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憧憬のルーネリアン  作者: 翠屋みとこ
第3章 沈黙より踏み出して

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第22話 食堂にて

 ミシェルの授業を終えたティアリ、ライカとキャシーは食堂へと向かっていた。生徒ばかりで教師は目立つだろうから行きたくない、と言ったミシェルを引っ張りながら。

 ちなみに授業後すぐにミシェルの元へ向かい、彼女の歌と踊りを褒め称え、気を良くさせたところで腕にしがみつき、半ば無理やり連れ出して来たのはキャシーである。曰く「先生の話が聞きたいんだ。一緒に食事をして欲しいよ」とのこと。


「……で、食堂はどこにあるのかしら」

「先生、行ったことないんですか?」

「私、基本的にお昼は食べないから。それに教師は大体職員室で食べているのよ、恥ずかしいわ……」

「いいからいいから。ボクの奢りだよ」

「生徒に奢らせるわけないでしょ、学食くらい払えます」


 グイグイ迫るキャシーにたじろぐミシェルは、教室とは違って少し砕けた話し方に変化していた。もしかするとこちらが本来の性格なのかもしれない。

 腕を組んで歩く女子二人と、彼らと顔を合わせるように後ろ歩きをしながら、ご飯が待ちきれないのか小躍りしているライカ。騒がしい三人の後ろで、ティアリは今日は何を食べようかな、などと考えていた。





 学院の中庭は広大で、中心にある花畑以外は芝生が植えられている。休み時間はここで友人と語らうといった憩いの場として利用する生徒も多い。

 そして、校舎から中庭へと伸びる三本の渡り廊下が、ちょうど交わる花畑の真ん中。その上に建つ小さな木造屋敷――それが学院の食堂だった。





 食堂はいつ来ても、談笑に交じって陶器が触れ合う音が響き、揚げ物と香辛料の香りで充満している。一層腹を空かせにかかる匂いは、部屋の中央にあるテーブルから漂って来るものだ。

 大きな長方形のテーブルには、様々な具材、料理がずらりと並べられている。その周りには盆を持って取り囲み、料理を吟味する生徒たちで溢れ返っていた。

 それを作っている厨房は部屋の奥。料理人たちが忙しなく鍋を振るっているが、そのうち食堂長以外は目隠し金髪の男性たちである。つまり、従業員のほとんどは使い魔だった。


 室内は大変混雑していたが、ティアリたちはなんとか二階の席を確保することができた。

 キャシーは席には着かず、すぐさま財布を準備する。その目は一刻も早く食べ物が欲しい、と訴える飼われた動物のようだった。


「ティアリ、今日はどうする?」

「いつものを買おうかなと」

「ティアリは本当にスイートポテトが好きだね。ボク、今日は自分で作るから先に行くよ」

「あ、キャシーさん! 僕もシャーロ生地買いに行きますっ」


 美味しいご飯が待ちきれないキャシーとライカは、階段を駆け下りて行く。ミシェルは白いテーブルクロスに頬杖を付きながら小さく呟いた。


「自分で作る……って、どういうことかしら」


 食堂に初めて来た彼女が、販売形式を知らないのは仕方がないことだ。ティアリはシャーロを買う用の銅貨五枚を握り締めつつ、説明し始める。


「ここは、シャーロそのものと、生地だけを買って料理を自分で載せる方法かを選べるんです」


 シャーロとは、薄焼き生地に具材を載せて食べる帝国の定番料理である。中身は地域によっても、家庭によっても異なるのが特徴だ。

 そのような料理を提供するのだから、生徒の需要に応えられるような販売形式となっている。作られたシャーロを直接買う他に、生地のみを購入し、中央のテーブルから好きな具材を選ぶことも出来る。広々とした部屋なのに、席が窓際にあるのはそのためだ。

 けれど緑のカーテンがかかった窓からは、中庭に植えられた色とりどりの花々が一望出来る。そんな景色の良さを、ティアリは気に入っていたりもする。


「ふぅん……面倒だし、私も売られているものを買おうかしら」


 キャシーとライカの帰りを待ってから、ミシェルと二人で階段を下りる。

 使い魔からシャーロを一つ買ったティアリは、先に買い終わっていたミシェルの元へ向かった。


「先生、待たせてすみませ……」


 亜麻色の髪の担任はしかし、シャーロを抱えたまま、目を凝らして辺りを見渡していた。腕の中のシャーロは四つ、脇には一緒に売られていた茶瓶も挟まれている。一人分の平均よりは多い量である。ミシェルは意外と食欲旺盛なのだろうか。


「どうかしたんですか?」


 ミシェルは自分を見上げる瞳に気づくと、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべた。けれど声には少々尖りが含まれている。


「フォークとナイフを探してるの。席には無かったでしょう、あれがないと食べられないじゃないの。食堂だっていうのに、気が利かないわ」


 ティアリはちらりと席の方を見た。直接口に運ぶ生徒の方が多いが、何人かは皿に載せて切り分けている人もいる。ならばどこかに食器が置かれているはずだ。

 ミシェルは少し居心地が悪いようで、席を注視したかと思えば、誰かと目線が合うと顔を下に向けた。憂いを帯びた立ち姿が様になっているのか、または教師が食堂にいるのが珍しいのか。彼女には数多の視線が寄せられていた。

 ミシェルを無理やり連れて来たのは自分たちだ。その手前、これ以上彼女に迷惑をかけたくない……そう思ったティアリは食器探しを買って出た。


「わたし、見てきます。先生は先に戻っててください」

「あら、そう? ならお願いするわ」


 ミシェルはティアリの分を受け取ると、自分のものと合わせて抱え込み、素早く階段へと向かって行った。


          *


 生徒たちの合間を縫いながら、なんとか大テーブルを一周したものの、置かれている食器は皿くらいなものでフォークとナイフは見つからない。


「やっぱり……ないよね」


 取り皿も持たず徘徊する様子を、不審に思われはしないだろうか……そう思いテーブルから距離を取ろうとした時、料理の補充にやって来た使い魔とぶつかりそうになって――。

 誰かに、肩を持って引き寄せられた。


「ご、ごめんなさ……」


 後ろを振り向けば、そこには赤いリボンの少女がいた。皿を左手に持ち、右手は宙に浮いたまま。おそらく片手でティアリの肩を引いたのだろう。


「……あ」


 アルルはゆっくりと手を下ろし、赤い瞳を真っ直ぐにこちらへと向けた。気まずさから目を逸らしてしまったのはティアリの方だった。

 ――あの夕暮れの出来事以来、授業で顔を合わせてはいても、面と向かって話をするのは初めてだった。

 心臓が後に退こうとする。けれど、話しかけたい。相反する心で言い淀んでいると、アルルが声を発した。


「……ごきげんよう。貴女も食堂に?」


 授業で当てられた時と何ら変わらぬ平坦な声色に、すぐさま頷きで返答する。


「初めてなんですの? でしたらまずは生地を注文しなければなりませんわよ」

「……わたし、その。フォークとナイフを、探してて」


 生地売場を指差していた手を下ろし、アルルは淡々と答えた。


「以前、料理長に伺いました。結論から申しますと、食堂には置いておりませんから、魔法で賄ってくださいとのことですわ」

「魔法で……?」

「道具を使いたがるのは貴族くらいなものだそうで。大抵の方は手掴みで食されるのですから、常備は損なのだとか、仰っておりました」


 確かに、フォークもナイフもその分洗い物を増やすだけだ。ここは魔法学院であるのだから、魔法で解決させられることはそうした方がいいだろう。

 魔法を使うとなれば、次にわからないことは。


「えと、でも魔術指示文、が」


 最後まで言えずにしどろもどろになるティアリに対して、アルルは静かな声で呟く。細やかな声はしかし、糸通しのような正確さで真っ直ぐ響いた。


「……〈ヨ シュツゲン セヨ〉。この文の前にフォーク、ナイフ……そのままで構いませんから、それらを付け足すだけですわ」


 教わった魔術指示文を復唱する。出現、という単語は少ない授業回数の中でも、よく聞いた頻出語だった。これならミシェルにも何なく教えられるだろう。


「では、わたくしはこれで」


 踵を返すアルルの背中に、ティアリは咄嗟に声をかけていた。


「あの」

「……なんですの?」

「教えてくれて、ありがとう。町での用事……が、頑張ってくださいっ」


 赤い瞳が見開かれる。アルルは何か言いかけようとして、けれど途中で辞めたようだった。ただ、スカートの裾を翻した後でぼそりと。


「……別に、これくらいどうってことありませんのよ」


 赤いリボンを揺らしながら、少女は人混みに紛れて行った。


          *


 席に帰ったティアリは、早速アルルから教えてもらった魔術指示文をミシェルに伝えた。生徒と同じように教師にも魔力が配られているので、ミシェルは何なくフォークとナイフを出現させた。


「ティアリ、ごめんなさいね。食堂の人に訊いてくれたの?」

「あ、いえ……わたしじゃなくて」


 ――友達が、と言おうとして、口を噤んだ。


「し……親切な人がいたんです。助かりました」


 アルルとは友達ではない。少なくとも、今はまだ。

 ティアリは驚いていた。自分のことをどう思っているのかもわからない相手に対して、友達だと言いかけたことに。


(嫌われてる、わけじゃない……きっと)


 彼女が【用事】を終えた後、自分たちの関係はどうなるのだろう。朝起きた時におはようと言えるようになれたらいいな……と思いながら、そっとシャーロの包み紙を開く。

 この日ティアリが買ったのは、食堂長おすすめの日替わりシャーロだ。いつものスイートポテト入りが無かったためである。蒸した小エビをレタスで巻き、卵黄と油を混ぜたソースがかかっている。

 小エビは柔らかくて噛むと甘みがする。そこにレタスの僅かな苦味と濃厚な卵黄ソースが合わさって、生地とよく調和していた。


(美味しい!)


 両手で黙々と食べていると、隣のライカがじっと見つめていることに気づく。


「……一口食べる?」

「いいんですか! 頂きます!」


 列車の中でライカとシャーロを分け合った時みたく綺麗に割ろうとしたものの、結局ミシェルのナイフを借りて切り分け、ライカの皿に載せる。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 ティアリは同じ机を囲む三人を眺めた。ずっと美味しそうに食べるライカ、一人で何枚も平らげるキャシー、優雅に口に運ぶミシェル。

 中に包まれた食材も、食べ方も異なる人たちが、和気藹々とお喋りをしながら共に食事をする。

 遥か昔、両親といた時の甘い蜜の味が思い出された。


(……楽しい)


 あっという間にシャーロを食べ終えたティアリは、まだ食べ足りないという友達と共に、おかわりをしに向かったのだった。

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