7話 妙多羅天 岩井戸 4
「ほう陰陽師、はるばる大和の国から鬼退治とは、こりゃ勇ましい」
山道を二人の男が歩いていた。
長旅で擦り切れた服を着ている日に焼けた大柄な侍は弥三郎。
修行のおかげか以前よりたくましさを増していた。が、ひげも髪も伸び放題で、たくましさよりもむさくるしさが先にたつ。
連れ立って歩く男は三十前後、垢じみた狩衣を身にまとい棍のような杖を突いている。弥三郎よりは細身だが、同様に日に焼けなかなかの健脚だ。
「大和安倍の文殊さんには大恩があってな、そうでなければ出羽くんだりまで来たりはせぬよ」
「俺のふるさとを出羽くんだりとは言ってくれるじゃない。ま、都を見た後ではあんたの言うとおりかもしれんがな」
弥三郎は少し眉をしかめるが、すぐにけろりとして男に尋ねた。
「しかし文殊さんとはね、アンタんとこにも文殊さんがあるのか?」
「ほう、じゃあぬしは亀岡か?」
男は足を止める。
「いんや、隣の屋代郷ってとこだ」
弥三郎もあわてて足を止めた。
「そいつは残念だったな、行き先はどうやら一緒のようだ」
男は再び歩き出す。弥三郎はあわてて男に並ぶ。
「何だと、じゃぁ鬼が暴れてるってのは?」
「亀岡と一本柳の間に山崎ってとこはあるか? その辺らしい」
「……こうしちゃいられん……」
「まぁ待て、今から急いだところでたかが知れている。それより策を練らねばならん。おぬしは地の利に明るいようだ、いろいろと話を聞かせてくれぬか」
足を速めた弥三郎に陰陽師は声をかけた。
「あらためて自己紹介しよう、俺は安倍妙星、陰陽師だ」
数日後、二人は出羽の国へと足を踏み入れた。露藤の辻に差し掛かる。
「むこうに行くと俺んちだ、こいよ妙星」
と、弥三郎が誘うも、
「先に亀岡文殊の用事を済まさねば、後ほど呼ばれるとしよう」
と、妙星は反対方向の亀岡文殊大聖寺へと足を向けた。
「これが安部の文殊から預かってきた如意宝珠と文珠です」
「そうか、コレでシンハ様も息を吹き返すであろう」
妙星はふくさに丁寧に包まれた宝珠を住職へと手渡した。
住職はうやうやしく受け取ると、祭壇の元へとその包みを持っていった。
妙星もその後ろに続く、と祭壇の上に犬か猫とおぼしき青白い木乃伊のようなものが祭られていた。
「この木乃伊が……」
「はい、文殊様の使いのシンハさまです」
妙星の問いに住職が答える。
「こんなのが文殊様の使いねぇ……」
眉をしかめる妙星に、住職が説明をする。
「鬼はシンハ様の力を取り込んで強大な力を得てしまいました。封じるにはシンハ様の力が戻らねば……」
「そんなに強いのかい、その鬼は?」
「見た目は童女のようですが、野犬のような獣を操るほか、つむじ風をも起こすと聞きます。その力は仏の位で言えば天と呼ぶにもふさわしい」
その言葉に妙星は目を見開いた。
「天? 広目天とか増長天とか毘沙門天とかの? 冗談じゃない、人の手になど負えぬではないか?」
「仏格としてはそうです、しかしその力をすべて制御できているわけではない。ゆえに、急がねばなりません」
そういうと住職はシンハへと目をやった。妙星もそれにならう。
落ち窪んだ目、半開きの口の小さな獣の干物を目にして、妙星の心には不安が澱のように積もっていった。
大聖寺を出た妙星が、弥三郎から教えられたあたりを訪ねると、家があったと思しき瓦礫の前で弥三郎が青い顔をしてへたり込んでいた。
「弥三郎……おい弥三郎……」
妙星が声をかけると弥三郎はうつろな目をしながらゆっくりと妙星のほうへ顔を向けた。
「……おれの家が……おとせは? 弥彦は? お袋はどこ行っちまったんだ……」
「……心中、察する……」
妙星はつぶやいて、弥三郎から目をそらした。
そのそらした先、弥三郎の家だけではなく、あたり数件の家も半ば朽ち果て、雑草におおわれ、人の気配はまったく感じられなかった。
「くっ……鬼め! 鬼のやつめ……」
弥三郎はこぶしを地面に打ちつけると、それを杖にしてゆっくりと立ち上がった。
「大聖寺の住職から話を聞いてきた。相手は鬼というより鬼女と言った様子だそうだ。うら若い娘の姿で、橋のたもとで野犬と風を操って追い剥ぎまがいのことをしているそうだ」
それを聞くと弥三郎は妙星にくるりと背を向けた。
「鬼だろうと小娘だろうと容赦はしねぇ、俺の留守中に何もかも滅茶苦茶にしやがって!」
絞り出すような声でそう言うと弥三郎は大股で歩き出した。
「待て、弥三郎! 冷静になれ!」
「これが落ち着いていられるか! 来いよ妙星! 鬼退治だ!」
弥三郎は振り返りもせずに叫んだ。
「待てというに、まずは戦力を整えてから、おい、弥三郎! 弥三郎!」
弥三郎は聞く耳を持たない。
「えぇい、急急如律令、式神よ大聖寺の和尚に伝えよ、すぐに儀式を始めよ」
妙星は懐から式札を取り出すと呪文を唱え、あかね色の空へと放り投げた。




