表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/84

7話 妙多羅天 岩井戸 3

 翌年、岩井戸は男の子を生んだ。

 名を弥三郎宗長。

 父親似のたくましい男の子で、大病をわずらうこともなく、すくすくと元気に育っていった。

 シンハの言うように、岩井戸自身も己の人生は幸せな日々が続いていくものと思いかけていた。

 しかし、弥三郎が生まれてしばらくすると、安倍氏が国司である藤原登任に反旗をひるがえし、後任の源頼義との間で合戦が始まった、世に言う前九年の役の始まりである。

 一進一退の末膠着状態におちいり、戦場となった陸奥の国、出羽の国は大きく疲弊した。

 一〇六二年、出羽の国清原氏の協力を得た源頼義が、ついに安倍氏を破り前九年の役は終結する。そしてその戦の中で、安倍方であった弥太郎も命を落としてしまったのだった。


「禍福はあざなえる縄の如し、ね……」

 岩井戸は、いつか言われた言葉をシンハの前でつぶやいた。

 ここはシンハの作った結界の中。

 安倍方、陸奥の国側に着いた屋代郷は再び出羽の国へと編入されるものの、渡会家はその責を受け、御取り潰しとなった。

 渡会の妻である岩井戸と、その跡継ぎである弥三郎は源氏の兵より追われる身となったのだった。

 岩井戸は、なんとかその身を隠しながら、シンハを頼って亀岡文殊まで逃げ延びてきた。

「本当は、人間のまつりごとに関与してはいけないって言われているッハ」

 そうは言いつつも、シンハは結界を張って二人をかくまってくれたのだ。

 こうして岩井戸と弥三郎は、いつかお家の再興をと願いながら、細々と畑を作りながら隠れ住む生活を始めることになったのだ。


 数年の歳月が流れた。

 弥三郎が成人するころには、渡会一族はすでにどこかでのたれ死んだものとされ、追っ手の心配ももはやなかった。

 たくましい成人となった弥三郎は、シンハを通じた大聖寺のとりなしで、とある村から気立ての良い娘を嫁にもらった。

「禍福はあざなえる……」

「縄の如しだッハ……」

 女手ひとつの過酷な農作業のはてに、岩井戸はすっかり老いてしまっていた。

 しかし、そのしわと赤切れだらけの手の中には、すやすやと安らかな寝息を立てながら小さな命が眠っていた。

「このまま死ねたら幸せでしょうにね……」

「馬鹿なことを言ってはいけないッハ。本当の幸せはこれからだッハ」

「だといいんだけど……」

「けど……なんだッハ?」

「弥三郎がね……」

「弥三郎が、どうかしたッハ?」

 岩井戸は目を伏せた。

「わたしが愚痴っぽいのがよくなかったのかねぇ、お家再興としつこく言い続けてきたでしょう、この子が生まれたから跡取りの心配は要らない。俺は天下にその名をとどろかす侍になるために、修行の旅に出るんだ、なんていいだしてね……」

「岩井戸……」

「お家再興なんてもういい、戦いなんてしないで、穏やかに、静かに暮らすのが本当の幸せだと今さら言ったところでねぇ……」

 不意に赤ん坊がむずかりだした。岩井戸はあわてて赤ん坊を「よしよし」とやさしくゆすってやった。


 


 紫色の雲の中、シンハは文殊様と対峙していた。

「シンハよ、いいかげんにあの人間の女性との関係をおしまいにしなさい」

 文殊様は少し寂しそうな顔でシンハに語りかけた。

「しかし文殊様……」

 シンハは食い下がろうとするが、文殊様はシンハの言葉をさえぎって、

「あなたの情が彼女に移ってしまったのはわかります。しかし、われわれの力は人には大きすぎるものです。あまり人間に肩入れすると、かえって良くない事が起こるやも知れません」

 と、続けた。

「あなたの務めは、この日の本の国の人々を『人ならぬもの』から守ること、ゆめゆめ忘れてはなりませんよ、かッハ……」

 午睡から覚めたシンハは、しとしとと降る雨の音を聞きながら、何年も前に文殊様にたしなめられたその言葉を反芻していた。

 と、突然ドンドンドンドンと、シンハのほこらを何者かが激しく叩いた。

 何事かと思って外に出ると、そこにいたのはずぶぬれの岩井戸だった。

「いったいどうしたッハ?」

「シンハ、お願い、お願いよぉ……」

 岩井戸はシンハを抱きしめると泣き崩れる。

 連れられるままに岩井戸に連れて行かれたのは彼女の家だった。

 そこには高熱を出し、咳き込み床に臥す弥三郎の妻と赤子がいた。

「お願いよぉ、シンハ……二人を……二人を助けてぇ……」

 伏して助けを乞う岩井戸だが、シンハの頭には文殊様の言葉が浮かんでいた。

「僕の務めは、人ならぬ魔物からこの屋代郷の人々を守ることだッハ。残念だけど、病に倒れた人を救うことはできないッハ……」

「お願いよシンハ! あなたならできるはずでしょう。お願い、お願いよぉ……」

「……悪いけど……普通の看護で治してほしいッハ……」

 シンハは静かな口調でそういうと戸口へと振り向いた。岩井戸はそのシンハにすがりつく。

「後生よ、後生だからお願い、シンハ! シンハ!」

 その時岩井戸の手に触れるものがあった。硬くて丸くて先がとがって……

 そのものが何かを理解した瞬間、岩井戸は驚くほどの力でそれを奪い取った。

「チンターマニ……如意宝珠……コレさえあれば……」

「やめるッハ、僕が調整していないチンターマニは危険だッハ! それをこっちに返すッハ!」

 しかし岩井戸の耳にはシンハの言葉は届かない。

 かつてのように岩井戸は高々とチンターマニを掲げる。

「オン・チンターマニ・ソワカ!」

 シンハが奪い返そうと飛び掛るが、岩井戸の声のほうが早かった。

 如意宝珠はまばゆいばかりの青白い光を放った。そしてものすごいエネルギーが宝珠へとむかって竜巻のように集まってきた。

 如意宝珠、どんな願いもかなえる宝珠。岩井戸が望んだ願いは、病を払いのける豊かな命のエネルギー。

 そのエネルギーは望んだとおりに岩井戸の体へと集まった。しかしそのエネルギーの源は……

 バラバラに崩れ落ちた岩井戸の家、そのガレキの中で岩井戸は呆然と立ちつくした。

 秋とはいえ、いまだ葉の落ちてはいなかった庭の木々。そのすべてが葉を落としたばかりか萎縮し、枯れてしまっていた。

 庭の木ばかりではない。隣家の、畑の、裏山の、目に見える範囲の全ての植物がねじれ、萎縮し、灰のような蝋のような異様な色を呈していた。

「……弥彦……」

 ふと岩井戸は家の惨状に気がついた。

 おそらく嫁と孫が寝ていたであろう場所のガレキをあわてて掘り返す。

 孫の布団が見えた。

「弥彦! 弥彦!」

 何とかガレキの直撃は免れているようだ。岩井戸は寝巻きのすそをつかんで引きずり出す。

「……やあぁああぁあぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁ…………」

 悲鳴を上げた岩井戸の見たものは、周囲の植物と同じように、ねじれ、萎縮し、灰のような、蝋のような異様な姿になってしまった愛しい孫、弥彦の姿だった。

書いてるとき思ってたのは

不思議の海のナディアのエレクトラさんの回想シーン

超兵器の暴走の果て離れ離れになった弟を見つけ

腕を引っ張ったら……というトラウマシーン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ