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憧憬のルーネリアン  作者: 翠屋みとこ
第3章 沈黙より踏み出して

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第19話 授業開始

 ついに魔法学院での授業が始まる。

 朝礼を終えた一年一組の生徒たちは、担任教師ミシェルに連れられ教室を出た。持ち物は杖と、常に携帯するよう指示されたブローチだけでいいらしい。


「一限目は、一年生合同の【魔法実践】です」


 ミシェルは教室を出て左側、廊下の突き当たりにある扉を指さした。


「授業はあの扉の先で行います。さあ、ついてきて」


 扉は何の変哲もない木製のものだったが、上部に金属の看板が張り付けてあり、大きく【二】と数字が書かれていた。

 ミシェルの隣にいた生徒が手を挙げる。


「先生、この扉は一体何なんですか? 数字が書いてありますが」


 ざわざわする赤いクロスタイの一年生たち。ミシェルは扉の横に立ち、声を張り上げて説明を始める。


「この扉は、これは魔法空間へ繋がる入り口です。ここだけではなくて、同じような扉が学院の至る所にあるの」


 魔法空間――それはこの学院にいくつか存在するという、魔法で作られた不思議な空間。

 昨日入学式が行われた講堂も実は魔法空間であるらしく、第一魔法空間【喝采の講堂】と名がついていた。

 講堂内の照明から音響に至るまで、学院長の魔法で思いのままに姿を変えた、まさしく不思議な場所だったことを思い出す。


「そして数字。学院内には、全部で六つの魔法空間がある……というのは、入学式で聞いたわね。看板の数字は、その扉がどこの空間に繋がるかを示しています」

「じゃああの扉は、第二魔法空間に繋がってるってことですか?」

「ええ、その通り」


 ミシェルは可愛らしく片目を瞑って生徒たちに笑顔を向けると、躊躇なく取っ手に手を掛けた。


「それじゃあ皆、どんどん入っちゃってねー。二組の子たちはもうそっちで待機してるから」


 生徒たちが続々と扉をくぐっていく。ある者は意気揚々と、ある者は戦々恐々としながら。

 その列の最後尾で、ティアリは息を呑んでいた。


(二つ目の魔法空間……どんなところなんだろう?)


 杖を落とさないようしっかり握り締めていると、隣で青髪に紫の瞳をした少年が、ぶつぶつと呟いていることに気づく。


「僕のペンダントが置いてあるのは、確か【第六魔法空間】……ということは、六のついた扉を見つければいいってことですね」


 ライカ・ウィシュタリア。ティアリより一つ年下の同級生。彼は三年前に学院長によって大事にしていた母の形見を奪われ、取り返そうとしている。

 ライカは入学式において、学院長から「第六魔法空間【秘密の部屋】に置いてあるから取りに来い」と告げられていた。その行き方は「魔法を全て理解した時にわかる」とも。

 教室に入る前までは「学院長の言う通りに、魔法の授業を真剣に受ける、頑張る」と意気込んでいたのに……どうやら、自力で探し当てることを諦めていないらしい。


(……それくらい、大事なものなんだな)


 ティアリが感心しながら頷いていると、ライカは何やら慌てたように。


「あ! 勿論真面目に授業、受けますからね? 扉を見つけたら勉強しなくてもいいや、とか思ってないですからね!」


 ティアリは目を丸くした。ライカとは出会って間もない関係だが、彼が軽薄な人でないことは知っている。そんなこと、思う筈がない。

 いつも自信満々なライカにしては珍しい姿だな、と少し驚き、笑みが零れた。


「うん、大丈夫。わかってるよ。……一緒に頑張ろう、ね?」


 今度はライカがきょとんとする番だった。けれどすぐに笑顔に戻り「はい!」と頷く。


「さ、貴方たちで最後よ。……いってらっしゃい」


 ミシェルに背中を押されながら、二人は並んで扉に入って行った。





 扉をくぐった瞬間――瞳に映る世界は、紙芝居の場面を差し替えたかの如く、一瞬にして変わっていた。

 照りつける太陽と、決して途切れることのない緑の線を描く広大な草原。そこに点在する薄紫色はラベンダーの花だ。その爽やかな香りが、少し強めの風に乗って運ばれて来る。


「ここは……」


 もはや懐かしいアルテナの町、黒猫に導かれたとある路地裏で。扉を開け、暗闇を走り抜けた先にあった――学院の入学試験会場だった場所。


「そっか、入学試験をしたところはやっぱり、【魔法空間】だったんだ」


 試験会場には金髪で目隠しをした、男性のような【使い魔】がいて……と思い出していると、隣にいたライカとキャシーが同時に声を上げた。


「入学、試験? 僕受けてないです」

「ボクは試験を受けたけれど、町の公民館だった。この草原は初めて見るよ」

「え……そ、そうなの?」


 慌てて周りを見る。ライカはともかく、皆驚いているということは、キャシーたちが普通の場合だったのだろうか。「ティアリさんは特別だったんですね!」とライカは無邪気に言ってくれるが、理由がわからないために素直に喜べなかった。





 生徒たちが談笑していると、一際強い風が吹き、葉擦れの音が響き渡った。

 その音が鳴り止むと同時に、一人の少年が空中に現れた。

 太陽の陽を受けて煌めく金の髪に、伸びた前髪で左目を、影よりも黒い眼帯で右目を隠した少年。


「――ようこそ、新入生の皆さん。

 第二魔法空間……【憂いなき草原】へ!」


 この人物こそ、まさしくアミキティア魔法学院の学院長――名はルーネリアという――である。

 彼はネイビーのケープをはためかせながら、優雅な動作で一礼した。


「昨日ぶりですね、ちゃんと眠れましたか? うんうん、皆さんはまだ私の魔法に見慣れないようで、私少し安心しました」


 一年生約五十人の生徒の頭上を、まるで水面近くで魚を狙う鳥のように飛び回る学院長だったが、全員を見渡せる位置でぴたりと停止する。


「でも、驚くのはこれからですよ。

 改めて……一限目【魔法実践】を始めます」


 学院長は澄み渡る青空の下、よく通るその声で授業の開始を宣言した。


          *


 草原のただ中に、巨大な黒板が置かれている。今さっき学院長が魔法で作り出したものだ。

 学院長が板に向かい指を向けると、さらさらと白い文字が現れ始めた。


「魔法を扱う授業は、私の担当する【魔法実践】、副学院長先生の【魔術語学】、教頭先生の【魔法概論】の三つだけです。

 というのも現在、魔法を教えられる程に特化した教師が、私を除いて二人しかいないのですよ」


 アミキティア魔法学院は、正しく魔法を学ぶための学院である。けれど開院して間もないが故に、教師の不足は否めないと学院長は言う。徐々に増員する予定ではあるらしい。


「……でも安心してください。教えることに関しては、この二人は優秀なので」


 少しだけ声の調子を下げて放たれた言葉に、ティアリは僅かな翳りを見た気がした。


(あれ。ちょっと怒ってる……?)


 けれど学院長はその後、何事も無かったかのようにパッと明るさを取り戻した。


「まあこの二人の話は、授業の時にでも本人に聞いてください。

 話を戻しますと――この三つの授業はいわば【魔術のやり方】を学ぶためのもの。つまりはこれだけで充分なんですよ。むしろ魔法を更に発展させるためには、魔法以外の授業……この世に対する様々な知識の方が大切だと、私は考えています」


 そのために学院長は、大陸を巡り、多岐に亘る分野の専門家に声をかけたという。今学院に籍を置く教師たちは、魔法を恐れず、逆に興味を抱いたような奇特な人たちの集まりなのだと。


「なるほど。師匠が『私も学院に行くからね』と言い出した時はどうやって? と思ったんですけど、師匠は歴史学者さんだから、先生になれたんですね」


 ライカの師匠であり養父、アラン・ウィシュタリア。大陸地図を完成させた父を持つ測量家であり、大陸の過去を紐解く歴史学者。

 ライカの口ぶりから察するに、おそらくライカが学院長と出会ったのが先だ。その後ライカが学院に行きたいと言い出した時に、保護者として心配したアランは、自分もどうにか教師として同行できないかと考えたのだろう。

 そして、教師として共に学院へ来ることになった――危なっかしいライカのためだけに。


「他にどんな先生がいるのかなぁ、気になりますね」


 そんな親心を知ってか知らずか、好奇心が止まらないライカを他所に、ティアリはふと思う。


(それなら、ミシェル先生も何かの専門家なのかな)


 クラスの担任、ミシェル・ウィンカー。

 ――昨日の教室で、彼女が一瞬だけ見せた、遠くを見つめる瞳。


(……あの時の先生は、何を見ていたんだろう)


 脳裏に亜麻色の髪が過ぎったその時、学院長は生徒たちの目の前にあった黒板を、指鳴らし一つで消し去った。


「――さあ! 説明はこれくらいにして……皆さん、お待ちかね……【魔法】を使う時が来ましたよ」


 その言葉で空気は一変した。頬の高揚を、風の冷たさで感じる。

 学院長は生徒たちにお互い距離を取るよう指示を出し、説明を続けた。


「……入学試験の時のことを、覚えていますか?

 【あなたが魔法で叶えたい夢は?】

 今が、それを叶える時です」


 ティアリは学院長の言葉に耳を傾けた。すると視界は集中の範囲外となり、ぼやけた一面の緑だけが情報として入ってくる。


「ブローチは身につけていますね? 後で説明しますが……それは、貴方たちが選んだ魔法が発動するような仕掛けになっています」


 視点は、ブローチの裏側に刻まれた謎の文字に定まる。数行に亘る文章の一番上には、自分の名前が書かれていた。


(わたしの……【魔法】)


 草のツンとした香りも、土の苦い匂いも……全てを感じられる気さえするほどに、濃く深く身体に浸透していく。


「大事なのは想いの強さではありません。言葉です。正しく、誰かに聞かせるように唱えなさい。

 ――■■■■と」


 それは知らない言語だった。奇怪な発音だ。

 だけれども、直感で理解した。これが初めての、そして魔法のための【言葉】であると。

 ティアリは息を吸う。

 真っ直ぐ杖を前に向け、左手をブローチに押しつける。

 目を閉じて息を吐き、心を落ち着かせて……ティアリはその言葉をはっきりと唱えた。


「――〈ハツドウ〉」

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