9話 主導権と決断と責任と 4
方言解説
もごさい≒かわいそう
最初に見たときよりもだいぶ避難が進んだためだろうか、外は人がまばらになっていた。
しかしところどころ、特に体育館の入り口付近には転んで踏まれたのか、うんうんとうなっている人が倒れている。
その光景に何か引っかかるものを感じるが、まずは一刻も早く狼たちを追って浄化しないと。
ドン!
ドン!
ドン! ドン!
グラウンドに次々火柱が上がる。
ミレニィが狼を追っているのだ。
炎に包まれた狼が動きを止めた。チャンス
「トゥインクル・ファウンテン!」
光がまっすぐ狼にのびて絶叫とともに浄化させた。
「ピオニィおっそーい!」
こちらに気がついたミレニィがとなりへと降り立った。
「状況は?」
「残りは四匹、鬼ごっこでからかわれてる感じ。でも何が目的なんだか……人に直接危害を加えようとはしないのよね。大きい集団を追い掛け回してるだけで、でも特に何かに執着してるわけでもないし……」
「……?」
さっき気がついた違和感。人を害するなら転んだ人に飛び掛って、もっとひどい目に合わせるはずなのに……何が目的? わたしたちをおびき寄せるため?
「何はともあれ文珠の回収だッハ」
いまだ砂煙が舞い上がるにもかかわらず、シンハがさっきしとめたダデーナーの元へと走りよった。
その砂煙が一陣の風で払われ、中から大柄な人影が現れた。
「赤木……」
すでに文珠を拾い上げていた赤木君は、ねめつけるように青木君に化けたシンハを見ると重心を落とした。
まさかこの間みたいに文珠を……
わたしはとっさにシンハの前に立ちふさがる。
パリッチャを展開するのと赤木君の手が出るのが一緒だった。
バチン!と大きな音を立てて赤木君がはじき飛ばされる。
「シンハ! 戻って!」
ミレニィの声に振り返るとシンハとミレニィが正面からぶつかって尻餅をついていた。
「ちがう! 小さく!」
再び叫ぶミレニィに言われるままシンハが小犬のような姿に変わる。するとミレニィはシンハを抱き上げて赤木君の手の届かない上空へと飛び上がった。
「文珠が!」
「一個ぐらい我慢なさい! それより残り四体、校舎に入った! 追ってピオニィ!」
言うとミレニィは火の玉を撃ち出す。
火の玉はわたしと赤木君の間に着弾し煙幕のように砂煙を立てる。
「でも……」
「ダデーナーを浄化させられるのはピオニィだけなのよ! みんなを! 早うわぁっ!」
ミレニィの大声に当たりを付けた赤木君が砂煙の中から跳び上がり、飛んでいるミレニィの足にしがみつく。
「こんのぉ! 行って! ピオニィ!」
そういうとミレニィはシンハを校舎に向かって放り投げた。
情けない声を上げながら飛んでいくシンハを追ってわたしは走った。
ゴゴウッ! という炎の音。
ゴッ! ガッ! という、こぶしとこぶしがぶつかる音が背後から聞こえてくるが……いや、ここは任せてシンハに集中だ。
軌道が思いのほか高い。
校舎を駆け上がり、三角とびの要領ででシンハをつかまえる。
同時にミレニィの様子を見ると……ううっ、さっきより校舎側に来てる。押されてるみたいだ。
「とにかく中を片付けるッハ」
目を回しながらもシンハがけなげにうったえる。
わたしは二階の窓から体を校舎に滑り込ませると耳をすませた。
悲鳴の方向は……あっちか。
廊下へ出たわたしは悲鳴のするほうへと足を向ける。
と、廊下をいっぱいにふさいでこっちへかけてくる一団が……
とっさに壁を蹴り、天井に駆け上がり一団をかわす。
いた、追っかけてくるダデーナー。
すぐさま文珠からロッドに気力をチャージ。
反対側の壁に足を付けると同時にファウンテンを放つ。
「ダデエェェエエエナアァァァアアアアァァァ……」
の、悲鳴の中にガラスの派手に割れる音。
「ごめえぇぇぇえぇぇん、通したぁぁぁぁあ……」
ミレニィの声が聞こえる。赤木君が校舎へ入ってきたようだ。
階段を駆け上がってくる常人よりも力強い足音。
彼の狙いはシンハ、なら!
わたしはシンハを抱えあげると手近な教室の窓辺へと走り寄り、
「口開いちゃダメよ」
と短く言うとミレニィへと向かってシンハをぶん投げた。
わたしの考えを理解したミレニィがシンハをキャッチし上空へと避難する。
安心して振り向いたその時、背をかがめながら赤木君が教室の入口から転がり込んできた。
彼は教室中を見回すと腕を振るいながら、
「文珠は? 青木に化けたあの犬はどこだ!」
と叫んだ。
その開かれた腕。皮膚の下には筋肉がまるで数千匹のミミズでものた打ち回っているかのように脈動していた。
「ダメよ! またこの前みたいに力が暴走でもしたら……」
ちらりと自分の左腕を見た赤木君が、納得させるかのように、マッサージするかのように反対の手で揉みながら、
「今度は大丈夫さ、少しずつ慣らしていけばな……」
と、つぶやいた。
「でも、もしか……」
「なぜ俺を気遣う? どうせ消してしまう気なんだろう……」
「ちが……わた……わたし、赤木君を消したりなんかしないよ!」
赤木君は顔を上げる。その目は恐ろしく冷たい。
彼は腰を落としながらゆっくりと教室の中央へと移動した。
きっとわたしが何かしたときに動きやすい位置へとの思いだろう。
その目、その声、その動き。
あぁ彼の中でわたしは「敵」なんだなぁ。そう思うと涙がにじんでくる。
「……どうして……」
と、赤木君が問いかけた。
「だっ、だって友達じゃない……友達を消しちゃうなんて……できないよ……」
「……友……達……」
赤木君が意外そうにつぶやく。
「そうだよ、あの日言ったじゃない、友達になるって……」
芋煮会の後、四人で笑った帰り道。赤木君も思い出したのだろうか、そっと目を伏せた。
が、すぐに顔を上げると、
「しかし、俺はお前たちを……」
と叫ぶ。きっとクラシックカーの日のことを言っているのだろう。でも、
「しかたないじゃない、青木君がやられて悔しかったんでしょ! わかるよ気持ち! 強くならなきゃって、あせってただけでしょ」
「わかったようなことを……」
両のこぶしを握り締め、しぼり出したような赤木君の声は震えていた。
「そりゃ……全部はわかんないかもしれないよ! でも……でも、つらいのや、切ないのはわかる。だから……わたし……なんとか……なんとかしてあげたいの!」
「…………」
わたしの視線を正面から受け止めきれず、赤木君は目を伏せる。その姿がなんとももごさくて、
「ねぇ……一人で抱え込むのはやめてよ……わたしも手伝うよ、青木君の敵討ち」
と、声をかけた。
すると赤木君がゆっくりと顔を上げ、刹那、
「……うわぁああぁあぁぁあぁっ!」
と、こぶしを振りかぶって襲い掛かってきた。
それまでの彼からは想像もできないリアクションで、あまりのことにパリッチャを出す間も無く、身をすくめることしかできなかった。
背後から鈍い音がした。
恐る恐る振り返ると、いつの間に忍び寄ってきていたのか、狼のダデーナーが掲示物をまき散らしながら教室後方の黒板にめり込んでいた。
「赤木君……」
「信じていいのか……その言葉……」
わたしは黙ってうなずいた。




