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7話 妙多羅天 岩井戸 5

弥三郎と妙星は橋の上に立っていた。

 闇があたりを支配し、かれこれ数時間は経とうとしていた。

 川べりの草が風に吹かれさわさわと音を立てている。

 不意に空気がひやりとしたものに変わった。

「……これではどちらが追い剥ぎかわからんな……」

 いつ現れたのか、背後からの少女の声に二人は振り返った。

 少女は青白い着物を身にまとい、鉢巻きを猫の耳かと見まがうばかりに大きく、長い髪の後ろで結んでいた。

「貴様が村をめちゃくちゃにした鬼畜生か!」

 弥三郎が吠えた。

「村?」

 少女は眉をピクリと上げる。しかし、冷たい表情のまま、

「すべては愛するもののため……さぁ、命が惜しくば身ぐるみ全て置いていけ」

 と両腕を大きく広げた。

「何が愛するもののためだ……俺の家族を……喰らえ!」

 怒りに我を忘れた弥三郎が抜刀して少女に襲い掛かる。しかし少女は大きく後ろに跳んでそれをかわした。

「なるほど、ならば力ずくで奪うとしようか」

 少女は懐をまさぐると何かを地面にまいた。するとそれはむくむくと大きくなり、十数頭の獣のような姿に変化した。

「式神か? 気をつけろ!」

 言いながら妙星も懐から式札を取り出し空に放り投げた。

 式札は炎を身にまとった数羽の鳥に変化し、上空をぐるぐると回り始めた。

 少女が腕を振るう。すると獣たちがいっせいに弥三郎めがけて襲いかかった。

「間に合え!」

 妙星が式神に命じる。すると火の鳥は上空から獣めがけて急降下した。

 獣たちが弥三郎に今にも噛みつかんとしたそのとき、火の鳥が炎の壁となって弥三郎の前に立ちはだかり、その足を阻んだ。

 弥三郎もその隙に後ろへと下がる。

 が、横から回り込んできた一頭が弥三郎めがけて飛び掛ってきた。

「があっ!」

 弥三郎は刀で切りつけ獣を払いのける。が、手ごたえがおかしい。

 もう一頭の獣が襲ってくる。今度は正面から切りつける。が、

「くそっ、なんだ? 切れやしねぇっ?」

 獣は打ちのめされ、跳ね飛ばされるが、本来ならば真っ二つになるべきが、再びその身を起こしこちらへと向かってくる。

「こっちへ!早く!」

 妙星が手招きする。

 弥三郎が転がるように橋の上へとたどり着くと、その橋の前に火の鳥が降り注ぎ、先ほどより高い炎の壁をこしらえた。

 妙星はふところから札を取り出すと、なにやら紋様を描きしたためた。

「刀を」

 弥三郎は言われるままに刀を向けた。

 妙星は先ほどの札を刀で刺し貫き、

「急急如律令 斬魔付与」

 と、小さくつぶやく。

 頭上に気配を感じた。

 見上げると、獣たちがだんだんに積み重なって炎の壁の上から頭を出している。

「ガウルッ!」

 一声吠えると獣が一匹、炎を飛び越えて襲いかかってきた。

「たたっ切れ!」

 妙星の声にはじかれたように立ち上がる弥三郎。そのまま刃を獣の頭に合わせる。

 スカッ!

 まるで熟れたスイカに包丁を合わせたかのように、小気味よい手ごたえで獣は真っ二つになった。

 獣が二頭、三頭と次々に飛び掛ってくる。

 弥三郎は次々に刀を振るう。

 すると獣は鈍い音を立てて地面へとその屍を打ち付けた。

「いいぜ妙星。見違えるようだ」

 言うと弥三郎は刀を握りなおす。

 炎の壁の勢いが落ちてくる。

 雪崩を打って襲い掛かってくる獣どもをひらりひらりといなしつつ、弥三郎は刀を振るう。

 妙星は皮の腰帯をつけた赤銅色をした筋骨隆々の闘士の式神を召喚した。

 闘士は二体、弥三郎の背後と妙星を守る。

 弥三郎の刀と妙星の式神の力で獣の数も半数となった。

 手ごわいことを悟った獣は、二人を遠巻きに囲み、忌々しそうに咽を鳴らしている。

「どうした! もうしめぇか?」

 弥三郎が吠える。獣はその声に後ずさる。

 が、歩みを進めてきたものがいた。例の少女だ。

「ダデーナーをこうもまぁ……」

 少女は地上から十数センチほどのところをすうっとすべるように移動すると、弥三郎のおよそ十メートルほど前で止まった。

 両方の腕を腰の辺りに広げ手を開く。その手の平がなにやらぼうっと光を放つ。

「殺すのが惜しいほどの腕前よ。どうだ、わが家臣とならぬか?」

「冗談じゃねぇ! 化け物の手下なんざ死んでもごめんだ!」

 弥三郎はつばを吐いた。

「そうか……ならば死ぬがよい」

 背筋に寒いものが走った妙星は、すぐに闘士を弥三郎の前に割り込ませる。

 と、同時に少女が腕を振るう。

 次の瞬間、闘士は逆袈裟に切り上げられる。

 右、左、右、左、少女の腕が振るわれるたびに闘士の体に見えない刃が鋭い傷をつけていく。

 少女はがむしゃらに切りつけているわけではない。弥三郎と妙星に自分の実力を見せ付けるがごとく、余裕を持ってその腕を振るっているのだ。

 見えない刃で切り付けられた闘士は、まるで松ぼっくりのようにボロボロになり、どうと地面へと崩れ落ちた。

「式神よ!」

 妙星が指で天を指す。すると上空を舞っていた火の鳥が少女の足元めがけて急降下する。

 気づいた少女は火の鳥に右手をかざし「破!」と気合を入れる。

 火の鳥は彼女の2メートルほど上で四散した。

 弥三郎はこの機を逃さない、刀を横に構え少女に迫る。が、あとわずかというところで少女の左手から発せられた圧縮空気の弾をその身に受け、駆け出したあたりまで吹き飛ばされる。

 ろくに受身をとれず、背中をしたたかに打ちつける弥三郎。痛みでしばらく呼吸ができない。

「あの程度の目くらましで惑わされると思ったかい?」

 少女が上空に向け腕を振るう。するとつむじ風がおき、火の鳥たちはその渦の中に飲まれ、消えてしまった。

「く、しばし時間を!」

 妙星は闘士の式神を少女に向かって走らせる。

 少女は臆することなく闘士へと向き直り、両の腕を思いっきり振りあげた。

 すると爆風のような風が巻き起こり、闘士は十数メートル上空に吹き飛ばされる。

爆風は弥三郎と妙星にも襲い掛かる。

 幸か不幸か弥三郎は倒れ伏していたため仰向けがうつぶせになる程度であったが、一方の妙星は爆風をもろに受け、橋から川の中へと盛大な水しぶきを上げて転落してしまった。

 水しぶきがあがるのとほぼ時を同じくして鈍い音を立てて闘士が地面へと激突し、その姿を元の式札に戻してしまう。

 もうもうという砂埃の中、弥三郎のうめき声だけが聞こえる。

 少女は両腕を横から前へとゆっくりと動かした。すると柔らかな風が砂埃を払って視界を晴らす。

 道の真ん中に弥三郎は横たわっていた。肩で荒い息を繰り返している。

 ジャリッ、ジャリッ、

 空中から地面へと降り立った少女が弥三郎へと歩みを進める。

 刹那、弥三郎が振り返りざまに刀を投げた。刀はまっすぐ少女へと向かう。が、鋭く飛んできたそれを少女は難なく受け止める。

 渾身の奇襲を難なく受け止められた弥三郎はがくりと肘を付き、そのまま仰向けにくずれ落ちた。

「無為な抵抗をする……悪い腕だ」

 弥三郎の刀を傍らに投げ捨てた少女は、右腕を弥三郎に向かって振りあげる。

 すると、先ほど式神の闘士を切り刻んだような見えない刃が地を這い、弥三郎の右のすねを斜めに裂き、右腕を肘の先から切り落とした。

「っ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 弥三郎は声にならない悲鳴を上げる。

「無様なものよ……」

 右腕を抱え込み、もだえる弥三郎を見下ろし、少女は再びふわりと舞い上がる。

 3メートルほど浮かんだ彼女は弥三郎に向かって両の手のひらを向ける。手のひらが青白くぼんやりと光を放つ。

 ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、

 少女の手のひらから高圧の空気の弾が打ち出される。

 気弾は弥三郎の胸に、腹に、脚に、頭に次々に襲い掛かる。そしてその弾があたるたびに弥三郎の切り落とされた腕から脚からどす黒い血が飛び出した。

 爆音に混ざって弥三郎の悲鳴が聞こえていたが、いつしかそれもやんだ。

 もうもうと巻き上がった砂煙がおさまると、血だまりの中に弥三郎が息も絶え絶えに倒れていた。

 出血のためか肌からは血の気がうせ、唇はカサカサにななっている。四肢はあさっての方向に曲がっており、あざだらけになっていた。

 少女は弥三郎に手のひらをかざす。風が少女の腕へと集まってくる。

「これで終わりだ……」

「弥三郎おおおおぉぉぉぉおおぉお!」

 川から這い出してきた妙星が吠えた。

「弥三郎?」

 その声に少女は動きを止める。

 そのとき彼女の背中に緑色のかたまりが飛びかかった。

 少女はそのかたまりとともに地面へと落ち、ゴロゴロと転がった。

 少女は体勢を立て直そうとするが緑色のかたまりが押さえつけるようにその動きをさえぎる。

「くっ、邪魔をするな! はなせ!」

「やめるッハ岩井戸! その男は弥三郎だッハ! 君の息子だッハ!」

「……シンハ!? ……弥三郎!?」

 少女の体から力が抜けた。そのことがわかるとシンハもまた力を緩めた。

 少女はシンハの下から這い出ると、よろよろと弥三郎へと向かって近づいた。

「おとせ…… 弥彦…… おとせ…… 弥彦……」

 うわごとのように弥三郎の口から漏れる言葉、聞き覚えのある名前を聞いて、少女の瞳に涙がにじんだ。

 指先に風を集める。

 その動きに妙星は一歩進み出るが、シンハがそれを制した。

 少女は指先へと集めたその風で弥三郎のむさくるしいひげをなでる。するとひげはきれいにそり上げられて、岩井戸の愛しいわが子の顔が現れた。

「弥三……弥三郎……弥三郎おおおおおぉぉぉおぉぉぉぉおおぉっ!」

 岩井戸が声を上げた。と、岩井戸を中心に大きなつむじ風が沸き起こる。しかしそれは先ほどまでのまがまがしい風の力ではなく、暖かく慈愛に満ちたもののように感じられた。

「ん……んん…………」

 体の底から力が沸き起こるような感覚を受けて弥三郎は目を覚ました。

 瞳を開けると先ほどまで戦っていた少女が涙を流しながら自分の体を抱き起こしていた。 いや、少女の顔はすでに少女から大人の女性の顔に、それも見覚えのあるような顔に変化していた。

「お、お袋……」

 そうだ、お袋の顔だ……シンハ様にかくまわれたころの顔、なれない畑仕事に疲れ果てていたころの顔、元服し、祝言を挙げたころの顔、弥彦が生まれたころの顔、武者修行の旅へ出る自分を見送ってくれたころの顔。

 まるで早送りのように弥三郎の目にうつる岩井戸の顔は、しわを刻み、年老いていった。

「どういうことです?」

 妙星がシンハにたずねた。

「岩井戸が、弥三郎に命を分け与えているッハ」

「命を……?」

 妙星が再びたずねる。

「そうだッハ、岩井戸は弥三郎の子供を救おうと、ぼくの力を勝手に使おうとしたッハ。おかげで力は暴走、あのときのぼくの力のほとんどが彼女へとうつってしまったッハ」

「力が……」

「岩井戸は、ああやって自分の孫を救いたかっただけだったんだッハ……」

「…………」

 妙星は瞳を伏せた。が、再びキッと岩井戸へ視線を向けると黙って印を組み始めた。

「彼女を退治するッハ?」

 今度はシンハがたずねた。妙星は印を組み替えながら、

「これが私の仕事ですから……力を失い無防備だ……こんな好機は見逃せません……」

 妙星は静かに落ち着いた声で言った。

「そう、ッハ……」

 シンハはあきらめたようにつぶやいた。その視線の先にはすでに老婆の姿となった岩井戸が、慈愛に満ちた表情で弥三郎を抱きかかえている姿がうつっていた。

「臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在 前 …………」

 妙星が九字を切る。

 シンハがそっと目を伏せた。

「は!」

 妙星が気合をこめると指先から神々しい光がはなたれた。光は一直線に岩井戸へと降り注ぐ。

「きゃぁああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁあぁぁぁあああぁああぁぁ…………」

 岩井戸の体は雷に打たれたように跳ね、光の球に包まれた。

「やめろ妙星! お袋に何をする!」

 弥三郎は振り返ると叫んだ。

「これが俺の使命……許せ、弥三郎……」

 そういうと妙星はいっそう念をこめた。岩井戸の悲鳴がさらに高いものになる。

「クソ……体が思うようにうごかねぇ……シンハさま……止めてくれ……シンハさま」

「…………」

 シンハは目を伏せて押し黙るだけだった。

「くそ……お袋!……お袋!」

 弥三郎は必死に立ち上がると、岩井戸と妙星の放つ光の射線上に仁王立ちになった。

「がぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっっっ……!!!!」

「バカなっ! よせっ! 弥三郎!」

 妙星が叫ぶが弥三郎は答えない。

 位置を変え、岩井戸に光線を当てようとするが弥三郎が盾となり光をさえぎる。

「……今のうちに……逃げろぉ……お袋……」

「弥三郎! もう、もう……」

 岩井戸の声はなかなか言葉にならない。

「お袋がここから逃げ出せばこの光も止まるさ……さぁ……早く……」

 弥三郎のひざが崩れ落ちる。それを見た岩井戸は意を決して風を集める。

「くっ、シンハ様っ!」

 妙星の声にシンハが跳びだそうとするが、そのまま地面にどうと体を横たえる。シンハもまだようやく体が動くようになったばかり、大聖寺からここまでくるのでさえ精一杯だったのだ。

 岩井戸へと集まる風は彼女を包み込んだ。その風に乗って彼女の体は宙へと舞い上がる。

「逃がすか!」

 妙星が光を上空へと向ける。弥三郎の体から光がそれた。

 その機を突いて弥三郎がふらふらしながらも妙星へと駆け寄り、正面からしがみついた。

 そのすきに岩井戸は風に乗ってはるか西の空へと飛び去ってしまった。

「弥三郎! くっ、弥三郎―――――――っ!」

 妙星の絶叫が闇の中に響き渡った。

書いててS.W.ep5がチラチラ頭によぎりました

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