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憧憬のルーネリアン  作者: 翠屋みとこ
第3章 沈黙より踏み出して

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第21話 様々な授業

 魔法――かつての聖女であり魔女が用いたという奇跡の力。

 魔法を発動させる時、彼女は必ず声を発した。聖女であった頃は、透き通った笛の音を響かせるように。魔女となった後は、重い警告の鐘を鳴らすように。

 彼女が喉を震わせ【人々には意味のわからない言葉】を発した時、不変の世界は覆される。さすれば人々の願いは叶えられるか、または無下なく破壊されたという――。


          *


「その【意味のわからない言葉】というのが【魔術語】じゃ」


 一年一組の教壇に立ったのは、ティアリよりも少し背の高い老人だった。顔には無数の皺が刻まれているが、その大部分はてらてらとした黒の髭に覆われている。


「ワシらは学院長先生とは違って、魔力にどんな魔法にするかを教えてやらねばいかん。その時に言ったり、書いたりする文章のことを【魔術指示文】というぞい」


 腰の丸まった老人は、一見すれば大きな黒塊のように纏まっている。黒髭の中から覗く目元は常に細められていて、学院長とは違った意味で見えているのか疑わしい。


「じゃがの、この魔術指示文に使用する言語は、君らが話している言葉とは全く別のもの。ちゃんと勉強しないと、読むことも喋ることも出来ん」


 老人はゆっくりと手を伸ばし、持っていた杖で黒板を叩いた。

 カツン、と小さな打音を響かせてから、老人はすぐさま【詠唱】する。小声のため何を言っているのかは聞き取れなかったが、すぐに答えが現れた。


『魔術語学 担当 副学院長リシュア・ベディヴィエ』


 黒板に書かれた文字を一瞥し、教師リシュアは生徒たちに向き直る。


「――というわけで。ワシが担当するのは、その魔術語と魔術指示文についてじゃよ。よろしく頼むぞい」


 こうして、二限目の授業が始まった。





 授業が始まって少し経った頃、隣に座るキャシーがティアリに小声で話しかけてきた。


「ねぇティアリ。あの先生、喋り方がちょっと変わっているね」


 ティアリは頷いて同意を示す。

 リシュアという老人は、大層風変わりな人物だった。


「魔術語文字は、子音と母音を組み合わせて作られるのじゃ。たとえばTとAで〈タ〉という文字になるのじゃが――」


 彼は入学式には出席していなかったため、新入生とはこの授業が初対面である。本人曰く「動くのが面倒くさいので欠席」していたという。自由奔放な人なのだろうとは思うが、ティアリにはそれよりも気になることがあった。もしかすると、教室の大半がそう思っているかもしれない。


「んでもって、魔術語の文字体系は三種類。一学期終了までに、今説明した文字の書き方と読み方、あとは数十個の単語を覚えてもらって、簡単な魔術指示文を書くところまでやっていくぞい」

「なんていうか……おじいちゃんなんだけど、すぎるというか」

「ああ、わかるよ。物語に出てくる、かなり誇張された老人喋りだ。ボクと同じくね」


 口調や見た目は老人そのものだが、詰まりのない喋りは年齢を感じさせない。キャシーが田舎訛りを隠すため敢えて気取った話し方をするように、まるでわざと老人のふりをしているような、そんな感想を抱かせる振る舞いだ。

 楽しそうな声色で、授業は続く。


          *


「――魔法とは即ち、【魔力】によって【魔法空間】に干渉し、【現実空間】を変化させる現象を指す。この魔法空間とは、我々の生きる現実世界の外側にあるとされる、膜のようなものだ」


 三限目の授業は【魔法概論】、担当教師はエドガー・イェルネス。黒髪をかきあげて後ろに束ね、左眼に片眼鏡をかけている初老の男性で、入学式にて開会の挨拶を務めていた人物だ。


「本来、魔法空間は人間が入ることが出来ない。空気が無いからだ。この学院が所有する第一から第六の魔法空間は、全て学院長が人が居られるよう環境を整えている」


 昼食後の授業ともなれば、うたた寝や私語が多くなるのは学園にいた頃と変わらない。エドガーはそのような弛んだ態度に対して常に目を光らせており、見つけ次第即座に指摘する。その深い青の双眸は、冬空の下凍りついた湖を思わせた。

 朗らかだったリシュアとは違い、エドガーは近寄りがたい雰囲気を隠そうともしない。しかし生徒の質問に対して丁寧に答えているところを見ると、真面目な教師ではあるのだろう。


「はい、先生」


 一人の生徒が手を挙げた。薄茶色の髪と瞳をした、至って普通の男子生徒である。


「ルーカス・マーク。発言を許可する」

「魔法空間というのは、大陸を覆う膜だとおっしゃいましたが、かなり広大なものということでしょうか?」

「訂正する。大陸に限らず、世界を囲むものだ。その大きさは計り知れない。学院の持つ魔法空間など極僅かなものだろう。

 ……故に、学院によって整備されていない魔法空間に放り出された場合、生物は呼吸困難になり死亡する。一切光の届かぬ暗闇で、意識を喪失し息絶えるだろう」

(ひぇ……)


 ティアリは息を呑む。眠気が一瞬にして吹き飛んでしまった。改めて恐怖を覚えた――魔法というものの底知れなさに。


「そうならぬために諸君らが出来ることは二つ。魔法空間での授業においては気を抜かず、必ず現実空間と接続されている扉がどこにあるのかを確認しておくこと。そして、無闇矢鱈な魔法空間への侵入を辞めることだな」





 授業は淡々と進み、何事もなく終了した。一日で最も太陽が高くなる時間帯とあって、教室は緩慢な空気で満たされている。ティアリも背伸びをして固まった肩を解した。

 その間、教卓で片付けをしていたエドガーと、横に仕える使い魔が視界に入った。


(今気づいたけど……使い魔さん、午前中の授業よりも人数が増えてる)


 目隠しをした金髪の男使い魔が、エドガーの左右に二人、後方扉前に一人の計三人もいる。リシュアの授業の時も使い魔は教科書を配ったりと教師を手伝ったりしていたが、それでも一人だった。この授業においても手伝いをしていたのは三人のうち一人だけ。

 エドガーは二人の使い魔と何やら話しているようだが、一番前の席とはいえ教卓からは距離があるので聞き取ることは出来なかった。

 ただ、片眼鏡の左眼が煩わしそうに使い魔たちを見ていたことだけは、しっかりとその目で見ていたのだった。


          *


 新入生たちはここ数日で様々な授業、そして多くの教師と対面した。各々が自分の分野に誇りを持って【この知識が魔法にどう役立つか】を教えてくれている。

 アラン・ウィシュタリアの歴史学。


「皆には、歴史の声を聞いてほしいんだ。かといって土地を巡ってもらうわけにもいかないからね、私が体験したことを踏まえて、一緒に大陸の過去を紐解いて行こう」


 メリッサ・バーントの基礎体力訓練。


「オラオラァ! 甘ったれんじゃねぇぞガキども! どんだけすげぇ魔法を知ってたって、ヒョロガリの身体じゃ使えねーからなァ、ほら走れ走れ!」


 ――その中でも一年一組の生徒たちが湧き上がったのは、彼らのクラスの担任であるミシェル・ウィンカーの一面だった。





 ミシェルの細い指が鍵盤に乗せられ、初めの指が白鍵を弾いた。その振動は、グラスに飴玉が落とされ上へと跳ねた時のように徐々に速くなり、やがて一つの音に集約していく。

 その音を皮切りに、彼女はたった十本の指で多彩な旋律を奏で始める。楽譜が捲られる度に四季が移ろい行き、鮮やかな風景が脳裏を駆け巡った。

 そこに舞い落ちるは荘厳かつ軽やかな歌声。透き通った泉に足をつけ、楽しそうに水浴びする天使の戯れを思わせる響き。

 誰もが息を呑んだ。美しき演奏が終わるのを、静かに待っていた。

 最後の音を弾き終えたミシェルは、鍵盤から顔を上げた。


「はい、おしまい」


 彼女は絶え間ない拍手に驚き、そして少し照れた様子で椅子から立ち上がる。


「え、ちょっと皆、拍手とか要らないわよ。こんなのただの練習曲だし」

「そんなことないです、先生。とても上手でした」

「綺麗でピアノも弾けて、歌も踊りも出来るなんて……先生、何をやってた人なの?」


 女子生徒の質問に、ミシェルはにこりと微笑んだ後、少し考える素振りをした。


「んー……、そうね。人前でちょっとした見世物をやってただけ」


 ティアリは芸術に明るくない。アルテナにいた頃も楽団の公演会や美術館を訪れる機会があったけれど、片手で数えられる程度である。


(凄いなあ……)


 音楽の良し悪しがわからないティアリから見ても、ミシェルのピアノ、そして歌声はとても綺麗だった。曇り空のように籠っていて、よく聞き返されるティアリの声とはまるで比べ物にならない。


「それに私は、私なりの表現方法しか知らない。だから私が教えられるのは、音楽そのものの楽しさだけよ。――さあ、授業を始めましょう」


 様々な音に彩られたミシェルの授業は、あっという間に終了した。

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