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9話 主導権と決断と責任と 2

歴史の話はサラッと流してくださってけっこうです

 体育館のほうから不規則なドラムの音と調子の外れたギター、そして勢いだけのボーカルが聞こえてきた。ちゃんとはっきり聞こえるならまだごまかされるのかもしれないが、マイクとの距離が定まらないのかボリュームが上がったり下がったりして、それがさらにイライラをつのらせる。

 にもかかわらず元から少ないお客さんが体育館のほうをチラ見して図書室から出て行くということはあの曲に引き寄せられてるということなんだろう。

「あ、冬咲君もバンド見に行きたかった?」

「え、いや、わたしはそんな……」

 受付に並んで座る部長に気を使われてしまった。

 最後の一人が図書室から出て行く。

 ついに訪れてしまった二人だけの時間……

 なんて言ったらまるでわたしが望んでいたようになってしまうじゃない。

 沈黙……わたしにとっての気まずい沈黙。

 ひざの上で指をパタラン、パタランとさせていると、部長が前かがみになり、組んだ手の甲にあごを乗せながら口を開いた。

「冬咲君のトコはクラス展示、何にしたの?」

「わ、わたしのトコは、その、高梨利右衛門でさらっとまとめたって言うか……」

「……そう……」

 再び沈黙が流れる。

 違う、いつもの部長なら聞かれてもないことまでまくし立てるようにしゃべり倒すのに……

 と、思っていたら再び部長が口を開いた。

「今回のクラス展示のこと生徒会に提案したの、あれ、僕なんだ……」

「へぇ、そうなんですか……」

 何なんだろう、自慢なんだろうか? あんな面倒でつまんないコトという認識が大半だと思うんだけど……リアクションに困ってしまう。

「高畠町の歴史って言うテーマにしてもらったのはね、もっとこの町のこと改めて見つめなおしてほしいなって思ったからなんだけど、なんかね……午前中見て回ったら縄文時代とか江戸時代のことばっかりでさ……狙いと違ったなってがっかりしちゃって……」

「はぁ」

 こっちゃ江戸時代の話まとめたって言ってるのにずいぶん上からで勝手なこと言ってるなぁ、という思いは出さないように相槌を打つ。

「縄文時代のコトなんか日本中にごろごろ転がってるし、県内だったら舟形町の縄文のビーナスにほとんど持っていかれてるようなもんさ。本当に面白い歴史は、その町を形作る元を探すのは近代史だっていうのにな……」

「はぁ」

 部長の語りが始まった。

「たとえば知ってるかい? おしどりミルクケーキの日本製乳、山形の片田舎なのに社名に日本の名前がついてるんだ。雪印だとか森永だとかそんな大手ブランドの乳業メーカーを差し置いて日本製乳だよ。何でかわかる?」

「それは……」

 なるほど、言われるまで気がつかなかった。そういえばなんでなんだろう?

「答えは日本で一番最初に製乳メーカーとして立ち上げたからなんだ。大正八年の事らしい、当時横浜に住んでた外国人が日本製乳の粉ミルクで子供を育ててたなんていう話だそうだ」

「へぇえ……」

 素直に驚いた。

「ほかにも日本一といえばラ・フランスを日本で一番最初に導入したのも高畠町だよ。まぁ、バートレットの受粉用という形からだったそうだけどね」

「へぇ……」

「そのほか今は跡地がコンビニになっちゃったけど長谷川製糸工場なんてあったりね、富国強兵政策下の日本が発展していく中、高畠にも様々な産業が芽生えてどんどん豊かになっていったんだ」

「すごかったんですねぇ……」

 部長の声が熱を帯びてきた。並んで前を向いていたのだが、部長は片手を机の上にバンと置きこちらを向いて、もう片方の腕を振るいながら話を続ける。

「富国強兵といえば工藤俊作艦長だ。知らないかい? テレビでドキュメンタリーにもなった。敵兵を救助せよ! 洋上で発揮された武士道精神! 漂流していた敵水兵を危険をかえりみず救った勇気と優しさを兼ね備えた英雄。彼も屋代の出身だ。戦後になってからの高畠だって、たとえばNECの工場を誘致したり、小森マシナリーなんて会社は印刷機器を作ってる会社なわけだけど、ここの製品は世界各国のお札を作るレベルの機械なんだ」

「お札を……」

 いつの間にか話に引き込まれていきそうになる。

「工業面だけじゃない、文化で言えば言わずと知れた浜田広介先生がいるし、農業で言えば上和田有機米だ。国内でも当時は珍しかった有機農業をこの高畠町から発信したんだ。今でも米の食味コンクールで何度も賞を取っている。上和田という名前が先行したから高畠と結びつけるのが難しいとか何とか大人の人に聞いたことがあるよ……」

 と、そこまで言うと部長はなぜかうなだれて、再び正面を向いてしまった。

「本当は、こういうことをみんなに調べて発表してほしかった……」

「部長……」

 声をかけつつ先日の千代ちんの言葉を思い出す。

 落ち着けわたし! うまく丸め込まれて主導権を奪われちゃダメだ!

 流されないようにと再び部長の言葉に身構える。

「冬咲君は知ってるかなぁ、何年か前に日本創成会議って集まりが出した増田レポートのこと」

「増田レポート? なんです、それ?」

「2040年日本の自治体の半分が消滅しちゃうってレポートさ」

「半分が消滅! 高畠は? 高畠はどうなるんですか?」

 身を乗り出すわたしに部長は落ち着いて、

「幸い高畠は免れてたよ、でもぎりぎりのラインの上だけどね」

 と、答えた。

「このレポートが自治体消滅の原因としてあげてるのが若い女性の人口流出なんだ」

「若い女性?」

「そう、子供を生むことのできる若い女性がいなくなればそれ以上人口が増えなくなるからね、それと冬咲君は覚えてるかなぁ、何年か前夏祭りにニコニコ町会議なんてのが来たこと」

「あぁ、そういえばありましたねぇ」

 確か平成二十五年の夏だったかな、日本で一番大きな動画サイトのイベントが突如高畠にやってきたのは。女子高生が応募したから来たなんて言ってたような気がしたけど……

「あのイベントがくるときね、選考基準って言うのかな、寂れてる感じがするから、なんて意見が出たんだって」

「えぇっ!」

 それは初耳だった。なんだかがっかりした。

「お祭りのときは面白かったんだけど、後でそれを知って、なんだか悔しくなってね……、で思ったんだ。僕の手でもう寂れたなんていわせないような町を作ってやろう、若い人が残っていけるような町を作ろうって、ね」

「……」

「この新聞部を立ち上げたのもそのためだし、高畠の町を盛り立てるには何をしたらいいか、いろんな大人に聞いてみたり、いろんなもの調べたりね……こういう話を覚えたのはその結果なんだ」

「はぁ……」

「そこでね、気がついたんだ。こういった新しい町の形を提案した人って何かかにか事業を興している、って。富国強兵だったり、高度経済成長期だったり、時代の流れにうまく乗ったからって言うのもあるだろうけれど、何かしかの大きな事業を興してこの町の形を作ってきたって。僕はそういった人たちの気持ちをこの企画でみんなに知って欲しかったんだ……」

「でも……」

「確かに、回りくどい方法だったし、うまく伝わらなかったみたいだ。だから……だから君にだけはこの思いを聞いて欲しくてね……」

 よりによって、

「わたし……に……」

「ああ……この間のクラシックカー、まずは失礼なことを言ってすまなかった」

「あ、いえ、もう……」

「あのときの君の意見を聞いて思ったんだ、君の目は未来を向いてる、君と一緒に未来の高畠を作りたい。って……」

「…………」

 部長はイスごと体をこちらに向け、さらに暑苦しく言葉を続ける。

「僕はいつかこの高畠町に新しい事業を興し、雇用を増やして、人口流出を防いで、たくさん税金を納められるような、そんな男になりたいと思ってる。確かに夢見がちな話かもしれない、まるでドン・キホーテだ。でもね、この町を変えてきた男たちは夢のような話を時間をかけて現実のものとしてきたんだ。まるでラ・フランスが追熟しておいしさを増すように……ドン・キホーテがラ・マンチャの男なら、僕は……僕もラ・フランスの男になってやる、だから僕といっしょに!」

 部長が興奮して立ち上がる。

「ちょ、ちょっとまってくださいよ……なんだかその、言葉が重くてまるで……」

 中学生の告白どころかまるでプロポーズだ……

 部長は目をつぶると胸に手を当てゆっくりと目を開き言葉を続ける。

「ああ、僕は本気さ。陳腐な言い方をすれば毎朝味噌汁を作って欲しい、一緒の墓に入って欲しい、君を一生守っていきたい、つまり……」

「や、や、だから部長」

 わたしは腕を突っ張って距離をとろうとする。

「冬咲君は僕のことが嫌いなのかい?」

「そういうわけじゃないですけど……」

 ほんとはそうだけど面と向ってそんなこといえないじゃない。

「じゃぁどうして……ほかに好きな人でもいるとか……」

 どうしてそういう思考になるかがわかんない。

 が、ほかに好きな人という言葉でなぜか赤木君の顔が頭に浮かんだ。

 その時、体育館のほうから大きな爆発音が聞こえた。

ニコニコ町会議は盛り上がりすぎてビックリしましたが、MCの芸人がおみこしに誰かの遺影貼り付けたのを見て張り倒してやろうかと思いました。

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