアリはライカに【ルーネリアと魔法の石】を語って聞かせた。学院に来てからも幾度となく目にした本とあって、内容は何なく諳んじることができた。
「――そして、ルーネリアさんは炎の中亡くなった。たった一人で……」
語り終えたティアリは、視界の端に映ったランタンの火から目を逸らすように暗がりへと視線を落とす。揺らめく橙の中に学院長の姿を見たような気がして、重い心音が身体をびくりと震わせた。
「それで、終わりですか?」
ライカの、普段よりも吐息が混じった、ともすれば消え入りそうな声にティアリは頷く。
「うん、続きはもう無いの」
これ以上悲しい結末を見たくないと思ったことも、幸せな続きを願ったこともある。だが、この物語はこれで終わりだった。
ライカは息を吐きながら足を伸ばした。
「……学院長って、本当にこの童話に出てくるルーネリアさんと、同じ人なんでしょうか。絵本ではどんな見た目をしてたんですか?」
ティアリもずっとそのことを考えていたが、考えるほどその輪郭はぼんやりとしていく。
「金髪の人で……顔は、特徴があるようには描かれてなかった。普通の男の人だったよ」
「学院長も金色の髪ですよね。でも、僕と同い年くらいの男の子だし……年齢が合わないですよ」
「ああ、それなら――」
ティアリは昨日の授業の後、猫に〈アリガトウ〉を伝えたことは伏せつつ、学院長が『自分は人間ではなく【とある男の人格と記憶を映し取った魔法生物】であり、およそ百年を生きる存在』だと言っていたことを話した。ティアリの予想に反しライカは目を見開いて驚いた後、すぐ暗い顔になった。
「……じゃあ学院長は、炎に焼かれたかもしれないってことですか」
こんな悲しい話が本当にあってほしくはないのだが、それならば同一人物という説は成立する。
「まだ学院長が童話だって決まったわけじゃないけど……。
ルーネリアさんは嘘ばっかり吐いていた。町の人々は何度も騙されてきて……今回は本当なんだよ、なんて言われても信じられなかったんだと思う」
今、義妹チュリンに『もう虐めない、ドレスだって返してあげる』と言われても、ティアリはきっと信じることはできないだろう。伸ばされた手を取るためには言葉に伴う信用が必要だと、童話が教えてくれているように。
(それでも……わたしは、思ってしまっている)
ティアリは深呼吸して目を伏せた。今から話すことでライカがどう感じるのか、少しだけ怖かった。
「ライカくん、ごめんね。学院長がライカくんのペンダントを奪ったことはわかってるの。
でもわたしは……信じたいんだ。あの人のことを」
ライカの大事なものを奪った悪い人でもあり、けれど自分の想いを認めてくれる優しい教師でもある、心を持った人間ではない存在。そんな信用という地盤も無く、宙に浮く少年に近づきたいと――ティアリはそう思う。
ライカはティアリが話し終えるまで黙って聞いていた。暗い視界の中「ティアリさん」と呼びかける声がして、少女は目を開く。
「謝る必要なんか、ないです。だって……僕も信じたいって思いますから」
ランタンの火はもう、悲劇を思い出させる炎ではなく、辺りを照らす光へと変わっていた。
「童話の最後。ルーネリアさんは友達が欲しかった、って言ってましたよね。だから僕は、童話のルーネリアさんにも学院長にも、こう言いたいんです。『僕はあなたを信じます。だから友達になりましょう』って!」
「……!」
「僕だってペンダントは返してもらいたいです。でも無理矢理は嫌ですから」
にかっと笑うライカは星よりも眩しかった。寒空の下、触れ合った肩が暖かく感じるのは、きっと毛布だけの力ではない。
ティアリはくすりと笑みを零した。
「学院長先生と、友達」
「おかしいですか?」
「ごめん、馬鹿にしたんじゃなくて……やっぱりライカくんは凄いなって。うん、友達……」
ティアリの言葉を受け、ライカは自分なりの言葉を返してくれる。
そのことが、堪らなく嬉しかった。
*
ライカががくん、と肩を揺らしたことで、ティアリはもう随分と時間が経っていることに気づいた。
「ライカくん、そろそろ帰ろっか」
「うう、そうですねっ流石に眠たいです」
ライカがランタンを持って立ち上がり、ティアリが毛布を畳んでいた時。
――近くで、何かが倒れる音がした。
「……あれ、今何か」
「正門の方からです!」
突き動かされたようにライカが駆け出す。ティアリも遅れてランタンを追う。
もはやこっそりと寮を抜け出していることも忘れて、正門まで回り込むと……黒い正門が僅かに開かれていた。
「ティアリさん、誰か倒れてます!」
ライカが座り込み、灯りでその人物を照らす。
倒れていたのは、薄紅の髪の少女――アルル・ユフィールだった。
「な、なんで」
ティアリも少女に駆け寄ろうとした、その時。
「――おい、そこの二人」
びくりと肩を震わせた。ティアリとライカの横から……つまりは、開かれた正門の向こうから地の底から湧き上がってくるような声がした。その女性は逞しい腕を無造作に組みながら、鋭利な赤い瞳で二人を睨めつけている。
「メリッサ先生!」
「……はあ、お前らまで寮を抜け出してたのか? まあいい、説教は後にしてやる」
メリッサは気怠げに動き出すとアルルの上半身を起こした。呼吸は荒く、頬も紅潮している。意識を失うほど体調が悪いことは明白だった。
メリッサはまずライカに指を差し「お前は早く帰って寝ろ」と言い、ティアリを見上げた。
「アタシがこいつを部屋まで運ぶ。お前はこいつはお前と同じ部屋だろ、看病させてやる」
筋骨隆々の女教師は、アルルを難なく抱き上げるとすぐさま寮へと向かって行った。




