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7話 妙多羅天 岩井戸 2

「美しい……まるで、まるで天女の舞のようだ……」

 屋代郷(高畠町のかつての地名)の渡会弥太郎は感嘆の声を漏らした。

 数多の化け物の亡骸によって血なまぐさいにおいに包まれた鳩峰山の峠、その上空をふわりふわりと舞うように一人の少女が飛んでいた。

 薄絹をまとい、羽衣を身に着けた彼女は時折手元から光を放つ。するとたちまち眼下の化け物が血しぶきを上げて倒れ附すのだ。

その光景に弥太郎とと供回りの侍はただただ驚くばかりだった。

 ふと少女が高度を下げた。

 見れば、いずこかよりとんできた妖鳥が三羽、彼女を牽制していた。

 ひとたび地面に降り立ち、妖鳥に向かって光弾を放つ。

 見事打ち落とすものの地面に落ちたその隙をほかの妖魔どもは見逃さなかった。

 今まで空中にあって手出しできなかった恨みを晴らそうと、カモシカの化け物が少女めがけて突進してくる。

 ひらり、ひらりと二頭の突進をかわすものの、足場の悪さに転倒してしまう。

 倒れた少女に向かってカモシカの化け物が覆いかぶさるように飛び掛る。

 そのとき、化け物の体に数本の矢が突き立った。

 化け物はのけぞって倒れ付した。

 少女は驚いて矢の飛んできたほうへ眼を走らせる。

「われこそは屋代郷一本柳の渡会弥太郎平安信、儀によって助太刀いたす」

 弥太郎は声を上げると刀を抜いて供回りともども少女の下へと駆け寄った。


 数十分後、弥太郎たちの前にはおびただしい数の妖魔の死体が積み重なっていた。

 弥太郎の家来が深手をおってあえいでいる。

 少女は彼の前にひざまづき、傷に手をかざすと暖かな波動を放つ。

 するとたちまち血は止まり、傷がふさがり、家来の荒かった息も穏やかなものに変わった。

「お前はいったい、何者なのだ」

 弥太郎の問いに少女は振り返る、が、青い顔をしてそのままひざから崩れ落ちた。

「おい、馬をこちらにまわせ、丁重に運ぶんだ!」

 弥太郎が供回りのものに檄をとばした。


 十一世紀の中ごろ、東北地方には陸奥の国(現在の青森、岩手、宮城、福島)と出羽の国(現在の秋田、山形)の二つの国があった。

陸奥の国には朝廷からの監視役・国司として藤原登任が派遣されていたが、陸奥の国の奥六郡、今の岩手のあたり、に居を構える豪族安倍頼良は朝廷に従い税を納めることを良しとせず、勝手気ままに陸奥の国を治めていた。

 安倍氏は野心家で奥六郡のほかにも勢力を拡大しようとした。しかしおおっぴらに軍を動かせば都から叛意ありとみなされて討伐軍を派遣されてしまう。

 そこで彼が利用したのが蝦夷地のカムイ達だった。

 安倍氏はかつて坂上田村麻呂によって滅ぼされた阿弖利為アテルイの一族の末裔の祈祷師を従え、その呪術を持って人外の妖魔を呼び出し出羽の国を襲わせたのだ。

 民の平穏を守るため、羽黒山では山伏たちが化け物を退けていた。そしてここ屋代郷(高畠)では亀岡文殊のシンハがその任に当たっていた。

 陸奥の国の化け物に両親を襲われ天涯孤独の身となった少女岩井戸、その姿を見かねたシンハは、彼女をラクシュミーとして屋代郷を守る戦士に仕立て上げたのだった。

 岩井戸は主に国境付近、すなわち二井宿峠、鳩峰峠で出羽の国へと侵入しようとする化け物を退けるため戦っていた。

 これが弥太郎が、屋敷で目を覚ました岩井戸から聞いた事の顛末であった。

「なるほど、な」

「はい、ですから私はこれからも妖魔を退治して、私のような不幸な者を生まぬよう戦わねばなりません」

「ならぬ」

 岩井戸の言葉に弥太郎は強く返した。

「ですが……」

「親を殺され思うところはあると思う、が俺はお前を失いたくないのだ。お前が人知れぬところで戦い、今日のように不覚を取り、むざむざ殺されでもしようものなら……」

「弥太郎様……」

 弥太郎は岩井戸の手をとり、

「俺はお前が闘わなくても良い道を、安倍方につく道を選ぼう。だから、すまぬがお前の憎しみを堪えてくれ……たのむ」

 と、頭を下げた。

「弥太郎様……」

 岩井戸は涙をひと筋、ふた筋とこぼした。

 翌日、渡会家は安倍家へと使者を送り、安倍家の傘下となった。

 これで屋代郷は妖魔の危機にさらされることは無くなったのだ。

 岩井戸の、ラクシュミーとしての勤めは終わった。


「本当に、これでよかったのかしら……」

 岩井戸が弥太郎と祝言を挙げて、しばらくたったある昼下がりの縁側で、庭に座るシンハを見下ろしながら岩井戸はつぶやいた。

「敵討ちのことがあったとはいえ、戦いの日々から解放されて、殿様にも見初められて、普通ならこんなに幸運なことはないッハ」

 シンハが尻尾を振りながら答えた。

「幸運……ね……」

「そうだッハ、まさに幸運の女神ラクシュミーだッハ」

 機嫌のよさそうなシンハと対照的に岩井戸の顔色は優れなかった。

「どうしてそんな顔をしているッハ」

「……怖いのよ……こんなにいいことばかりが続いて……」

 そうつぶやくと岩井戸はシンハから顔をそむける。

「禍福はあざなえる縄の如し、今までつらいことが多かった分、これからの岩井戸の人生は、きっと幸せな未来がまっているはずだッハ」

 シンハはトコトコと岩井戸の前に歩み出てなぐさめようとする。しかし、岩井戸の顔は晴れなかった。

歴史の不勉強がバレそう

フィクションっすよフィクション

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