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9話 主導権と決断と責任と 1

「ひぇっぶちん!」

「あらカゼ? それともぼたんちゃんのことを誰かさんが…」

「ちょっとやめてったら……って、前にもこんな話しなかったっけ?」

「ああ、青木君のときね……」

 そういって千代ちんは少し遠い目をする。

 ここは中学校の図書室。いまのくしゃみで、珍しく大勢いるほかの利用者の視線がこちらに向いて少し恥ずかしい。

 わたしたちは数日後の文化祭の展示へ向けての調べ物をしていた。

 展示のテーマは「高畠の歴史」。

 各地区の歴史を共同学習で学ぶことで歴史認識を共有し、いまだギクシャクしてる旧学区の地域間の意識を取り払う、というのが目的らしい。

 とはいえ、テーマが固く面白みにかける上に、三年は受験、二年と一年は部活で、面倒なことはわたしらのような文科系へとお鉢が回ってくる。ここにいるのはみんなそんな面子だ。

 わたし達のテーマはシンハの勧めで江戸時代の義民「高梨利右衛門」にした。

 年貢の軽減のために今で言う公文書偽造を行って幕府に直訴し死刑になった農民の代表ということだが、そこに行き着くまでが日本の歴史とも絡んで面白い。

 事のはじめは関が原合戦のきっかけともなった会津征伐に端を発する上杉家の転封から始まる。会津から米沢へ領地換えされた上杉家は領地が半分にもなったにもかかわらず召し放ち、すなわちリストラをしなかったので台所は火の車だった。そんな折まだ若い当主が世継ぎを残さず死んでしまう。武家諸法度にのっとれば御家断絶となるところを血のつながった養子をもらうことで何とか御家断絶をとりとめた。

 ところが養子の父親が忠臣蔵赤穂浪士討ち入りの敵役として名高い吉良上野介、さらにはこのごたごたのペナルティで上杉家の領地から高畠町が切り取られてしまう。

 領地は減りさらに吉良からも金品をたかられ、ますます貧乏になった米沢藩が目をつけたのが高畠だった。

 上杉領から切り取られ天領となった高畠であったがその管理役はいまだに上杉に任されていた。そこで上杉は知らん振りして税金を多くかけたのだ。わかりやすくたとえると管理人が大家に内緒で店子から余計に家賃をせしめるようなことをしていたというのだ。

 ドラマなら越後のちりめん問屋と名乗る天下の副将軍がお供を引き連れてあらわれて、悪者どもをばったばったとなぎ倒すような案件だが、実際にはそんなことしてなかったそうだし、していたとしても時代が少し早い。

 ともあれこれに怒った庄屋の高梨利右衛門は江戸まで出向き、葵三つ葉の紋の入った文箱を作り上杉家の所業をしたためた文書を入れ、幕府要人のよく来ると言われた店にわざと忘れていった。

 これが功を奏し、悪事が明るみに出て高畠には幕府から直接代官が出向いて統治するようになり年貢も軽くなったが、直訴と将軍家の家紋を勝手に使ったという罪で高梨利右衛門は磔にされたのだった。

 しかし、弱者のために知恵を振り絞ってわが身を省みず戦った農民たちのリーダーとして今なお語り継がれている。

「はい、風邪の予防のビタミンC」

 そういって千代ちんはカバンから密閉容器を取り出した。

 中には皮をむいて八つ割りになったラ・フランスが入っていた。

「あ、それじゃさっそく」

 わたしはプラスチックの楊枝でラ・フランスを突き刺し口へと運ぶ。

「?」

「昨日もらったラ・フランス。さっそく剥いてきてみたんだけど」

 わたしの表情を見て千代ちんが心配そうに声をかける。う~ん、ちゃんと教えずにわたしたのがまずかったなと思いながらもまずは口の中をきれいにしないと……

「君たち困るよ図書室での飲食は、いつもこんなことしてると思われたら新聞部のポジション、立場がなくなるじゃないか…」

 そういいながら現れたのは大河原部長だった。

 わたしはあわててラ・フランスを飲み込もうとしてむせてしまう。

 千代ちんもあわてて密閉容器にふたをしようとするが、部長はすばやく容器からラ・フランスをつまみ上げ口の中に放り込んだ。

「……ん、こりゃあれだ、まだ熟してないじゃないか……」

「え?熟してない?」

 容器にふたをする手を止め千代ちんが部長の顔を見上げた。

「あのね、ラ・フランスってへたの周りが柔らかくなってからが食べごろなのよ」

「追熟って言ってね、収穫してから二、三週間くらい置かなきゃならないんだが、このくらいだとあと四、五日ってところかな」

「へぇ~、ちゃんと言ってくんなきゃ、ぼたんちゃん」

 千代ちんがくちばしをとがらせる。

「確かに昨日食べたとき言うほどじゃないなぁって思ったのよねぇ」

 再度容器のふたを開けラ・フランスをひとかじりする千代ちん。

「四、五日後って言ったら文化祭のあたりか、じゃその日のお弁当のデザートね」

「その文化祭の件なんだがな…」

 そこまで部長が言いかけたところに先生が入ってきた。

 わたしたちは背中を向け大慌てで容器をかばんの中へとしまう。

 先生はわたしたちには気にも留めずに用事を済ませて退室した。

 三人顔を見合わせて、ほっと息をつく。

「あ、そうだ、ここに来た用事なんだがな、その文化祭の部活ごとの発表の際の待機スケジュールを持ってきたんだ」

 そういって部長は紙を一枚かばんから取り出し目の前に置いた。

「ええっと、はじめにあたしと吉田君、次が日下部君とシ…青木君、そして最後が部長とぼたんちゃん……ねぇ……ふぅん」

「え~、わたし千代ちんと一緒がよかったなぁ……」

「そう言わんでくれよ、君ら三人は同じクラスだからバラさないとまずいだろ」

「そうですか、そうですよね。わかりました」

「それじゃぁ細かい打ち合わせをあさってここでするから青木君にもそういっておいてくれ」

 そういうと部長はかばんを肩にかけなおす。

「あれ、今日は早いですね」

「いや、調べ物がここの資料じゃ間に合わなくてね。町の図書館へ回っていくよ、じゃ」

 そういうと部長は手をひらひらとさせながら行ってしまった。

 部長が図書室から出て行くのを見送ってから振り返ると、千代ちんが妙にニヤニヤした顔をしながら先ほどのスケジュール表を眺めていた。

「どうしたの?そんなににやけちゃって?」

「いやぁ、さっきのくしゃみの元がわかっちゃったかなぁって」

「くしゃみの元???」

 千代ちんが身を乗り出し、小さな声で何か不安になるようなことを言い出した。

「部長よ、クラシックカーの後あたりからなんか変わったなぁって思ってたのよねぇ……」

「はぁ? ちょっと、何を根拠にそんな……」

「根拠その一、最近べたべたされなくなったわ」

「そうなの?」

「あんまり男どもがべたべたしつこいから、青木君に変身したのをきっかけにシンハをカモフラージュにしてたのよ。吉田君は引っ込んだけど部長は相変わらずだったわ……」

「そんなこと考えてたの……」

 千代ちんのしたたかさというか腹黒さというか、知りたくなかった一面を垣間見たような気がして軽く引いてしまう。

「そう、でもね、クラシックカー以降興味がほかに移ったかのようにピタリとおさまったのが気になってたのよ」

「クラシックカーってあの言い争いみたいになったとき? あれから嫌われて距離おかれてるのかと思ったのに……」

「ほうほう、距離感が変わった事は気づいてたのね」

「うん、でもよそよそしくなったのは嫌われたからだとばっかり……」

「ふっふーん、でもあっちはそうじゃなかったみたいね。じゃ、それを根拠その二としましょうか」

「まだ何かあるの?」

「そう、とどめの根拠その三がこのスケジュール表よ」

 そういってスケジュール表を指でつつく千代ちん。

「一緒だからって、た、たまたまかもしれないじゃない」

「一緒だってのもあるけど、注目すべきは時間帯よ」

「時間帯?」

「そう、部長とぼたんちゃんの時間帯は大野君たちのバンドの時間と重なってるのよ」

「バンド……でも大野君たちそんなには……」

「そう下手だわ。でも、この文化祭で垢抜けた企画はあのくらいのもの、だからほかの展示はヒマになる」

「ヒマになるって……」

「つまりこの図書室でぼたんちゃんと部長は二人っきり!」

「ふた……」

 最後まで口に出して言いたくないそのロケーションを想像して身も心も凍りつくような思いがした。

「千代ち~ん……」

 わたしは不安で千代ちんの袖にすがりつく。が、彼女はまだニヤニヤしながら、

「ぼたんちゃん、失恋の痛手を治すには新しい恋をするのが一番よぉ」

 なんていってのけた。

「ちょっとやめでずぅ~」

「お、久々に方言が出たねぇ。まぁ大丈夫よ、イニシアティブ握ってるのはこっちだもん」

「イニシアティブ? 何よ、千代ちんまで部長みたいに難しいコトいって」

「イニシアティブが難しい、って……主導権よ主導権。恋は惚れさせた方が勝ちなのよン」

「惚れさせた方がって」

「そう、つまり今はぼたんちゃんが勝ってるのよ、主導権を握ってるの!」

 あまりの展開に言葉が出てこないわたしに千代ちんはなおもしゃべり続ける。

「二人っきりになる時間を作ろうとするくらいだもの、部長はいろいろと作戦を練ってるはずよ。でもそうねー、今みたいに動揺してたら、うまく丸め込まれて主導権を奪われちゃうんだから」

「うばわ…れる…」

「そう、部長と付き合うことになるのよ」

「付きあ…」

 映画みて、カラオケ行って、ショッピングして、スイーツを食べて、それから……

 いつか彼氏ができたらしてみたいこと、そのすべてのシーンに部長の顔が張り付く。

 バラ色で思い描かれていたすべての景色がそれだけで灰色に変わる。

「やんだ! 絶対やんだ!」

「ちょ、声でかいよ!」

 知らずに立ち上がって叫んでいたことを千代ちんに上着の袖を引かれて気づく。ほかの生徒の驚いたような視線の中、わたしはあわてて口を押さえると再び席へと付く。

「ま、そんな感じでちゃんとお断りすれば、ネ」

 千代ちんは無責任にそういって作業に戻ったが、わたしはといえばこのとき芽生えたモヤモヤのせいでその日一日は何も手につかなかった。

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