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憧憬のルーネリアン  作者: 翠屋みとこ
第2章 入学式

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第13話 学院長

「あれが学院長? 嘘……」

「どう見たって、俺らと同じくらいの奴にしか見えないぜ」


 自らを学院長と宣う少年に、周りから懐疑的な声が上がる。

 ティアリもその少年から目が離せなかった。しかし、他の生徒たちとは異なる理由で。


(ルーネリア? それって……あの絵本の!?)


 かつて恩師レリアが読み聞かせてくれた絵本の一つ、【ルーネリアと魔法の石】に登場する、魔法を見つけたとされる男。その後「魔法があると嘘をついた罪」で、非情にも殺されてしまった可哀想な人。少なくとも、ティアリはルーネリアのことをそう認識している。


(でも、あれは童話の中の人のはず……)


 その男と同じ名前を持つ、魔法学院の学院長という少年。果たしてこれは偶然だろうか。


(魔法のことを学ぶ学院、だから……そこから名前を借りた、とか?)


 学院長があえてルーネリアから名前を取った。そういうこともあり得るか……とティアリは思考を巡らせる。

 そもそも、少年に見えるけれど本当に少年なのかもわからない。講堂内の明かりを一瞬にして操作したのが魔法だとすれば、あの姿だって魔法で変えているのかもしれないのだ。

 ライカがあの少年をどう見るのか気になったティアリは、そっと横顔を窺う。

 彼は舞台を見上げたまま、吐息混じりに呟いた。


「……やっぱり、そうだ」

「……ライカくん、どうかした?」

「ううん、何でもないです」


 その様子が気になり、再度声をかけようとしたが――その声は一際大きなざわめきに掻き消された。何事か、と舞台を見たティアリもまた、目を見開かざるを得なかった。


(……え?)


 視線はどんどん上へと連れ去られる。それもそのはずだ。……だって学院長が、宙に浮き上がって行くのだから。


「すげえ、あれが【魔法】なのか!?」

「う、浮いてる……目の錯覚じゃないよな?」


 口にしなくとも、ティアリも同じ気持ちだった。

 先ほどの照明、そしてこの浮遊……全て説明がつかないのに、今確実に起こっている現象だ。己の目を疑おうにも、この場には新入生という証人が数多くいる。

 一方、当の本人は目隠しのために感情を読み取れないものの、何やら満足している風であった。弾むような声がこだまする。


「いいですね、とっても。上級生の皆さんは、もうこれくらいじゃ驚いてくれないんですよ。だから私寂しくって……新鮮な反応は何時だって心躍るものです」


 学院長は啞然とする生徒たちの上を飛び回りながら、そうぼやく。舞台上にいる皇子二人の「いつもの光景」と言わんばかりの顔を見る限り、これが日常なのだろう。


「新入生の皆さん。何もこれが初めての魔法ではありませんよ。貴方たちは既に魔法を何度も目にしている」


 学院長はふわふわと漂いながら、全生徒をぐるりと見渡す。


「一つは入学試験の時。人によって場所は異なりますが、皆【使い魔】が試験監督を務めていたはずです。あれは私が魔法で作り出した【魔法生物】なんですよ。彼らはこの学院にもいて、私や先生たちを手伝ってくれています」


 ティアリは入学試験のことを思い出していた。草原のただ中にいた、目隠しをした金髪の男。その外見的特徴は、確かに学院長のものと一致する。


「そして二つ目が、つい先ほど。何だかわかりますか? ……今この場所と言った方が良いかもしれませんね。この講堂、外観に比べて、中が広いなとは思いませんでしたか? そうです。ここに足を踏み入れた時点で、貴方たちは既に魔法の中にいるのです。

 我が学院にある、六つの【魔法空間】が一つ。

 第一魔法空間――【喝采の講堂】」


 次の瞬間上がったのは喝采ではなく、もはや今日何度目かもわからない驚きの声。


「え、学院長の顔が横の壁に映ってる!?」

「ていうか後ろの壁もだよ、しかもなんか映像が動いてるし!」


 舞台を除く全ての壁に、拡大された学院長の姿が現在進行系で投影されている。学院長が指鳴らしをすれば投影場所を切り替えられるようで、これにより後ろの座席からでも、舞台上にいる皇子の表情がよく見えるようになっていた。クラウスとヒューゴは顔面を拡大されているのにもかかわらず、一切動揺せずに舞台の端で背筋を伸ばして直立していた。


(すごい……これも魔法なんだ)


 そう感嘆しつつ、ティアリは横にいる彼を見た。何だか落ち着かないのだ、こんな状況を前にしてもなお、ライカという好奇心旺盛な少年が声一つ上げずに黙視していることが。


(ライカくん、どうしたんだろう。入学式が始まった直後は、楽しそうに見えたんだけどな)


 明らかに途中から変化したライカの様子。その分岐点はどこだったのか。

 そう考えているうちに、学院長は再び演台に戻っていた。


「さてと、そろそろ真面目に説明をしなくてはいけませんね。皆さん、教室にあったブローチは受け取りましたか?」


 ティアリは胸元のブローチを確認する。教室でミシェルが「今後は制服と共に必ず着用すること。ブローチは専用のものだから、無くさないでね」と言っていたことを回想する。キャシーが指摘していた通り、裏側に掘られた模様は生徒ごとに異なるらしい。


「うんうん、ちゃんと着けてますね。では今から杖を配ります」


 学院長が右の手で空を斬る。すると、生徒たちの目の前に一本の杖が現れた。


「――さあ、目の前に浮かぶ杖を取りなさい。そして成るのです。摩訶不思議な力を正しく扱う、聖なる魔法使いに!」


 仄暗い講堂の中、月のように輝く白い杖。細長い棒、または極度に長く伸ばされた三角錐のように無機質で、先端は丸められている。

 まさしく学院を表す色だ、とティアリは思った。

 逡巡など必要なかった。ティアリはこの時、初めて周りを見て判断せず、自らの意志で杖を手に取り胸元に手繰り寄せた。どうしよう、という思いが生じたのはその後のことだった。


「……取っちゃった……」


 杖は無機質な材質のようでいて、ほんのりと温かさを感じる。

 何故、考えるよりも先に身体が動いたのだろう。気がつけば杖に手を伸ばしていたのは、魔法を掴みたいという本心が溢れてしまったのだろうか。


「取っちゃいましたね、ティアリさん」


 隣でライカが、いつものように明るい笑顔で言う。それだけで、ティアリは一気に身体の力が抜けたような気がした。一人ではないと、そう思えた。


「う、うん。……まだ実感は、ないけどね」

「これからですよ、これから」


 そうなのかもしれない。いや、きっとそうなんだろう。

 けれどティアリにはまだ想像できないことだった。これから幾度となくこの杖に触れ、魔法を使う自分の姿が。

 周りの反応も、ティアリと大差ないものだった。後ろを見れば、皆何度も杖の手触りを確かめ、振りかざしたり大事そうに抱えている生徒が散見された。

 学院長はそんな彼らの姿を一瞥し、一際優しい、春の風のような声で祝辞を述べた。


「――おめでとうございます。私は改めて、貴方たちを歓迎します。

 ……ようこそ、アミキティア魔法学院へ」


 そう言い終えた学院長は、ホッとしたように息をつくと、少し砕けた体勢を取った。演台に肘をつき、指をくるくると回している。


「さて。入学式でやるべきことは終わりましたし、このまま解散でもいいんですが……私ばかり話していては面白くないですよね。皆さん、何か質問はありませんか? どんなことでも答えますよ、私! ここで言いにくければ、授業の時に聞いてくれても構いませんけど」


 学院長は辺りを見渡し皆の顔を窺っていたが、いきなり「あ、忘れてました」と声を上げ「ブローチと杖については授業で説明しますからね!」と付け加えた。案外おっちょこちょいな人なのかもしれないと、空気若干が緩んだ気がした。


「だって。……あはは、こんな所じゃ訊きづらいよね、ライカく……」


 彼はじっと壇上を見つめたまま動かない。


「……? ライカくん、どうし――」



 次の瞬間、ライカは席から立ち上がった。



「!? え、え?」


 困惑するティアリを余所に、ライカは左側の舞台下から階段を上り、あろうことか舞台上に足を踏み入れる。

 明らかな動揺が講堂内を激しく揺らした。しかしライカはそれを全く気にしない。舞台の上を踏み荒らすように歩いて行き、ついに学院長たる少年と対峙する。その表情からはいつもの明るさが消え失せ、代わりに鋭い刃先のように刺々しい眼差しがあった。


「ら、ライカく――」

(い、いきなり、何やってるの!?)


 慌ててティアリも立ち上がろうとする。見ればアランも舞台に向かおうとしていたが、それを学院長が止めた。


「――先生方、私は大丈夫ですからその場を動かないでください」


 そう言われてしまうと、アランを始めとする教師陣は、一人の生徒による突発的な奇行を黙って見守ることしかできない。

 学院長は次に、中腰になったティアリの方に顔を向ける。


「ああ、それと一番前の貴女。そう、今すぐにでも立ち上がり、彼を宥めようとしている三つ編みのお嬢さん」

「――ッ!」

「心配するのもわかりますが、ここはどうか彼に任せてあげてください」


 一気に顔が紅潮する。周囲の視線が自分集まっていることを察したティアリは、すぐさま座席に身体を押し戻した。

 ……だめだ。こんな状況ではライカを止めに向かえない。そう思いながら、杖を握り締める。

 ライカは何故、こんな突拍子もない行動に出たのだろう――そう思った時、ティアリは忘れていた忠告を思い出した。


『直近で言えば入学式。気をつけてやってくれないか』

(……もう、なんで、なんで忘れてたの!)


 そうだ、列車に乗り込む直前に、アランが言っていたではないか。ライカの行動に注意せよと。

 ……でも、まさか。まさかそんな。


(――こういうことだとは、思わなかった……!)


 向かい合う二人を見ながら、ティアリの心臓は動きすぎてついに鼓動が止まりそうな程に、けたたましく脈打っていた。


(ごめんなさい、アラン先生。わたし……約束を守れなかった)


 ライカに、そしてアランに対して申し訳なさで胸が苦しくなった。結局自分はこういう時に行動できない意気地なしだと……そう自覚させられる。

 もう一度立ち上がって、ライカに駆け寄ることもできるはずなのに――座席に張り付いてしまったかのように、身体が動かせない。


(……恥ずかしい)


 このまま溶けて、誰の目からも逃れてしまいたい……そう考えてしまう自分が、どうしようもなく情けなかった。





 そんな彼女を余所に、舞台上では二人が火花を散らしていた。


「さあ、これで貴方の【糾弾】を妨げる者は居なくなりましたよ?」

(……糾弾? 何のこと?)


 首を傾げるティアリに対して、ライカは神妙な面持ちで唇を引き結んでいる。


「……まるで、わかってるみたいです。僕が何をしに来たか」


 普段の快活な声と異なる、地の底から絞り出したような低い声が学院長に向けられる。学院長はそれを真っ向から受け止めて、軽くいなした。


「先ほど申し上げたでしょう。私は生徒のどんな質問にも答えます、とね」


 不敵に笑う学院長と、額に汗を滲ませるライカ。

 ライカは怯まない。深呼吸をして、彼は告げた。



「だったら言います。返してください。僕の宝物を。

 ――あなたが三年前に奪った、お母さんの形見を!」

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