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8話 暴走のはて 4

「あ、そうだ、赤木君」

 ひとしきり笑うと本来の目的を思い出した。少し上のカーブ、ひしゃげたガードレールの向こうにはいまだ黒煙が立ち上っている。

「あのくらいでくたばったりしないでしょ。赤木君タフだし」

「……とはいえ赤木がダデーナーだとしたら……今が浄化のチャンスなのかも知れないッハねぇ……」

 シンハの言葉にわたしもミレニィもつばを飲み込む。

「浄化……しちゃうの?」

 ミレニィがたずねる。

「ラクシュミーの本来の目的はぼくの力の源の「文珠」を全部集めることだッハ。赤木がダデーナーだとしたらいつかはそういう日が来るッハ」

「それはわかるけど……」

 それはわかる。それはわかるけれど、時には助け合い、ともに戦って、同じ鍋の芋煮を食べて、人工呼吸とはいえ……あんなことをした彼を……浄化するとしたら……トィンクルファウンテンで、わたしが……

 いつしかわたしはじっとロッドを見つめていた。

「……あ、赤木君もあれだけどさシンハ、ほら文珠文珠。ここまでの道でやっつけてきたダデーナーの文珠。あれ拾って帰んないと! 岩井戸に回収されちゃったら今までの苦労が水の泡よぉ……」

 ミレニィがわたしの気持ちを察したのかシンハに提案する。

「……そうだッハね。それじゃぁ火の勢いも収まってきたようだからまずはあそこの四っつから拾って帰ることにするッハ。ミレニィ、抱っこしておろしてくれッハ」

 ミレニィはシンハを抱き上げると斜面を蹴り、ふわりと道路へ降り立った。わたしも続いて斜面から飛び降りる。

 火勢は弱まったものの、いまだ黒煙を上げ続けるスクラップの中に、文珠は鈍い光をたたえていた。

 シンハが恐る恐るながらも近づいていく。と、目の前で何者かが文珠を無造作に摘み上げてしまった。

 黒煙の中から現れた大柄な体。

 ススだらけで擦り切れた衣装を身にまとった、それは赤木君だった。

「こいつは俺がいただいていく」

「バカなことをいうなッハ! それをこちらにわたすッハ!」

 シンハが声を荒げる。

「そ、そうよ……文珠なんて、赤木君には必要ないじゃない……だからね、返して、それ」

 わたしはなだめるように声をかける。

 すると赤木君は手をすっとわたしに向かって差し伸べた。しかしその手は文珠を握っているのとは別の方だった。

「見てくれこの手を……化け物の手だ……」

 警戒しながら目を凝らし、その手を見る。

 手の皮がはがれているようだが血がにじんでいる様子は無い。妙にささくれ、いや毛羽立って、皮膚や肉とは質感が違うような……

「あの時、青木を助けようと光の玉に触ったところだ。痛みは無いがいっこうに治らない。よくよく見たら紙粘土だ、張りぼてに取り憑いた化け物なんだよ、俺も……」

 赤木君が寂しそうにつぶやく。

「化け物なんて……」

 薄ぼんやりと心に抱いていた「赤木君がダデーナーというのはシンハのただの思い込み」という希望はもろくも打ち砕かれた。

「いいさ、この一月で心の整理はついている。いずれお前に消されるときは受け入れよう……」

「そんな……」

 赤木君はそういってうつむく。

「なら、今がそのときだッハ。ピオニィ!」

 シンハがトゥインクルファウンテンの準備をするよう促す。とはいえ……

「まぁ待ってくれ、心残りがあるんだ……」

 わたしがためらっていると、赤木君がシンハに語りだした。

「目の前で、親友を消された。せめてこの手で敵を討ちたい……」

 赤木君はシンハを押しとどめるように開いた手のひらを、硬く力強く握り締める。

「岩井戸をなめてはいけないッハ。悪いけど赤木では話にならないッハ」

 シンハが正面からにらみつける。

「そう……だから力が……力が必要なんだ」

 そういって赤木君は持っていた文珠を口の中に放り込んだ。

「ピオニィ! ミレニィ!」

 シンハが叫ぶが時すでに遅く、文珠はゴクリと音をたてて赤木君ののどを通り過ぎていった。

「ピオニィ! ミレニィ!」

 シンハが再び叫ぶが、赤木君から放たれる異様な気迫に気おされてわたしたちは動けない。

「がああああああああああああああ………………」

 文珠を飲み込んだ赤木君は突然うなり声を上げ始めた。大きく口を開き、血走った目を見開き、両手は空中にある何かをわしづかみにするようにして、まるで何かに耐えているような様子だ。

「赤木君! 赤木君!」

 大声で呼びかけてみるものの反応は返ってこない。

 やおら布の引き裂かれるような音がした。赤木君の服だ。

 彼の筋肉という筋肉が、波打ち、膨らみ、ただでさえ大きな赤木君の体が、さらに一回り大きくなった。

「が、ああああ……」

 口からよだれを垂れ流しながら見開いていた目をわたしに向ける。

「…力を……もっと力を……」

 彼が目を向けたのはわたしに対してじゃない。わたしが持っている文珠の詰まった巾着袋に対してだ。

 気がついた瞬間、赤木君が大地を蹴る。

 弾丸のような速さでわたしの前に立ちふさがると、巾着袋を持っている方の手に手刀を浴びせる。

 たまらずわたしは巾着を取り落とした。

「ピオニィ! 取り返すッハ!」

 とはいうものの、叩かれた腕がジンジンとしびれて動かせない。

 赤木君はゆっくりと巾着に手を伸ばす。

 が、手を触れそうになった瞬間巾着が炎に包まれ、中の文珠は散り散りに転がった。

「なんてことするッハ」

「まとめて取られちゃうよりましでしょ! 拾って!ピオニィ!」

「拾ってって……ンもう!」

 わたしと駆け寄ってきたシンハはしゃがみこんで文珠を拾おうとする。

 赤木君も文珠を拾おうと腰を落とすが、そうはさせまいと、ミレニィが鼻先に炎を撃ち込む。

「ごおっ!」

 赤木君は吠えてミレニィへと肩から体当たりを仕掛ける。が、身軽なミレニィはひらりとそれをかわす。

 赤木君はそのままコンクリートでコートされた山の斜面へと激突する。そのコンクリートにひびが入り、ガラガラと崩れ落ちてしまった。

「なんてパワーよ!」

 驚いて目を見開くミレニィに向かって赤木君が腕を振るう。

 何かはわからないが飛んでかわそうとするミレニィが、

「あぢぃっ!」

 と声を上げた。

 飛び上がりかけの体勢から尻餅をつき、顔を抑えてうずくまるミレニィ。

 赤木君が再び何かを握り、今度はこちらへと狙いを定め、腕を振るう。

 わたしは大慌てで「パリッチャ」を展開させる。と、一瞬トタン屋根に落ちる夕立のような音と衝撃がわたしを襲った。

 音の正体は砂だ。

 思い切り投げつけられた砂が鳥撃ち用の散弾銃のようにミレニィやわたしを襲ったのだ。

 赤木君が再度腕を振るう。わたしはパリッチャのかげで身を縮めた。

「ぎゃん!」

 と、背後で悲鳴が上がる。狙われたのはシンハだった。

 シンハは痛みのために拾った十個ほどの文珠を取り落としてしまう。

 その文珠をめがけて赤木君が跳んだ。

 赤木君は地面に腕を走らせると、たちまち文珠を拾い上げた。

 その動きを目で追うことしかできないわたし。

 そのわたしの目の前で、赤木君は文珠をゴクリとのどの奥へと流し込んだ。

「あがあああぁあぁぁあぁっぁああああぁぁあぁああぁぁ………」

 先ほどと同じように悲鳴のような声を上げる赤木君。彼の筋肉が、先ほどよりも激しく、まるで皮膚の下に無数の蛇が這い回っているかのように波打っては肥大化していく。

「がああぁあああぁぁぁぁぁああああぁぁああぁぁ…………」

 赤鬼……

 まさに赤鬼がそこにいた。

 真っすぐに立ったなら身の丈5メートルを超えるような巨体。しかし肥大化の代償か、痛みがあるのか全身を真っ赤に染めながら、丸太のような二の腕を抱えて苦しそうにひざをついてうずくまっている。

「心と体のバランスが取れていないんだッハ……」

 シンハがよろよろとこちらへ近づいてきた。

「力を、力をと求めるあまりに……見るッハ、力を制御できずに暴走をはじめたんだッハ……」

「…………」

 赤木君の表情がゆがんでいく。

「……ファウンテンで浄化してやるッハ……むしろそれが……赤木のためだッハ……」

 涙をボロボロと流しながら肥大化の痛みに耐える赤木君。

「赤木君……ごめん……ごめんね……」

 わたしは意を決してロッドを構えると、力を集めるための儀式の踊りを舞う。

 体中の気力が丹田に集まり、胸、肩、腕を通りロッドへと集中する。

「気力……充実……」

 いつの間にかあふれ出た涙でぼやけて見えるが、大きくなって、かつ動けなくなっている赤木君への狙いははずしようが無い。

「…………ラクシュミー……トゥインクル…………ファウンテンッ!」

 気力をこめたトゥインクルロッドを赤木君めがけて振り下ろす。

「がああああああぁぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁあぁぁぁぁあぁぁああぁあぁ……」

 清らかな光を浴びて赤木君が絶叫を上げる。

「あああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁ………」

 痛みのためか、赤木君がこちらへと大きな腕を振り下ろそうとする。が、横から炎の弾が数個飛来し、炸裂し、赤木君はどうと体を横たえる。

「続けてっ! ピオニィ!」

 ミレニィはそういうと足が崩れるようにへたり込む。が、目だけは力強く赤木君を見据えていた。

 わたしはミレニィにうなずくと、ロッドを持つ手に力をこめた。

「はああぁぁああぁぁあぁあぁぁあぁぁぁああああぁあぁぁぁ………」

「が、があ、あぁあぁぁああぁぁあああぁぁぁぁぁ………」

 赤木君は何とか起き上がろうと四つん這いになるが、そこから体は動かせない。心なしか先ほどより幾分小さくなったような感じがする。

 カツーン、カツーンと悲鳴に混じって硬いものがぶつかるような音がする。

「文珠が出てきたッハ! もう少し、がんばるッハ!」

 確かに、音が響くたびに赤木君の体が縮んでいるような気がする。あの音が消えたとき、きっと赤木君という存在も消えてしまうのだ。

「があああああぁ……ごおおぉぉぉおおぉ……ぎいぃぃぃいいいぃ……」

 悲鳴のトーンが変わった。文珠よ出て行ってくれるな……赤木君はまるでそうでもいわんばかりに文珠が湧き出る胸を両手でおし抱く。が、無常にもその手をすり抜けて文珠がまたひとつこぼれ落ちた。

「がおぅううううう……ぎぃいいいぃぃぃ……」

 青……木……青木……悲鳴がまるでそう言っているように聞こえる。

 気のせいだ! 気のせいだ! そう考えるように意識を持っていこうとする中、またひとつ文珠が転がり落ち赤木君の体が最初のサイズに戻る。

「青木ぃ…… 青木ぃ……」

 いつもの姿に戻った赤木君が、空を見上げ涙を流しながら弱弱しく漏らす。

 やっぱり青木って言ってたんだ。

 そう理解した瞬間わたしの手からトゥインクルロッドが転がり落ちた。

「どうしてやめるッハ! あと少しだッハ!」

「……っ、できないよ! 赤木君を消しちゃうなんて! わたしできない!」

 シンハが怒りの声を上げるがわたしには無理だ。

「できるときにけりをつけておかないと、また岩井戸の時の二の舞になるッハ」

「でも……でも優しい心があるんだよ! 仇を討ちたいっていう熱い気持ちがあるんだよ! 赤木君のそんな思いを知っちゃったら……わたし……わたし浄化なんてできないっ!」

「……ピオニィ……」

 シンハが眉間にしわを寄せ、かみ締めるようにつぶやいた。

 ボ、ボ、ボゥ

 火の玉が風を切る音がした。

 その音に振り返る。

 よろよろと立ち上がった赤木君が文珠に手を伸ばそうとしたところをミレニィがけん制したものだった。

 赤木君は振り返るとふらつきながらも駆け出し、ガードレールをまたぐとその体をがけの下に躍らせた。

「赤木君!」

 わたしは駆け寄ってがけの下を覗き込んだが、赤木君の姿はすでに見えなくなってしまっていた。

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