第15話 傍観者
波乱の入学式を終え、教室に帰った新入生たち。彼らの注目はやはりと言うべきか、舞台上で劇を繰り広げた青髪の少年に一点集中していた。
「お前凄かったな、俺にはあの場で舞台に上がる勇気ないわ」
「私もドキドキしちゃった。ていうか、結局何を取られたの?」
「いや、実に素晴らしいデス。流石ワタシのアメジスト!」
ほぼ半数の生徒がライカの周りに集まっていた。彼は窓を背にして立っている。本来ライカの隣の席であり、窓際にいるはずのアルルはというと、教卓付近に避難しているようだった。
ライカは飛び交う大勢の声に負けることのない、けれどいつも通りはきはきとした調子で質問に答えていく。
「アメジスト? じゃなくて僕はライカです、ライカ・ウィシュタリアです!」
「ウィシュタリアって、大陸地図を完成させたっていうあのウィシュタリア家か?」
「はい、ですが、作ったのは師匠のお父さんだそうです」
何でも投げれば返してくる少年は、まるで球を取ってこいと言われた犬のよう。壁と少年の間に、大きく揺れる尻尾を見出した生徒たちは、好奇心を更に高めていった。
どうやら、彼が解放されるのは当分先になるだろう……と、その場を観察していた少女は思った。
「彼、ライカというんだっけ。凄いね、本当によく通る声をしてる」
キャシーが椅子に肩を回し、感心したようにライカを眺めている。
「そういえば、ティアリは彼と一緒に教室へ入って来たよね。知り合いかい?」
ティアリは両手を忙しなく組み替えていたが、キャシーに話しかけられたために中断した。
「ええと、知り合いというか、学院に来る途中で、たまたま出会ったというか」
そのためティアリも、形見を学院長に奪われていたことや、それが学院に来る動機だったことまでは知らなかった。車窓を見つめていたあの瞳に込められていたのは、並々ならぬ決意だったのだ。
キャシーはライカの経歴には然程興味がないのか「そうなんだね」と返すだけでそれ以上聞いては来なかった。
「彼と学院長の対峙は、まるで劇を観ているみたいだったよ。ボクも話を聞きに行こうかな」
どうやら彼女の関心は、ライカの堂々たる立ち振る舞いにあるらしかった。
ティアリはその間も指をくねくねと動かしていたが、結局どういう形にしてもしっくり来なかったので、強く握り込むことでその意味のない行為を中止する。
ライカが問われ、何かを言えば驚きと笑いが起きる。そんな歓談を背中で受け取ることしかできないティアリは、何故だか気持ちが落ち着かないでいた。
キャシーが席を立った。行き先は勿論、教室の中で一番暖かい場所。
ティアリは決して動かず、赤髪を目で追うことすらしなかった。ブレザーを握り締め、腕を抱え込んだ。
昼前とあって、窓から覗く太陽は随分と高くなった。日差しは強くなる一方だと言うのに、肌寒く感じるのはなぜだろう。
……考えるまでもないことだ。
(わかってたよ、ライカくんみたいな明るくて良い子は、すぐに友達ができるって)
これからライカは、クラスメイト皆の友達になっていくだろう。眩い光は、いつか輪の中心となって世界を動かす側になる。
対してティアリは言いたいことも言えない、臆病で意気地なしだ。舞台に行くライカを止められなかった、ただの傍観者。
(でも、最初に出会ったのは、わたしだった)
突拍子もなくて、言葉も足りていない。
けれど正義感が強くて勇気があり、何よりただ一人、立ち尽くすティアリに手を差し伸べて助けてくれた王子様――そんな彼を知っているのは、自分だけのはずだったのに。
ライカの明るい声が耳元を掠める。ティアリは、苦い自嘲の笑みを浮かべた。
「……だから何って、話だよね」
そうぼやいたのと、ミシェルが教室に入ってきたのはほぼ同時だった。
簡単な自己紹介を済ませた後、ミシェルは明日以降の予定について説明を始めた。
「授業は明日からよ。教科書が必要な科目は、各授業の初回で配布します。その他に必要なものがあれば、今日中に町で買っておくこと。あ、ブローチと杖は、絶対忘れないようにね」
「はーい」
「後は……そうね。これは強制じゃないんだけど、今週末に講堂で新入生歓迎会を行います」
入学式も行われた魔法空間【喝采の講堂】は、魔法によって内装を自由自在に変更できるらしい。歓迎会は一日を丸々使い、午前は上級生との交流会、午後は外部によるショーが予定されているとのこと。
「ショーってなんですか?」
ライカが質問すると、ミシェルは一呼吸置いてからさらりと答えた。
「【霧雨劇団】による公演よ」
「霧雨? 本当かい?」
キャシーやクラスメイトたちが、驚きと喜びの混じった声を上げる。ピンと来ていないティアリに、キャシーは嬉しそうに「昔、ボクの町にも来たことのある劇団なんだ」と耳打ちしてきた。
「大陸を巡って公演する旅劇団でね、演劇や大道芸をやってる。……ああ、本当に嬉しいよ。また会えるだろうか、ボクの憧れたあの女優に……」
キャシーは翠色の目を輝かせる。彼女だけではなく、皆劇団の公演を楽しみにしているようで、そこかしこから弾んだ声が聞こえてくる。
(歓迎会か……楽しみじゃない、わけではないけど)
こんな心持ちで楽しめるのかどうかは、また別問題。彼女は己の暗い心を思い、俯きかけたが。
(ううん、最初からその気が無かったら、楽しめるものも楽しめないよ。劇か……どんな物語をやるのかな)
ティアリは顔を上げ、教卓を見た。
担任であるミシェルは、どこか遠い目で盛り上がる生徒たちを眺めているのだった。




